第二章
アルファケンタウリ絶対防衛線で孤立した慧たちチームカミカゼ。
はたしてこの状況を打破して100時間後に来るという回収船に合流できるのだろうか。
第二章
「21時45分、総体軍長野統合作戦指揮所より発表。総体空間軍第四防衛艦隊ならびにアルデバラン同盟艦隊はケンタウルス座アルファ星A宙域にて敵女王艦隊に対し、最新鋭の機動兵器XEエンダー、XRA―37サンダータイガーによる指向性水爆攻撃を開始、現在戦線は維持されており、敵機動兵器の排除を続けている模様」
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「XEエンダー大隊各戦闘員へ。旗艦、航宙母艦『AMS13376、地球総体軍呼称、インディペンデンス』から発報。これより第四防衛艦隊は転進し、長距離加速に移る。繰り返す。第四防衛艦隊は転進し長距離加速に移る。これは撤退ではなく、作戦意図の変更である。よって、奮戦諸官は戦線維持に集中せよ。十二時間後の標準時12時15分45秒まで戦線を維持、敵の排除に集中せよ。二十四時間後に回収艦を派遣する。合流せよ。合流符号はBW146」
唸る超高振動ムチ。音が伝わらない宇宙空間でも機体内部ではムチがブンブンいう音が伝わってくるから、その通信内容を聞き逃したかもしれなくて、慧は録音を再生すると同時にテキストメールも起動した。
そこには捨て置かれることがはっきりと書かれている。
十二時間も戦線を維持して、その十二時間後に回収艦と合流せよという指示だ。
ちなみにサンダータイガーの標準パック搭載時の稼働時間は約100時間。しかし、それはあくまで標準稼働時間だ。高機動戦闘を継続して100時間保つわけではない。
ましてや、機体が稼働しようとも、推進剤が尽きれば戦線など維持のしようもない。
「小隊長殿。十二時間をどう潰しますか?」
少しの緊張や動揺さえ滲ませずにシンガーこと紺野美穂菜が問う。
「あ、ああ。そうだな……」
ブリティッシュこと倉崎少尉が判断に窮して言葉を濁す。
「ん、もう! どうして生き延びろっていうのよ!」
ウルスラこと白井紅羽が癇癪を起こす。まったくどうしてこの性格で、XEエンダーのパイロットの適性検査をパスしたのかとリヴェンジャーこと菅城慧は独りごちる。
ソナーには敵の猛進が映り、僚機が爆散する反応が赤い点で表示され続けている。
最新鋭のサンダータイガーをもってしても物量で勝る敵の攻撃には、打つ手がないのはこの時点ではっきりしていた。
こんな時、小隊指揮マニュアルにはなんと書いてあるのだろうか。慧は自分が目にしたことのない文書を開いてみようかと思った。
小隊順列では三位の自分にそのお鉢が回ってくる可能性はないと考えていたから、規定にしたがった履習記録だけは残していたが、実のところ内容をアタマに入れていなかった。
一方ブリティッシュは士官学校の卒で、しかも中隊指揮権取得済みのスーパーエリートだった。
その彼だからこそ、この窮地、中隊どころか大隊規模の全滅危機をどう乗り越えるのかを見てみたかった。
もちろん、そこに自分の生命がかかっていることも知りながら。
2
「いいか! 今、オマエらがアタマを向けてる方向が上だ! 下は足のウラ! 左右を確認したら訓練スペースの壁に引かれた白線を常に確認して自分の位置を把握しろ!」
無重力慣熟訓練は生身の兵員同士で模擬銃を撃ち合うものだが、初年兵の慧はここで初めてスティーブン倉崎と出会った。
「それから新兵の六人は先輩についてしっかりついてこい」
統率力のあるリーダーは皆それぞれに身体的に慣れない無重力空間での訓練に対する工夫を持ち込んでくる。
イメージトレーニングを推奨する者や、自由時間を使った模擬訓練をしこたまねじ込んでくるリーダーもいる中、倉崎は特にメンバーに何かを要求してくることはなかった。
卒業して前線送りとなった前の士官候補生が、期間は短かったとはいえスパルタで作戦を繰り出していたのとはわけが違ったから、慧は同級生たちと倉橋の統率力について疑問を口にしあっていた。
「小隊長殿、質問があります」
慧の同級生が挙手した。
