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えんじえる!  作者: 五月七日 外
第一譜 バンド結成だよ
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3 ヘッドフォンとプレゼント・フォーユー

 翌日、紘はいつもより早めに家を出た。それも朝の7時ちょうどに。

  4月とはいえ、日の浅いうちはまだまだ寒く、制服の下にはパーカーを着ている。無理やりしまいこんだフードのせいで背中に妙な膨らみを感じるが仕方ない。フードを外に出すと校則違反になってしまうのだ。

  ヘッドフォンを常につけていることで、先生に目をつけられている紘がこれ以上校則違反を犯すと、「根は真面目な子なんですよ」と言ってくれた担任の津屋崎先生に申し訳がたたない。

 

「遠野様ではありませんか!」


  家を出てから十分ほど。

  駅の前で見覚えのあるシルエットが手を振っていた。

  ヘッドフォンを耳から外し、挨拶がてら軽く手をあげる。

 

「ジャージだったから最初気づかなかったよ」

「私事ですが、日課のジョギング中でして……遠野様はお早い登校ですね」


  うっすらと額に浮かぶ汗を拭いながら、爽やかな笑みを浮かべる一成。こうしているとただの美男子にしか見えないが、一成は女子である。龍一の専属メイドらしく、聞いた話ではどのような場所でもついていけるようにと、中性的な顔立ちの人間が選ばれるのだとか。


「まあ、ちょっとな……そういえば、高瀬は一緒じゃないのか」

「はい。龍一殿は部活の朝練があるとのことで、学校にいますよ」

「朝練?あいつって美術部だよな」

「はい。筆ならしに菫の絵を描くそうですよ」

「……スミレか」

「はい菫です」


  きっと、龍一が描いているのは「スミレちゃん」というキャラクターなのだろうが、自慢気に主のことを語る一成には言えそうもない。

  気まずさから視線を下ろすと、そこには慎ましいとしか言えない僅かな膨らみがあった。

 

「あ、あの遠野様……あまりそう情熱的な視線を向けられますと……私事ですが、これでも女ですので」

「え、ごめん。そういうつもりじゃなくて……あっ、そう言えば昨日のイチゴ牛乳、河風にあげちゃったんだけど大丈夫だった?」

「いえ、遠野様に渡した時点であれは遠野様のものですから、どのように扱われても構いませんよ。ですが、ちょうどよかったです」

 

  不意な笑顔にドキリとする。

  と、紘がどぎまぎしている間に一成が懐からイチゴ牛乳を取り出した。昨日も見た紙パックのやつ。

  一成から受け取ってみると、イチゴ牛乳は案の定、生温かった。

 

「あ、ありがと」

「おきになさらず。私事ですが、そろそろ準備をしないといけないので」


  紘に一礼してから、一成は線路沿いの道路を走っていく。ぐんぐんスピードがあがっていき、あっという間にその影は消えてしまった。


「……寒かったし、ちょうどいいか」

 

  一人ごちると、一成の消えた方角から電車が見えてきた。

  二両編成の小さな電車で紘が乗る予定の電車だ。一つ乗り遅れると、三十分近く待つことになるので、急いで改札口を通った。


  電車に揺られること十数分。

  窓に映る景色は市街地から一変、小さな温泉街が流れていた。数少ない建物からは白い煙があがり、そのほとんどが温泉宿であることが分かる。さすがにこの時間だと人は少ないが、昼くらいになると電車からも浴衣姿の人たちを見ることができる。小さいながらも温泉の名所なのだ。

  それから間もなくして電車が駅に入る。

  アナウンスと同時にドアが開くと、卵の腐ったような臭いが車内に充満してきた。別に隣のおじさんがおならをしたわけではない。原因は硫黄だ。

  人間不思議なもので、入学から一週間足らずの間にこの独特の臭いにもなれてしまった。隣のおじさんは、出張で寄ったのだろうか。顔をしかめていた。

  数人の入れ違いが終わり、電車が再び走りだす。

  電車に揺られること数分。再び景色は変わり、ぽつりぽつりと家が立つ和かな田舎風景が窓の外で流れては消えていく。

  家から高校まで、たった四駅しかないのにこうも違う景色が見えるので、紘にとって通学は苦痛ではなかった。


「……ふわぁ」


  急な眠気に、欠伸が出る。

  このまま眠ってしまいたいところだが、目的の駅についてしまった。

  眠たい体に鞭打って立ち上がる。乗り場が二つしかない小さな駅舎を出ると、緩やかな坂の先に峰ヶ原高校の校舎が見える。

  野球部なのだろう、丸坊主の集団に走り抜かれたり真面目に朝早くから登校している生徒を見たりしながら歩くこと三分。

  「峰ヶ原高校前」という駅名に恥じない距離感で、紘は校門をくぐった。

  間もなくして昇降口につくと、会いたくなかった人物……河風夕が、紘の下駄箱に何かを入れる瞬間を目にした。


「お前は朝からなにやってんだ?」

 

  見るに兼ねて声をかけると、ビクリと肩を小さく震わせた夕が顔を振り向かせる。その表情はよく見せる困ったような笑顔だった。


「あはは遠野くんおはよー。わ、私はたまたまここを通っただけだから……何もしてないんだからねー!」

「あっ、おい」


  廊下の方へと逃げ出す夕。それを止めようと手を伸ばすが、あと一歩届かずその手は空を切った。

 

「……なんだこれ」


  夕を追いかけるのは面倒そうなので、とりあえず下駄箱を開けると、便箋が入っていた。宛名も何も書いていないが、差出人は間違いなく夕だろう。

  中身は二枚の手紙。

 

  ーー音楽は楽しいんだよ!


  丸っこい字で一言。それとセロハンで貼り付けられたピックが一つ。丁寧なことに音符のシールでデコレーションされていた。

  それが一枚目の手紙。

  二枚目は手紙というよりメモと言った方がよさそうだった。


  ーープレゼント作戦!

  最初は下駄箱にプレゼントを入れる。

  次は机の引き出し。

  その次は……


  途中で読むのを止めたが、どうにも夕は紘を物で釣ろうとしているらしい。

  それに、この二枚目は本来中に入れるべき手紙ではないだろう。目的が紘にばれてしまった時点で作戦は失敗なのだから。

  二枚目の手紙は気づかなかった振りをして、そのまま下駄箱に戻す。

  最初の手紙はどうしたものか迷ったが、鞄の中にしまうことにした。

 

「これ……気づいてなかったら大惨事だな」


  教室につき、引き出しの中を確認してみると、クリームパンが二つ入っていた。もしも気付かず教科書を入れていたかもと恐ろしい。


「……いつまで続くんだろ」


  出来れば続いてほしくない。

  そう願う紘だったが、あいにく夕のプレゼント作戦は休み時間になるたび実行された。

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