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えんじえる!  作者: 五月七日 外
第一譜 バンド結成だよ
8/16

5 ヘッドフォンとメンバー不足

  翌日。

  紘は、久しぶりの静かな学校生活を送っていた。

  下駄箱を開ければ、手紙など入ってなく、自分の上靴だけ。

  休み時間に誰かの視線を感じることも無ければ、変なプレゼントを持ってこられることもない。

  昼休みに一度だけ、夕が訪ねてきたが、それも


「今日の放課後、音楽室集合だからね!」


  と、簡単な業務連絡をすると自分のクラスへと帰っていった。

  しばらく、今朝も一成から貰った生温いイチゴ牛乳を飲んでいると、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべた龍一が紘のことを見ていた。龍一は無駄に顔が整いイケメンの部類に入るので、そんな嫌な笑みを浮かべてさえそれなりに格好がつくことに無性に腹が立つ。

  なんだよと、視線だけで問うと龍一は体ごと紘の方に向けてくる。


「お前ら付き合ってるのか?」

「は?」


  あまりに突拍子の無い話に、つい言い方がキツくなってしまう。

  それでも龍一は、そんな紘の反応を気にした様子もなく話を続けた。


「ほら、ストーカーから始まる恋もあるだろ?河風だったか、彼女のストーカー行為も済んだみたいだし、次のステップとなれば恋人と相場が決まっている」

「それは、どこの世界の話だ」

「僕の常識では、そうなっている」


  自信満々に龍一はそう言うがそんなはずはない。

  紘の常識で考えれば、ストーカーの次のステップは新聞に載るような犯罪者だ。被害者と加害者の関係にこそなれ、恋人の関係になることなどあるはずがないのだ。

  どうして龍一がそんなおかしなことを言うのかと不思議に思ったが、答えはすぐに見つかった。開いた鞄から顔を出しているラノベ、タイトルは『ストーカーでもいいですか。4.5』だ。新刊らしく、帯には「刑務所での日々を綴った短編、あの子のラブコールはこうして作られた!!」と謎の文言が書かれている。

  よく分からないが、ヒロインは順調にステップを踏んで捕まったようだ。


「その常識、色々と間違ってるから見直した方がいいぞ。友人が逮捕なんて俺は嫌だからな」

「僕が捕まる訳ないだろ。僕はストレートに愛を告げるタイプだからな」

「さいですか」

「それにしても、遠野たちが恋人じゃないならさっきのあれはなんなんだ?河風の最後に手を振っていたときの顔なんて、愛しの恋人に向けるそれだったぞ」

「ちげえよ。あれは、そうだな……仲間に向ける顔かな」

「仲間……お前まさか!?」


  仲間という言葉に急激な反応を示す龍一。その顔は驚愕に染め上げられていく。

 

「なんだよ?」

「まさか、河風とバンド組むのか?」

「高瀬には言ってなかったか?昨日、そう決めたんだよ」

「くそ……賭けは僕の負けというわけか」


  悔しがる龍一の口から何か聞き捨てならない言葉が聞こえた。


「おい、賭けってなんだ」

「ん?加藤と遠野がいつバンドを組むか賭けをしていたんだ。加藤が昨日で僕が今日という予想でな……しかし、昨日だったとは」

「だから、イチゴ牛乳をくれたのか……」


  飲みかけのイチゴ牛乳を見ながら呟く。

  今朝も駅で会ったとき、お礼の品だからと、押し付けられるようにして一成から貰ったのだ。何のお礼かと思っていたが、そういうことだったらしい。


「それで、何を賭けたんだ?」

「ああ、僕はマンガを一冊で、加藤は菫の絵をちゃんと書いてくれだったか……なんで菫に拘るのか知らんが」

「加藤は知ってしまったのか……」

「ん?なにをだ」

「なんでもない。それより高瀬はきちんと菫の絵を書いてやれよ」

「まあ、負けたのは僕だからな。度肝抜かせる絵を書いてやるよ」


  ニカッと笑う龍一の顔は憎らしいほど格好よかった。


  五、六限も終わり、放課後。

  紘は音楽室に続く階段を登っていた。

  峰ヶ原高校の校舎は、生徒の教室がある普通棟と音楽室や美術室など移動教室で使うような教室がある特別棟の二つがあり、その二つの棟を繋ぐように三つの渡り廊下がある。上から見ると漢字の「日」のような感じだ。

  物静かな階段を最後まで登り終え、四階にある唯一の教室、音楽室の前で立ち止まる。

  踊り場に差し込む西日が眩しい。

  グランドからは野球部のものだろう、甲子園に向けて練習に励む声と小気味いい金属音が聞こえる。

 校内には、放課後独特の空気が流れていた。ゆったりとした、いつまでも続くような不思議な時間とともに。


「……青春だな」


 扉の前で一人、ごちる。

  別に、輝かしい青春の一ページを刻んでいる彼ら彼女らを馬鹿にしたわけではない。むしろ、今紘の中で渦巻いている感情はそんな冷たいものの反対に位置するものだろう。

  高鳴る鼓動を誤魔化すように、ドアノブに手を伸ばす。

 

「河風いるかー?」


  言いながら扉を開ける。

  と、同時に中から飛び出してきた影とぶつかる。紘にぶつかってきた影は体重が軽かったのか紘に弾かれるようにして後ろに倒れていく。

  紘の方はどうってことない。

  が、遅れて、ゴチンという鈍い音が聞こえた。


「……いったぁ」

「……あう」


  扉のところで倒れている二人の女子。一人は夕で、もう一人はお下げ頭の知らない女子だった。

  状況の読めない紘だったが、とりあえずお下げの女子へと手を差しのべる。夕は下敷きになっているので、どのみち後回しだ。

 

