表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ある戦記

はじまりの話 -終-



少年は、家の中の様子を扉の隙間から、慎重に覗き込む。

屋中は外よりは少し明るくはあるが、埃っぽくて薄暗かった。



奥行きが歩いて30歩ほどあろうかという、想像を遥かに越えた広さだった。

さらにその奥にも扉が存在している。

そして、暗くてはっきりとは見えないが、沢山の大きな何かが整列して置いてある。



そのうちに奥の扉がゆっくりと開き、そこからじわりと橙色の明かりが漏れた。

男性が右手に、蝋燭を中に灯したランプを持って、のそりと現れた。



男性の持つランプの明かりに照らされて、この部屋に整列してある”何か”の正体が露わとなった。



それは、ガラスで覆われたショーケースらしかった。



少年の胸の高さほどの位置に台の天板がある。

また、少年の目線と同じ高さの辺りに、大きな水晶玉のようなものが一定の間隔をもって、

一列につき20個ほど、整列されている。

それが3列、人が二人ほど通れる幅を開けて設置してある。



それらは、どれも沈みかけの夕日を映したような淡い橙色をしていた。

これは恐らく、ランプの明かりに照らされているからであろうと少年は思った。



「……珍しいだろう。ここにあるのは”写映玉”といってね、呪術で作られたアイテムなんだよ」



男性はランプを持っていない左手にお盆を持っている。

玄関の前に立ち尽くしたままの少年に対して、目線だけで左へ向かう様に促す。



少年が素直にそれに従い、左へと歩き出した。

3列に並んだ内の左側のショーケースの傍を通り過ぎると、

壁側に古ぼけたソファーと小さな木製のテーブルが見えた。

少年は、どうやら男性はそのソファーに少年を誘導したかったらしいと察した。



少年がソファーの傍まで辿り着くと、ソファーの表面に大量の埃が降り積もっているのを見た。

少年は、それを手を使って、地面へと払った。



「すまないね、客人なんて滅多に来ないものだから……」



いつの間にか少年の傍まで来ていた男性が申し訳なさそうに、そう呟いた。



「少し離れてなさい」



少年が言われるがままに、後ろへ数歩下がった。

すると、男性は何やら小さな声で少年が知らない国の言葉のようなものを、唱えだした。



「エクリュス……テレ……アブトゥ……エジェタ……メル……」

「……風よっ……!」



男性がそう言い終えると、ソファーの表面に降り積もっていた埃が、一斉に勢いよく宙を舞った。

そして少年の顔にも一瞬の内に突風が吹きかかり、思わず目を細めた。



少年は驚いて、ぽかんと間抜け顔で口を開けていた。

ソファーの上に降り積もっていた埃は綺麗に無くなってしまっていたのだ。



「え、お、おじさん。今のはどうやったの……?」



少年が目の前で起こった不思議な現象に、好奇心がうずうずと湧き出してしまうのを抑えられない。

少年はもしかすると、これが10年前に失われたと聞く”呪術”というものではないかと思った。



「これって、もしかして呪術?」



少年が男性に、そう尋ねると、男性はコクリと一度頷いた。



「す、すごい!でも呪術って失われたんじゃないの?ど、どうして使えるの?」



少年が子供らしく燥いでいるのを尻目に、男性はソファーに深く腰を下ろした。

そしてソファーの空いたスペースをポンポンと叩いて、少年に腰かけるように促している。

少年は駆け寄って、男性の横に少し距離を置いて座った。



次に男性はカップに入った紅茶を少年に手渡してくれた。



「あ、ありがとうございます」



少年は此処に来て初めてのお礼を述べると、恐る恐るその紅茶を口に含んだ。



それは、母親が出してくれるハチミツのたっぷり入ったホットミルクよりも数段甘ったるかった。

思わず少年が顔をしかめると、男性は少し慌てたような素振りを見せた。



「す、すまない。口に合わなかっただろうか。何しろ、加減が分からなかったものでな」



少年は再びそれに口を付けると、先ほどより少ない量をちびちびと飲んだ。

そうすると、口いっぱいに甘さが広がって、先ほどより美味しく飲むことが出来た。



「……大丈夫。甘いのは、好きだから」



少年がそう言うと、男性は表情を少し緩ませた。

二人で少しの間黙って紅茶を啜っていると、男性が口を開いた。



「……名前を伺ってもよいかな?」



男性が目を合わせることなく、そう切り出した。

そして、男性は少し慌てた様子で、二つ咳払いをする。

どうやら、自身の紹介を先に済ませたいようだ。



「わ、私は”マクスウェル=セルタヌス”という。……気安く”ウェル”と呼んでくれていい」



少年は ウェル に合わせて、前を向いたまま自己紹介をした。



「僕は”アベル”。 ”アベル=タナコット=ラジアス”」



アベル がそう名乗ると、ウェルは少しの間考え込むような素振りを見せた。