「なんだ?」
「この訓練では模擬弾を使って敵チームを判定全滅させることが目的だと思いますが、今、指示されたことで勝利する確率は上がるでしょうか」
その質問をした慧の同級生の前へ無言で歩を進めると、倉崎は彼の顔に自分の顔を肉迫させて言った。
「ここで勝つことが目的じゃない。実戦で上下左右のない宇宙空間に出ても自分を見失わないで済む方法を身につけるのが目的だ」
強面の教官ならいざ知らず、士官学校卒というだけで年齢的には同年代のチームリーダーが、そもそもの訓練目的を口にするとは思わなかった。
慧はどのリーダーも自分が好成績を残して高次の年金ランクを獲得することを目的としていると理解していたから、倉崎のその発言と態度は好感が持てた。
「し、しかし、勝ってスコアを残さないと、自分たちも実戦配備が遅れます」
まだ喰いさがる同級生に、怒りを変換した笑顔で倉崎が鼻を接するかの距離で言った。
「オレの言うとおりにしろ。それだけでオマエのランクはE5からCクラスくらいには上がって卒業できる」
彼の肩をどんと突くと、吐き捨てるように続けた。
「だが、その年金ランクでもオマエは受け取ることができないだろうよ」
慧が思わず口元を緩めたのを見逃さなかった倉崎は、今度は慧の前に立ち塞がった。
「何がおかしい?」
「失礼いたしました。小隊長殿の発言があまりにも適切でしたので」
倉崎は満足そうに笑みを返すと、一歩下がって全員に号令した。
「開始のホイッスルとともにオレたちは一斉に降下する。いいか、前進じゃねえ。降下だ。敵は足の下なんだからな。敵は足のウラを見せて突っ込んでくるオレたちを見て、バカだと思うだろうよ。だがな! それが思うツボってもんよ。オレと奇数番号はここでいう十二時の方向、偶数は……名前は菅城だったな」
「じ、自分でありますか?」
「そうだ、オマエだ。入隊六ヶ月の新兵でも分隊指揮くらいはできるはずだ。オマエの指揮で六時の方向に展開しろ。敵を挟み撃ちにする」
模擬戦開始を告げるホイッスルが鳴ると、ドームと呼ばれる戦闘訓練スペースに倉崎率いるチームが予定通りに敵前へ降下した。
敵チームも無重力空間の訓練が初めてというわけではなかっただろう。
しかし通常は照明が指す方向を上と捉えることになんの疑問も抱いていなかった訓練兵たちにとって、その不文律を侵して奇襲を仕掛けてきた倉崎のチームには動揺を禁じえず、初動で遅れをとった。
さらに敵から見れば上下、こちらからは前後へと展開する作戦が功を奏し、極めて短時間で試合終了を告げるブザーを聞くことになった。
「すばらしい作戦でした」
慧の同級生は媚びるように言う。
倉崎はそれには返答せず、皆に向かって言った。
「今日の奇襲は明日のスタンダードだ。次も通じると思うなよ」
戦況ビデオの基地内配信を見た他チームが、次の訓練日から同じ戦術を取ったことはいうまでもない。
しかし倉崎のチームはすでに次の手を用意していた。重力下で進化を遂げてきた以上、人間が上と下を無意識に決めているのは当たり前のことだったが、倉崎は次の模擬戦では周到に用意をした四つの分隊を、それぞれ上下が違う方向に展開させてみせた。
前回の戦術を把握して対策を講じたはずの敵チームは混乱して対応できず、これまた呆気なく敗れ去った。
実は倉崎が中隊指揮を任されたのは、これが二回目、つまり前回が初陣だった。
この新米指揮官の二勝は教官たちの間でも話題となった。
そして三戦目では重力の呪縛から逃れられない人類にとって、画期的な戦術を編み出す。
十二人で構成された中隊を二人ずつペアにしたうえで、六組それぞれに上下左右別方向に頭を向けた状態で敵陣に切り込んだのだ。
四戦目では警戒している敵に対してシンプルな第一戦での戦術を再現し、次の五戦目ではまたペアでの六方向作戦。
変幻自在の組み合わせに、マネをするチームがいたものの、対戦では追随することができずに敗戦することになった。
快進撃が続き、二十連勝した時点で倉崎は卒業となった。
初戦のブリーフィングで予言したとおり、倉崎のチームに所属していたメンバーは全員が優良成績者として年金ランクを上げていった。
