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告白以後

作者: 弁夜民

駄作ですが残しています。

 僕らは気のすむまで小学生時代の懐かしい遊びをしていて、いつの間にか夕方になっていた。島の仲間は門限を口にして、ぞろぞろと帰っていった。僕と彼女は取り残される形になった。僕は夜になるとすぐ閉まってしまうコンビニに駆け込んで、適当に甘いジュースを買って、彼女に渡した。いつもは飲まない缶コーヒーを僕はすすった。

 6年前、そのころ小学2年生だった僕と僕の家族は、夏休みに乗じて母方の親戚に会うため、この島を往復船で訪れた。最初はつまらないところだと思った。なんにもない田舎の島で、僕の学校の同級生よりずっと幼稚っぽいやつがほとんどだった。でも他にやることがないので、そうした近所の子どもたちと遊んでいた。その中に彼女がいた。彼女の名前は、夏に船の帆と書いて『夏帆』といった。僕は滞在した5日間、日が暮れるまで夏帆たちと走り回った。仲間たちはみんな地元の友達とは性格も遊び方も違っていたが、とても気が合った。それから一年ごとに、夏休みになると親戚を訪ねることが待ち遠しくなっていった。そのうち、僕は夏帆に対してだけ、特別な感情を抱くようになった。


 「ねえ、一年ぶりだね」夏帆が言った。

 「それ、いつも会うたびに言ってるじゃん」僕が言った。

 僕と夏帆は中学2年生になっていた。彼女は一年前に会ったときよりも、もっと背が高くなって、大人びていた。不思議なぐらいに美しかった。

 僕は口を開いた。

 「驚いたよ。みんな、一年経つごとに大人みたいになってて」

 「そう? あんまり変わらないと思ってたけど、外から見たらやっぱり違うのかな」

 「でも、遊び方は全然変わってなくて嬉しかった」

 「みんな外で走ったり日に焼けたりするのが大好きだから、わたしもそうだけど。逆バンパイアみたいな感じ」

 「あははっ」僕は彼女の変わらなさに笑った。

 僕たちはまるで初めて会ったときのようにたくさん話した。彼女と会話が途切れることはなかった。お互いがお互いを知りたいと強く思っていた。

 僕らは夕日が照らす海沿いまで移動した。彼女はいつの間にか裸足になって、濡れた砂を蹴飛ばして前を歩いていた。彼女は振り向いて言った。

 「そういえば、みんな門限があるからって早く帰ってったけど、なんでかな? 門限なんて聞いたことないけど」

 そこで僕は初めて、仲間たちの隠された配慮を知って、恥ずかしくなった。

 僕は今日、彼女に告白するつもりだった。告白というのはメロドラマによく用いられる言語による伝達手段の愛の告白、のことだ。僕は中学生になってから、彼女のことが好きだと気づいた。いや、子どもらしい羞恥心が、今まで知らないふりをさせていた。僕は、告白の方法がつぶさに書いてあるファッション誌を読み込んで、今日の舞台に立った。しかし、夏帆を目の前にして、それらの本がまるで役立たずであることを知った。

 「どうしたの? 顔赤いけど」彼女が僕の顔を覗き込んだ。

 「いや、なんでも。あ、夕日のせいだよ」僕は焦って答えた。

 結局僕は何も言えず、彼女を家に送ったあと、親戚の家へまっすぐ帰った。


 毎年親戚の家に泊まっているので、僕は慣れた手つきで押し入れから布団を出した。この島でやれることは外で遊び回ることと、今日のご飯を思い出すことぐらいだ。だから、必然的に眠るのも早い。しかし、今日は母に呼び止められた。

 「お母さん、なに」僕が不満げに言った。

 「率直に言うけどね、来年からこの島には来ないから」

 「……えっ、なんで」

 「ここの人がみんな都会の方に移るからよ。あんたは知らないでしょうけど、病気の関係で都内の病院の近くに越すの」

 「……はあ、そうなんだ。へぇ」

 「ここの子たちにしばらく会えないかもしれないから、ちゃんと明日挨拶してくるのよ」

 「しばらく会えないって、なんで? 別に親戚がいてもいなくても、ここには来れるじゃん」

 「あんた、来年は受験で忙しいでしょ」

 「大丈夫だよ、別に」

 「泊まれるところもないし」

 「誰かん家泊めてもらうよ」

 「へぇ、あんた随分仲良しになったのね、あの子たちと。数日もお家に泊まれるぐらいに」

 僕は口をつぐんだ。合計一ヶ月足らずの知り合いである僕にそんな自信はなかった。

 「それにあんた人見知りするじゃない。あたし、あの子たちの親とはほとんど面識ないし、やっぱり難しいわよ」

 「うるさいな! もういいよ」僕は部屋に戻った。

 僕は考えた。長期休暇は夏休みだけじゃない、冬も春もある。船の往復は少し高いけど、なんとかなる。会いに行こうと思えば簡単に会いに行けるはずだ。受験なんて、適当なところに行けばいい。直線距離はたかが数kmだろ。母に言えなかったそんな言葉が脳内で反芻された。島に行く口実が途切れてしまった悔しさが、僕の頭を殴りつけた。そして、僕はどこまで行っても島の人間にとって他人であることを自覚した。