アベルにとって、自分の名前を初めて人に言うときの反応は大抵予想がつくものだ。

アベルが名乗れば、父である”テトラ=タナコット=ラジアス”のことを皆がすぐに思い当たるらしい。

そして、父のことを褒めたたえたり、そんな父を持つアベルを羨ましがったり――

好奇心を宿した目つきで、有名人の息子から何か情報を引き出そうと躍起してくる。



だが、ウェルが見せた反応はアベルにとって新鮮なものだった。

恐らく父の事を彼は知っているのだろうと、アベルは何となく察した。

何か特別な情念が、彼の脳裏を廻っているように感じたのだ。



「そういえば、さっきの質問……答えがまだだったんだけど……」



少年がそう切り出すと、ウェルが “あぁ”と声を漏らした。



「どうして、呪術が使えるか……だったかな」


「うん、どうして?もう呪術を使える人間は居なくなったって学校で習ったよ」



少年の純粋な質問にウェルは無精髭を擦りながら、言葉を探しているようだ。



「それはな、この土地のおかげなんだよ」


「この土地?」


「ああ、そうだ。ここらの地脈には、まだ微量の呪力が含まれているんだ。

……まあ、この分だと、もうすぐ枯渇してしまうだろうがな」



ウェルが紅茶を一口啜る。アベルはそんなウェルの顔をじっと見つめる。

アベルはウェルから発せられる確信的な一言を期待していた。

ウェルは何となくそれを察したのか、アベルにこう告げた。



「――まあ、私は、こう見えて昔は”呪術師”だったということさ」



ウェルがそう言ったので、アベルは飛び上がりたくなるほど、嬉しくなった。



「す、すごい。僕初めて会ったよ。現役の呪術師なんて」


「いや、昔の話さ……今はこの廃れた土地で、ただ……」



ウェルが言いかけた言葉を、途中で止める。

アベルにはウェルが何を言おうとしていたのか、見当もつかずにいた。

暫く待っても一向に話が続かないので、アベルは目の前にあるショーケースのことを聞くことにした。



「このずらっと並んだショーケースは何なの?」


「ああ、これかい?」



ウェルはのそりと立ち上がると、ガラスのショーケースの前に立った。

少年もウェルの後を追って、ウェルの横に着いた。

少年の目の前にある”写映玉”は中に煙でも入っているのか、

その不規則な模様を流動的に変えていた。



ウェルが(おもむろ)にショーケースのガラスに手を当てると、念じるように目を閉じた。

すると、アベルが瞬きをする内にウェルの手首から先がガラスケースの中に入っていた。



「す、すごい」



アベルが驚いていると、ウェルは 写映玉を手に取り、ガラスケースの外へゆっくりと取り出した。



「これも、呪術?」


「まあ、そうだね。このガラス自体が特殊なもので出来ていてね。

僕の呪力に反応して、その性質を変えるように作られているのさ」



ウェルはアベルに写映玉を差し出した。



「これにはね、人の記憶の集積が保存してあるんだ……元々はある人達に依頼されてつくったものなんだけどね。今の僕はこの玉の中に保存されたものをここで保管しているに過ぎない」



アベルは写映玉をウェルから受け取ると、その中を覗き見た。

うねる煙が、中で不規則に動いている以外は、何も見えない。



「この中にどうやって記憶させるの?」



「ただ、持っているだけでいい。そうすれば、そいつが持ち主の見たものや聞いたもの、

そのときの感情なんかを記録して残してくれる。

――呪力の強いものが持てば、その周囲にいる人間の持っている感覚なんかも記憶させることが出来たりする」



ウェルは先よりも幾分か饒舌に、写映玉について語ってくれた。



「ただ、アベル。君の今持ってるそれは、もう記憶を終えているものだ。

だから、そいつからはもう読み取ることしか出来ないよ」



「読み取る……?」



少年が素直に疑問を口にすると、―――初めてウェルがアベルに笑いかけた。



「そうだ……どうせなら実際に試してみるのがいいだろう」


「た、試す?」


「ああ……大丈夫だ。心配することはない

――君の持ってるそれに残された記憶は、大した話ではないさ。」



ウェルは中腰になると、アベルの持っている写映玉に手をかざした。



「―――失はれた物語を、再生せん(リジェネス、トゥルシィドレイブ)」



ウェルがそう言い放つと、アベルの手の中の写映玉が白く閃光を発し始めた。

あまりの眩さに少年は目を閉じてしまう。

そして、写映玉に吸い付いた様に手が離れず、周囲を倒れそうになるくらいの突風が吹きすさぶ。



「ウェル!一体、何をしたんだよ!」



アベルがそう叫ぶも、ウェルは楽しそうに声を上げて、目の前で笑っているだけだ。

やがて、閃光が辺り一面を覆いつくし、アベルはその光の渦に飲み込まれてしまった……














はじまりの話 -終-

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