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えんじえる!  作者: 五月七日 外
第一譜 バンド結成だよ
4/16

1 ヘッドフォンとストーカー

  天使との邂逅から2日を過ぎた月曜日のこと。

  その日、遠野紘とおの ひろは朝から視線を感じていた。

  具体的には、朝のホームルームが終わった辺りからだ。

  最初の方こそ勘違いかと思っていたが、トイレに行ったときも、自販機に行ったときも何処からか視線を感じ、紘が見られているという結論に至った。


  視線を感じつつも時間は過ぎ、四限。

  本来なら社会の授業だったのだが、先生に急用が入ったとかで黒板には「自習」の二文字。ざわざわした空気がクラスには流れつつも、みなせっせと真面目に課題のプリントを進めている。

  紘は二十分ほどで課題を終えると、前の席で今も真面目にシャーペンを走らせている高瀬龍一たかせ りゅういちには邪魔して悪いと思いつつも、その肩を軽く叩いた。


「なんだ遠野。僕は今イラスト作成で忙しいんだが」


  全然邪魔して良かった。

  龍一の机上には、キラキラ目の輝いている萌えキャラの書かれたプリントが二枚とまっさらな課題プリントが一枚。

  そして、たった今三体目の萌えキャラ製作に取りかかっている途中のようだった。

  シャーペンがすらすらとプリントの上を走り、キャラクターの瞳が描かれていく。

 

「お前、授業中になにしてんだよ」

「僕は美術家だからな。アイデアが浮かんだら書くのは当然だろ?それに、授業中に音楽を聞いているお前に言われたくないな」

「ヘッドフォンは首にかけてるだけで、授業中には聞いてないからな。というか、美術家ってそういう絵を書くものなのか?」


  龍一の書いている絵は、どうにも紘の知っている美術家のそれとは随分と違うように見える。

  普通、美術家の絵と言えば風景画だったり、~ズムみたいなカタカナのよく分からない技術を使った絵ではなかっただろうか。


「うん?言っている意味はよく分からないが、美術家たるこの僕が書いた絵なのだから、すべて芸術品になるに決まっているだろう。遠野の好きな音楽と一緒さ。最高の人間が作った作品は、例え他人に認められなくても最高の作品なんだよ。つまり僕のスミレちゃんは最高というわけだ」

「なるほど、よく分からん」

「遠野もまだまだだな。それで?一体僕に何の用なんだ?」

「ああ、そうだった。実はさ、朝から視線を感じるんだがどう思う?」

「どう思うって……ただの自意識過剰だろ?」


  振り返る龍一の目は、可愛そうなものを見るそれに変わっている。

  紘も初めは龍一と同じように思っていたので、朝からの状況を簡単に説明した。

 

「……つまりは、ストーカーか」

「たぶんな」

「ストーカーが男なら諦めろ。もしも女なら爆発してしまえ」

「なぜに爆発なんだよ」

「ストーカーから始まる恋もあるだろ?」

「いや、ねえよ」

「そうか……ないのか」


  龍一の目はどこか遠くを見ていた。

  もしかしなくても本気で「ストーカーから始まる恋」とやらがあると思っていたのだろうか。

  龍一の引き出しから若干はみ出しているラノベ『ストーカーでもいいですか。ー3ー』から紘は視線を逸らしておいた。


「……遠野」

「な、なんだよ」

「僕に一つ考えがある。お前に付きまとうストーカーに逆襲するぞ」


  そう言う龍一の瞳は怪しく光っていた。

 

  4限も終わり昼休み。

  紘は龍一に言われるまま屋上へと来ていた。

  途中、購買に寄ったので紘の手には惣菜パンの山が出来ている。

  隣で怪しい笑みを浮かべる龍一の両手には缶コーヒーが一本ずつ。それぞれ紘と龍一の分だ。

  龍一は入り口近くに陣取ると紘の手から惣菜パンを三つ、パンの山を崩すことなく器用に取っていく。

 

