初恋はかけがえのない宝だからこそ、綺麗なまま取っておきたい
「私はケンちゃんの……勇者様の妻になる気はないです」
私がそう答えると、ステラ姫は「そう」と素っ気なく頷いたが、ほっとしたようにも見えた。好きな人の『幼馴染み』なんて、邪魔でしかないもんなぁ。
シルビアさんもミーシャちゃんもびっくりしてるみたい。エリーちゃんなんて驚き過ぎて声をあげそうになって、両手で口を押さえてた。
そんなに意外かなぁ?
ケンちゃんに気のある素振りなんて見せてなかったと思うけど。
必要な時以外は近付くこともしてないし。
「そうですか。では、城で報償を受け取った後はどうなさるか決めていらっしゃるの?」
「本当は元の世界に戻りたい。大事な人も、ものも、全部あっちにあるから。でも無理なんですよね?」
「それについては、申し訳なく思います」
「じゃあ、その迷惑料も含めて報償にちょこっと上乗せして下さい。それで良いです。あと、ちゃんとした身分証が欲しいです。私、ずっとこのパーティーにいてこの世界のことはほとんど知りません。
一般人の暮らしがどんなものかも、良く分かってないし。自分で働いて生きていくつもりですけど、出来れば身元がしっかりした後見人が欲しいです。私が犯罪とか面倒事に巻き込まれた時に助けを求められる窓口になってくれるような」
「分かりました。帰国後に陛下に相談してなるべく貴女の希望に添うように手配しましょう」
ステラ姫は力強く約束してくれた。厄介払いがそんなに嬉しいのか。
素直だなあとつい苦笑してしまったちょうどその時、勢い良くドアが開いた。
「カエ〜! 今さ、外見たら……って、あれ? 何でみんな大集合してるの?」
「ちょっとね。女の子には女の子にしか分からない世界があるんだよ。ていうか、ノックぐらいしなよね」
このタイミングで来るって、やっぱりケンちゃんはとんだハーレム野郎だなぁと、私は肩を竦めた。
「えっ、あ、ごめんな、邪魔して」
「そんなことはありませんわ! ケント様が邪魔なんてことは天地がひっくり返ってもありません!」
「ケントさま、わたしはいつでもケントさまといっしょが良いです!」
「そうだぞ、ちょうど話も終わったところだし、何の問題もない!」
「ケント様、アタイはお腹が空いたにゃ!」
目を白黒させて部屋を出て行こうとするケンちゃんに、皆一斉に群がる。
見慣れた団子集団が部屋から出て行き、私は一人部屋に残された。
寂しい気持ちを打ち払うように、私は勢い良く窓を開けて夜風に当たった。
こっちの世界の夜空は、地球ほど星が多くない。
都会から離れた空気が澄んだ田舎なら、日本でも数えられないほどの星が見えるけれど、こっちの世界の夜空は文字通り数えられるほどの星しかない。
ケンちゃんは、この星が宇宙の割と端っこの方にあるからかもしれないとか、所属する銀河が年を取っていて、燃え尽きた星ばっかりなのかもしれないとか、そんなことをごちゃごちゃ言っていた気がする。
私はそんな説明を聞き流しながら見慣れない星空の星を繋いでいた。
まだお城で隣同士の部屋にいた召喚されて間もない頃、眠れなくてベランダに出たら、同じだったケンちゃんと鉢合わせした。
その頃は、このあと二人っきりで話す機会がほとんど無くなるなんて思っていなかったから、取るに足らない下らない話をして辛さを紛らわせていた。まだ異世界に召喚されたことなんて実感も沸かなくて、私たちはあえてそういう話題を避けていた。
「こっちにも、やっぱり星座ってあるのかな?」
「どうだろ、今度聞いてみようかな」
そんな風に答えたケンちゃんに、私は二つの星を指差した。
「あの明るい星、二つ」
「ん?」
「ほら、同じ位の明るさの」
「うん」
「あれは目で、それでちょっと斜め上に三角形になる三つの星が両方にあるじゃない?」
「あー……うん、あるね」
「あの三角形は両耳」
「………モモスケ座?」
「うん」
それだけで、私が考えていたことを言い当ててくれたケンちゃんに、私はとてつもなく心が安らいだ。ずっと張りつめていた気持ちが、不安が、ほどけていく。
お星様になってしまったモモスケだったら、もしかしたら異世界とかそういう括りを乗り越えて私たちを見守ってくれているかもしれない。
そう思うと明日も頑張ろうという気持ちになれた。
きっと、ケンちゃんもそう思ってくれたはずだ。
今見上げる星空にも、モモスケ座は変わらずそこにあって、私を、ケンちゃんを見守ってくれている。
この絆だけは、きっと誰にも取り上げられない。会えなくなっても、ケンちゃんと私、それぞれに家族が出来ても、きっと。