「大丈夫か?」

「あ……ありがとうございます。そ、そそそれと、失礼します!」


  立ち上がるや否や、お下げの女子はその場から立ち去ろうとする……も、倒れていた夕に足を引っ掛けて転んでしまう。と同時に、ベチンと痛そうな音が踊り場に響き渡った。


「……」

「……」


  地面に突っ伏してしまっているお下げの女子の耳が真っ赤に染まっていく。顔はよく分からないが、きっとトマトみたく真っ赤になっていることだろう。

  紘はお下げの女子から少し目を逸らしながら声をかけた。

 

「手かそうか?」

「す、すみません……お、おおお願いします」


  恐る恐る伸ばされた手を握り、引き起こす。次にほったらかしにしていた夕も引き起こした。

  互いに頭をぶつけてしまったらしい女子二人は同じように頭を手で撫でている。


「えっと……色々と聞きたいことはあるがこの子は?」

「この子は九重心葉くじゅう このはちゃん。同じクラスの子で、バンドのメンバーだよっ!」

 

  ニコニコと眩しい笑顔で語る夕。それとは対象的にびくびく怯えた様子の心葉。

  なんだか嫌な予感がした。

 

「よし、河風は少し黙ってろ。九重、本当のところはどうなんだ?」

「は、はいっ!……わ、わわわ私は家庭科部に入りたくて……そのその、ごめんなさい」

「いや、九重が謝ることじゃない。むしろ謝るのは俺の方だ。気付いてあげれなくてすまん」


  自分のことに精一杯で考えがいかなかったが、気づくべきだったのだ。夕のバンド勧誘被害者が紘だけではないことに。

  紘はまだ音楽が好きだったから良かったものの、家庭科部に入りたいという人間を無理やりバンドにいれてしまうのはよくない。それに、夕の勧誘の仕方はかなりズレているのだ。少ししか話していないが、極度の人見知りな感じがする心葉には、あの勧誘は辛いだろう。

  まさか、夕とバンドを組むことになって最初にすることが、被害者への謝罪とは思わなかったが、これも仕方ないのかもしれない。

  恐らくはなにもわかっていない夕に変わって紘は頭を下げた。


「そ、そこまで謝らなくても……河風さんも悪気があった訳じゃないですし……」

「いや、悪気がないからタチが悪いんだ。こいつには俺がキツく言っとくから……それと、河風。九重以外にも変な勧誘してないよな?」

「あはは……実はあと一人」

「お前なぁ……とにかく、そいつには明日ちゃんと謝っとけよ。えっとまあ、九重は家庭科部頑張れ」

「そ、それじゃあ……失礼します」


  ペコリと律儀に一礼して、心葉は階段を降りていった。

  後ろを振り替えると、そこには名残惜しそうに消えた心葉の姿を視線で追う夕がいた。


「河風」

「……はい」

「今、俺の中に沸いている感情はなんだと思う?」

「ワクワク?」

「それは、ついさっきまでの俺だ……じゃなくて、無理やりはよくないだろ」

「でも、心葉ちゃんは……」

「音楽は楽しいんだろ?」

「……うん」

「だったら、俺は心の底からそう思える仲間たちとバンドを組みたい。河風とならそう思えるって思ったから俺は河風とバンドを組むことにしたんだ。たぶんだけど、九重は違う……じゃないか?」

「……わかった」


  初めてふてくされた表情の夕を見たが、紘はそれをスルーして音楽室に入った。

  手近にあった机に鞄を置き、椅子に座る。

  音楽室はクラスの教室二個分くらいの広さがあり、半分は授業で生徒が座る椅子が占める。もう半分は合唱用のスペースになっており、小さなステージと立派なグランドピアノが存在感を放っていた。隅の方には、かつての軽音楽部のものだろう器材がごちゃごちゃおかれているが、それでもかなり広く感じた。

 

「練習するなら、ステージの上がちょうどいっか」


  音楽室を見回しながら、練習する場所やら休憩するなら準備室でもいいかと頭の中で、たまに口に出しながら確認していく。

  今日はベースをもってきていないので無理だが、この様子だと明日からでも練習できるかもしれない。

  そう思った瞬間、嫌な予感がした。

 

「なあ河風」

「……うん?」

「もしかしなくても、バンドのメンバーって俺と河風だけか」

「うん、そうだよ?」

「河風はギター弾けるんだよな?」

「私は歌しか歌えないよ?」

「俺はベースしか弾けないぞ?」

「うん!遠野くんのベースには期待してるよー」


  どうやら、嫌な予感が当たったようだ。

  いや、正確にはその可能性に気づきながらも見てみぬフリをしてきただけだ。

  ベースとボーカルだけのバンド。

  別に、そういうバンドがないわけではない。ベースがギターの代わりをすれば全然問題はない。

  だが、夕は音痴なのだ。正直紘一人の演奏でどうにかなるものではない。せめてギターかドラムが欲しかった。贅沢を言うなら、かつて所属していたバンドと同じく、キーボードも欲しいが……。


「ちなみになんだけどさ」

「……うん?」

「九重って、何を演奏できるんだ?」

「心葉ちゃんはドラムだよ!それもすごい早く叩けるんだー」

「ドラムか……」

 

  今のさっきで、どの面を下げて行けばいいのか分からないが、もう一度心葉に会う必要がありそうだ。

 

「よし、行くしかないな」

「えっと……どこへ?」


  急に立ち上がった紘の姿を見て、夕はキョトンと首を傾げる。


「九重を誘いに家庭科室だ!」

「え、ええええええっ!?」


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