勝てば気分もいいし、年金ランクがあがることはなによりもモチベーションを上げさせたから、結束力も強まり、チームの雰囲気はすこぶるよくなっていた。
そこで指揮官交替となったわけだが、最後のミーティングで倉崎は次の指揮官を指名した。
「当チームのしきたりに従い、次の指揮官を指名する。紺野、オマエに任せるぞ」
3
「ポイントRK、200ミリパーセクにタイプTの天体あり」
その楽しそうな声はシンガーだった。
この土壇場でも冷静どころか、なにか楽しんでいるような彼女が不思議に思えた。
「そ、そこまで逃げきれると思うか」
不安の声色でブリティッシュが問いかえす。
ほかの誰をも寄せ付けない新機軸の作戦を展開して、圧倒的な戦績で異例の早期昇進を果たしたブリティッシュの作戦は、実のところシンガーが発案したものだった。
この事実は彼がパイロット学校を卒業する段になってようやく慧の知るところとなったのだが、ここでも作戦の立案は彼女任せということになるのかと、慧はこの優秀な士官への信頼が水泡に帰すのを感じた。
「推進剤を全投入したらなんとかたどり着けますが、惑星の大気圏に身を隠すころには機能停止になる可能性があります。次は脱出速度を得られないので、救出を待たなくちゃいけません。でもそれ以外の選択肢はないですよねぇ」
「戦列を離れるのは軍規違反だ」
慧はシンガーこと美穂菜に釘を刺した。
「あのさ」
彼女が小隊全員に聞こえる回線で反論する。
「軍規42条19項のA。いかなる状況においても生存を最優先せよ」
「小隊長、ご決断を」
「ほ、他の残存部隊にも声がけをする」
「それをしちゃあ、敵を誘導することになっちゃいますって」
のほほんとシンガーが言ってのけた。
「し、しかし」
「四機の推力合計で充分戦域脱出可能です」
そうこうしているうちにさらに戦局が悪化してしまいかねない。
「せ、戦域を離れる。集合推進陣形」
抵抗のない宇宙空間では推力は合計した方が加速に適している。
「メインスラスター点火へカウントダウン!」
ブリティッシュがそう指令を出したその時だった。
「こちら、ジャスティー! 支援が欲しい」
消息のわからなかった小隊の生き残りが連絡を入れてきた。
「フジヤマを牽引している。メインスラスターが損傷して戦闘機動が取れない」
ブリティッシュたちが一瞬沈黙した。
「ジャスティー、第一小隊は戦域を離脱し、救難隊との合流場所にポイントRKを指定する。今すぐフジヤマを分離して合流せよ」
残酷に聞こえるかもしれないが、指揮官としては適切な判断だ。
「そ、そんな! フジヤマは学校からの同級生なんだ!」
「し、しかし」
ブリティッシュが口ごもる。
「大丈夫。戦域に放置しても回収される可能性がある。このままだとアタシたち全滅だけど、あなたが生き残れば、彼の位置情報を提供できるわ」
適切な指示を示したのはシンガーの方だった。
ジャスティーはやむなく親友を分離し、集合推進陣形に加わった。
泣きながら友人に詫びる声が聞こえたが、ここは冷静な判断による選択を賞賛することにして、残されたフジヤマには幸運を祈った。
メインスラスターなしに戦域を漂流して生き残れる訳がないが、幸運はいつもどこかの誰かに宿るものだ。
チームカミカゼは横一線に手を繋ぐ形で一斉にメインスラスターを噴射して戦域離脱を試みた。
噴射を維持して十五秒の沈黙を経る。
「戦域離脱を確認。噴射停止までカウントダウン」
「ジャスティーの参加で想定していたより早く離脱できたわ」
シンガーが相変わらずの陽気な口調で言った。
「なんとか、生き延びれたみたいよね」
ウルスラも同調する。
しかしブリティッシュは無言だった。
いつも寡黙なリヴェンジャーこと慧は、XEを用いて戦況の確認につとめていた。
「他の中隊でも戦域離脱を選択している模様。アフリカ連合やモンゴルのチームが同じ選択をしているようで、軌道計算情報の同調を求めてきています」
「許可する」
ブリティッシュが感情を喪った言葉を吐く。
しかし、その選択は自身のチームの賢明な選択を台無しにすることになった。
第三章は2022年11月に公開されました。