 明日は滞在最終日だ。


 「今日の夕方には帰るからね」母が言った。

 「わかった。行ってきます」僕は昼飯をかっ食らって、玄関を叩き出た。


 「おう。来た来た」「遅いぞ」待ち合わせ場所で、仲間たちは僕を待っていた。僕らはいつも通り、今時の中学生とは思えない野性的な遊びに興じた。たまに漁師の船を眺めたり、海辺ではしゃいだ。みんなが休憩している時、僕は明日発つことを報せた。

 「それは寂しいなぁ。じゃあまた来年ってことになるのか?」

 「いや。来年は来れないかもしれないんだ」

 「そっかぁ」「残念だ」みんな口々に言った。その中に、僕が親友と呼べる者はいなかった。夏帆はいつものようにきょとんとしていたが、悲しんでいることがわかった。


 夕方になって、仲間たちは門限だと言って帰っていった。彼女が僕に話しかけた。

 「そういえば、この前から門限制度が導入されたのって、最近物騒だからって理由らしいよ。じゃあ、なんでわたしのところは門限なんてないんだろ?」

 仲間の一人が口を挟んだ。

 「そりゃおめえ、夏帆を知ってたら襲うやつなんていねえからだよ」

 「失礼なぁ!」彼女が怒って、仲間たちは一斉に逃げ散らばった。僕は手を振ってバイバイと言った。

 「ほんと、失礼しちゃうよね?」彼女が僕に言った。

 「まあ、そうかな」

 「もっと断言してよ」

 「そうです、そうですよ」

 「よし」彼女は子どもっぽい笑みを浮かべた。

 海は夕日の橙に染まり、光を反射して、独特の波形を作っている。僕らが海に沿って歩くと埠頭と漁船が見えた。

 「山の方行かない?」彼女が提案した。

 「山?」

 「あっちのほうに祠があるんだけど、そこから行ったところに、キレイな景色が見られるところがあって」

 「へえー」

 「一緒に行かない?」

 「……うん、そりゃまあ、行くけど」

 「あ、嫌だったらいいよ。夏だから虫多いし」

 「いやいや、行くよ。むしろ行きたい」

 「じゃあ行こう」

 彼女が先導した。緑の葉が屋根になっている石の階段を登り、たまに土を踏んだ。涼風が脇を通り抜けた。

 たどり着くとわかった。祠の周りは妙に開けていて、まるで木が人のために形を変えたようだった。海はもちろん、向こうの陸地まで目を凝らさずとも見えた。

 「いいところだ」僕は独り言のように呟いた。

 「でしょ? この島で一番好きなところかも」

 僕は、俗っぽい表現で、いい雰囲気だと思った。今しかない、と思った。


 「あのね、ちょっと相談があるんだ」彼女が先に言葉を発した。

 「自慢じゃないけど、相談はよく受けるほうなんだ。遠慮なく言って」

 「うん。梶ってやつがいてね」

 遊んでいたうちの一人の名前だった。

 「あいつが、わたしと付き合ってほしいって言ってきたんだよね。一年前ぐらいに。で、そこから付き合うようになったんだけど。明日は梶の誕生日なんだけど、やっぱり『彼女』だったら、特別な何かをあげたほうがいいのかな?」

 葉音がうるさく鳴った。僕の身体は夏とは思えないほど冷え切っていた。汗のせいだった。

 「そうなんだ、知らなかった」

 「うん。でも、クラスメイトには内緒にしてるから誰にも言えなくって。君なら外から来た人だし、相談できるかなぁーと思って」

 「そうだな、あの、ちょっと僕には無理みたいだ。恋愛関係は疎くって」

 「そっかぁー、でもありがとう。聴いてくれるだけで楽になった」

 「うん」

 僕は地面を見たまま動けなくなっていた。僕は初めて、蝉が鳴いていることに気がついた。うるさいと思った。


 「ああ、来た。速く乗って!」母の叫ぶ声。

 船の出港時刻ぎりぎりだった。やがて船は出港した。

 「じゃ、バイバイ。また来てね!」夏帆が見送りに来たので、僕も軽く手を振った。

 僕はデッキに出て、島を見つめた。海水と汗で全身がべたついた。船に酔ったのかわからないが、僕は猛烈な吐き気に襲われて、その場にうずくまった。

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