第三章
前線に取り残されたXEエンダー部隊は惑星『虹』への一時避難を企図するが……。
第三章
「午前0時になりました。ここでニュースをお伝えいたします。政府関係筋によりますと、総体空間軍第四(4)防衛(D)艦隊(F)ならびにアルデバラン同盟艦隊はケンタウルス座アルファ星A宙域にて敵女王艦隊に対し、最終攻撃を敢行すべく再編成を急いでおり、地球絶対防衛戦の維持が完遂される模様です。繰り返します。地球総体空間軍第四防衛艦隊は……」
1
「アメリカのチームフリーダム、ジャーメイン・スナイデル大尉だ。コールサイン、ウィスパー。先行しているチームカミカゼへ」
「小隊長殿。うるさいヤツからですよ」
ウルスラが告げる。
しかしブリティッシュはそれを無視してオープン回線で返答した。
「こちら、カミカゼ」
「タイプT天体へ向かうようだが、追随したい」
「問題ない」
「ちょ、ちょっと。チームフリーダムの位置はウチらからは遠いよ! 旋回してくる敵を誘い込んじゃうよ」
ウルスラがチーム内回線で反論した。
「数が多い方が敵に追われた場合に有利だ」
慧はブリティッシュの判断を支持したいと思った。しかしウルスラは納得がいかない。
「あいつらを追って敵が来たら、こんな数じゃひとたまりもないよ」
「どのみち、オレたちだけでも持ちこたえられるかわからん」
二人が回線で口論をしている最中に例のハミングが聞こえてきた。シンガーだ。
「シンガー」
慧がその名を口にすることは滅多になかった。この時も場をわきまえろと言いたかったのか、いいタイミングで口を挟んだなと言いたかったのかわからない。
しかし口をついて出してしまった言葉を収めることができずに、慧は言葉を続けざるを得なかった。
「機体間結合に注意。わずかでも揺らぐと軌道に誤差が出る」
「はーい」
またも能天気なほどの返事をよこす彼女に苦笑するしかない。
「最終加速。これより中隊はタイプT天体へ向かう。認識名は……」
ブリティッシュが口ごもる。
「登録認識名はTRKK―4―003。惑星『虹』へ向かう」
2
「地球に類似する天体が発見されたのは比較的最近のことだ。しかし生命は太陽系内では原始的なものしか見つからず、他の星系での生命探査が人類の課題になっていたところへ異星人からのコンタクトがあった。もちろん光学観測による事前認知があったところだが、突然の連絡だからな。しかも、戦争中です、手伝ってくださいだと」
演壇に立つ講師が言うとドッと笑いが起きた。
「あー、ここには親愛なる異星人の同胞諸君はいないからこの程度の発言は特に問題がない。しかし諸官が外で同様の発言をするとなると問題が発生する。充分気をつけたまえ」
講師が次の項目へ移ろうとしたところだった。
講堂の演壇につながるドアが開いた。
生徒たちはもちろん、当の本人である講師も硬直した。
屈強な体躯が自慢のH星系人の男が二人の武官を携えて入場してきたのだ。かたや浅黒い肌が一見地球の黒人のようだが、よくよく見ると濃い紫色の肌を持つR星人。もう一方は白い羽毛をたたえた嘴の男、B星人だった。
どちらもアルデバラン星系連合の共通軍服を着込んでいる。
しかもその手には制式パルスレーザーガンが握られていた。
銀縁眼鏡の講師がたじろいだ様子で後ずさった。
「仮にも勇敢な地球総体軍の栄えある前線兵士となる諸官に対して、このような不健全きわまる発言は見逃せませんな」
屈強なH星系人の男が言った。金髪碧眼の士官の肩章の星が大尉であることを示していた。
東洋系地球人の講師はその場で腰を抜かした。
しかしその様子には目もくれず、士官がマイクを取って生徒である新米兵卒たちに向き直った。
「諸官にはここで極めて重要な通告がある」
その勢いに生徒たちが鎮りかえった。アルデバラン星系軍の士官がそれぞれの出身星系ごとに揃うことが、これは特別な何かであることをしめしていた。
「地球総体軍第十七期義勇兵団初年兵部隊第二宇宙機動戦術機械化空間歩兵大隊は本日付を持って、宇宙戦闘空母インディペンデンス率いる第四防衛艦隊への配属が決定した!」
どよめきと悲鳴に似た声があがった。
当初の予定では訓練はあと一年続くはずだった。
それが今すぐ戦艦に乗れというのだから、戦況の逼迫か、あらたなる作戦展開かのどちらかだが、ここのところのウワサは前者であると伝えている。
「知っての通り、全軍奮闘にも関わらず、依然として敵の動きに衰えが見えないのが現実である! そこで諸官を持って全軍の戦意をさらに強靭化し、形勢を好転させる必要が生じた! 若き地球人諸官の奮闘活躍こそが、人類とその同朋たるアルデバラン星系連合の勝利を揺るぎないものにしてくれると信じている! 諸官の武運を祈る!」
