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えんじえる!  作者: 五月七日 外
第一譜 バンド結成だよ
9/16

6 ヘッドフォンと家庭科部

「え、ええええええっ!?」


  困惑の声を上げる夕を置いて、紘は音楽室から出た。

  家庭科室は一階だ。

  一気に階段をかけ降りていく。

  気づけば二段飛ばしで階段を降りていた。


「ちょっと待ってよお」


  紘が一階まで降りると、へなへなになった夕が数秒遅れてやって来た。

  夕は紘の隣に並ぶと、すっかり荒れてしまった息を整えようと腰に手を当てる。

 

「急げ河風。時間がない」

「え、ちょっと待って待って!」

 

  息もそこそこで、家庭科室に向け歩みを進める。

  夕の息が整うまで待ってあげたいが、今は一刻を争うのだ。

  心葉は家庭科部に入りたいと言っていたので、まだ家庭科部に入部していないのだろう。つまり、心葉は入部するかどうかで今日まで悩んでいたという訳だ。

  心葉が悩んでいた理由は紘には分からない。単純に人見知りだから家庭科室に行けなかっただけかもしれないし、夕の勧誘が断りづらくて入部できなかったのかもしれない。はたまた別の問題なのかもしれない。

  夕の勧誘が理由のときには、心葉のことはもう諦めるしかないだろう。

  もしも、それ以外の理由で悩んでいたのならば、一つだけ手がある。無理やりな勧誘でない方法が。だが、それも心葉が家庭科部に入部していなければの話だ。ひとたび入部してしまえば、紘の考えは途端に破綻してしまう。

  だからこそ、紘は急いでいた。心葉が入部してしまうよりも早く接触するために。


「河風はさ……音楽を始めたキッカケとかあるか?」

「え?」


  道中、突然投げかけられた紘の言葉に、夕は戸惑いの表情を浮かべる。

  だが、それも一瞬のことで、紘の言葉を理解すると大きく頷いた。


「……うん、あるよ。とっても大事なキッカケ」

「実はさ、俺にもあるんだ。音楽を始めたキッカケてやつが……」


  辞めたキッカケでもあるけど。とは、言わなかった。

  今は再び音楽を始めたのだ。

  再び音楽を始めるキッカケをくれた夕に、言う必要が無い。

  だから言わなかった。


「そうなんだね」

「ああ。それで、少し思ったんだよ。九重はドラムを演奏できる。それってつまり、俺たちみたいに音楽が好きで、何かキッカケがあって音楽を始めたんじゃないかって」

「えっとぉ、つまり?」

「たぶんだけど、九重は今音楽よりも料理とか家庭科部でできることが好きなんだよ。けど、それだと俺が困る。俺一人じゃ河風の音痴はカバーできそうにない……」

「えっ!?」


  夕の表情が驚愕に染められていくが、それを無視して続ける。


「だから、九重には料理とかよりも音楽を好きになってもらう……そのためにも、九重が家庭科部に入部する前に、九重が音楽を始めたキッカケてやつを思い出してもらわないと」

「よくわかんないけど、わかったよ!とにかく公園に行けばいいんだね!」

「なんで公園!?」


  紘がそう言うのが早かったか、夕が家庭科室のドアを開けるのが早かったか。

  紘が気づいたときには、家庭科室のドアは開けられ、中にいた生徒の視線が夕に集まっていた。夕と話しているうちに家庭科室に着いていたようだ。

  調理の途中だったのか何人かは包丁や野菜を手に持ったまま固まっている。


「あ……あの、えっと……」


  元気にドアを開けた夕だが、顔を真っ赤に染めるだけで言葉が全く出ていなかった。

  瞬間、水姫の「河風さん、人見知りだけど一度なつくとすごいというか……」という言葉が脳裏に浮かんだ。

  奇行ばかりが目だってすっかり忘れていたが、思い返してみれば初めて会ったときも顔を真っ赤に染めていた気がする。あのときは水姫という友達がいたからこそ、ぎこちなくても紘と話せたのだろう。

  けど、今は少し違う。

  打ち解けたとは言え、正直紘と夕の関係性は知り合い以上友達未満といったところだろう。それに対し家庭科室にいる生徒は十数人ほど。圧倒的に知らない人間の方が多い。

  こうなってしまえば、友達を通じて話すなんて出来ない。

  それに、無意識なのだろうが夕は紘の体に隠れるようにジリジリと後退りしていた。


「もしかして入部希望の子かな?」


  家庭科部の部長だろうか、黒板の前に立つオレンジ色のエプロンを着けた生徒が代表して一言。

  チラリと後ろを見ると金魚みたく口をパクパクさせた夕がいたので、代わりに紘が答えた。


「いや、俺たちは九重に会いに来たんだけど……」

「九重さん?」

「そうです!一年三組の九重心葉ちゃんです!」


  ひょこっと顔を出して夕が言った瞬間だった。

  何か言おうとした部長を遮るように、手前側のテーブルに立っていた女子三人組の一人が出てきた。

 

「心葉は家庭科部には入ってないよ」

 

  そう言う女子生徒の名を紘は知っていた。

  三沢佳菜みさわ かな。紘と同じ二組の生徒で、クラスで一番可愛いと噂される人物だ。佳菜自身もその自覚はあるのだろう、ゆるくカールのかかった明るい髪も、少し着崩した制服も彼女の可愛さを存分に引き出していた。計算されたその可愛さは大概の男子をイチコロで落としてしまうに違いない。よく龍一がアイツ二次元に通じるよなと言っていた。意味はよくわからないが……。


「分かってる。そうじゃなくて、入部希望で来てないか?」

「来てないけど?」

「そうか、邪魔して悪かった」


  軽く一礼してドアを閉める。

  しばらくして中から「はい!再開するよー」と部長の声が聞こえた。

  中では紘たちが来る前と変わらず何かの調理をしているのだろう。ガヤガヤと楽しそうに話す声も聞こえ始めてくる。

  心葉が家庭科室に来ていない。

  たったそれだけのことなのに、紘の奥底に暗くて冷たい感情が沸々と沸き上がってくる。逃れられないその感情は次第に大きくなっていき紘を呑み込んでいく。黒い手が心臓を掴んでいるかのように胸が苦しくなっていく。

  考えすぎかもしれないが、嫌な予感がする。

  そう感じた瞬間、耳の奥でギリギリと鈍い音が鳴っていた。

 


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