そこまで言うと金髪の男が一歩引いた。代わりに紫の男が口を開く。
「本日午後に大隊単位の移動を図る。諸官はただちに本訓練基地を巣立ち、明日の朝には軌道エレベーターを使って地球軌道上で待機するインディペンデンスへ乗艦する」
あまりに性急な命令に悲鳴があがる。一度宇宙戦艦に乗ってしまえば、地球圏に帰還するのにどれだけの時間がかかるかわからない。
アルデバラン星系連合が戦争に加担するよう圧力をかけてきた当初に、高い志のもと地球を離れた第一期義勇兵団は最前線を転戦していると伝えられているものの、旅立ってからすでに十年以上の時間を経ているにも関わらず、未だに一人の帰還兵をも迎えていない現実がある。
訓練兵の間では、前線送りの兵卒も、義勇挺身隊としてアルデバランの軍需生産工場へと派遣された者も一人たりとて帰還を果たした者がいないとウワサされていた。
「お、オレたちの練度で前線送りなんて、こりゃいよいよヤバいんじゃないか」
慧の隣に座っていた兵士がその前の兵士に話し掛けた。
「そりゃそうだ。こりゃ地球も含めて、この戦争が泥沼なんてレベルじゃないってことだぞ」
慧も同じ意見だった。人類はおそらくこの戦争で滅亡する。敵の直接の攻撃を受けることがなかったとしても、同朋たるアルデバラン連合の要請に応えざるを得ない状況が続けば、人的資源も物的資源も使い果たしてしまうに違いない。
しかし慧にはそんなことはどうでもいいことだった。
ただ、あの日の報復を果たすことだけが彼の目的だったから。
「以上、解散!」
腰をぬかしたままの教官を差し置いて、勝手に授業を終わらせた異星人トリオが先に退室すると、騒ついた広い講堂を慌ただしく出て行こうとする新兵たちでごった返した。
「美穂菜、行くよ」
のちにウルスラとして同じ小隊を形成することになる白井紅羽がとなりの少女に声をかけている姿を見とめた。
ショートカットのその少女は目立つような美少女ではなかったかもしれない。だからこの時まで慧の目にとまることはなかった。
しかしこの時、その少女が振り返る瞬間を見てしまった。
彼女の視界の中に確実に自分が入り込んだと思う。彼女はその円らな瞳の真ん中に慧を捉えると、すくっとたちあがった。
「菅城くん、だよね」
「そ、そうだけど」
「よろしく」
彼女は白くて華奢な右手をつきだした。
握手を求められて躊躇したものの、慧がその手に自分の右手を重ねると、ギュッと握りしめてきた。
その少し冷たくてしっとりした感覚に戸惑いながら、慧は彼女の笑顔を正面に受け止めた。
「あ、あぁ、よろしく」
うわの空で答えた慧の心に中に、それまで経験したことのない何かが拡がっていった。
「あたしたち日本人組はどうせ、チーム組まされるんだよね。今からトモダチになっておいたほうがいいよね、きっと」
白い歯を見せて彼女が笑った。
その魅惑の表情に気を取られた慧はそのあと、彼女が口にしたことを覚えていない。
ただ、彼女の笑顔が眩しかった。
3
「最終加速終了。これで敵に追いつかれることはない」
ブリティッシュの声に安堵の響きはない。たしかに追いつかれはしまい。しかし行き先がレインボーという天体であることを悟られることはまちがいない。
「ほかの残存勢力を結集しては?」
慧が進言した。
「ダメだってば。敵を誘い込むようなもんだよ」
ウルスラが相変わらずの反論をする。
「すでにアンシブル通信で前線士官全員に通知した。あとはどれだけの部隊が追随してくるかだ」
「それだよ」
シンガーがつぶやくように言った。
「なんだ? シンガー」
「それだってば。アンシブル通信はXEなんだよ。敵に筒抜けだってば」
それだけ言うとまた何事もなかったかのようにハミングに戻る。
この曲は最新のヒット曲だ。
「それはある程度想定している」
ブリティッシュからは意外な返答があった。
「想定?」
ウルスラが重ねて聞く。
「想定の範囲内だ。敵が来たなら大気のある天体の重力下で戦うから、水爆の威力が高まって効果覿面だ」
ブリティッシュが戦闘の継続を前提にしていたことに多少なりとも驚かされた。単に逃げ込むだけではなく、敵をおびき寄せて殲滅を図ろうということか。
これは生存の可能性が高まった。慧は前向きにとらえることにした。
「これより百二十分休息をとる。各自戦闘警戒モードのまま自由時間とする。回線は解放しておけ」
慧は仮眠を選択したが、中隊内回線は閉じなかったので、子守唄にシンガーのハミングを聞くことになった。