「さて、遠野のストーカーがいるならもうじきここに来るはずだな」


  コロッケパンを二口くらいかじったところで、龍一はそう切り出した。


「結局、聞けずじまいだったけど高瀬の言う作戦てなんだったんだ?」

「ああ、それか……気になるか?」

「そりゃあ、まあ」


  四限の龍一の様子から、てっきりすぐ行動に移すものと思っていたのだが、ここまで特段なにをすることもなく過ごしている。

  ストーカーは健在のようで、購買に行ったときも何処からか視線を感じていた。紘からしてみれば早いこと解決したいのだが、龍一は慌てた様子もなく焼きそばパンに手を伸ばしている。


「まああれだ。僕の作戦はすぐに分かるさ」

「そうか」

「ああ」


  静寂が流れる。

  屋上は普段、昼休みの人気スポットなのだが今日は紘と龍一の二人しかいない。恐らくは雲行きが怪しいのが原因だろう。天気予報のお姉さんは、絶好の洗濯物日和だなんて言っていたが、どうやらハズレのようだ。

  天気予報のお姉さんに悪態をつきながらパンを食べること数分。龍一はパンを食べ終わったようで缶コーヒーに手をつけていた。

  カチャリと小気味いい音がなりタブが開く。

  龍一が中身を一気に煽ると、ガチャリとドアノブが回る音がした。


「来たか」


  一息つく変わりに龍一はそう言った。

  少し格好つけているところがむかつくが、紘は視線を扉に向けた。

  キキィと紘たちが屋上に来たときと同様、甲高い金属音と共に姿を現したのは、男にも女にも見える中性的な顔つきの女子生徒だった。

  髪は漆黒で、短く切り揃えられたそれは鋭利な刃物を思わせる。無表情で塗られた顔は美人の部類に入るのだろうが、冷たい視線を放つ両の瞳が台無しにしていた。

 

「龍一様、件の人物つれて参りました」

「様はよせと言ってるだろう加藤」

「失礼。それでそちらにいらっしゃるのが遠野紘様ですね。私事ですか、龍一殿専属メイドの加藤一成かとう いっせいと申します。こちらつまらないものですが。遠野様は龍一殿と仲良くしてくださっているとのことなので……」


  一成は、深々と頭を下げると懐からイチゴ牛乳を取りだした。

  五百ミリ入り。紙パックのやつだ。


「殿もよせ。それと遠野はイチゴアレルギーだから止めときな」

「失礼。そうとは知らずにこんなものを……」

「誰がイチゴアレルギーだ。まあ、有り難く貰うよ」

「作用で」


  わずかだが、一成の表情が和らぐ。

  冷たい人なのかと思ったが、どうやら感情を表に出すのが苦手なだけだったようだ。

  おろおろと紘と一成の間を行き来していたイチゴ牛乳を一成から貰い、一緒に貰ったビニール袋に残っていたクリームパンと缶コーヒーを入れる。

  一成から貰ったイチゴ牛乳は何故か生温かった。いったいいつから懐にいれていたのだろうか……。

  と、一成の服を見ていると不意に視線が胸の方へといってしまった。


「私事ですが、こう見えても女ですのであまり胸を見られるのは……」

「そうじゃなくて……いや、少し見てました。すいません」


  このイチゴ牛乳腐ってないよね。とは流石に言えず、胸を見ていたことにした。

  隣で龍一が「遠野はちっぱい派か」などと呟いていたが、面倒なことになりそうなので、スルーしておく。


「それで、加藤。ストーカーは?」

「はい。こちらに捕らえております」

「ゴニョ!……ンガフンガ!?」

「なにこれ?」

「ストーカーでございます」

「??……ンガ!ニャンニョ!?」


  一成に引きずられるようにして出てきたのはロープでぐるぐる巻きにされた……芋虫状態の何かだった。


「僕の作戦勝ちだな」

「作戦……そうか、二重尾行か」

「遠野様。正解でございます」


  ヒラヒラと花吹雪が舞う。

  原因は考えるまでもなく一成だった。

  懐に突っ込んだ手から次々に花吹雪が放たれている。彼女の懐には何が入っているのだろうか……。

  視線を落とすと芋虫の元気が無くなったようで、花吹雪が積もり始めていた。


「ところで、この芋虫そろそろほどいてもいいんじゃないのか」

「それもそうだな……加藤」

「了解です。私事ですが、これでも紐使いはお手のものですので」

 

  一成の宣言通り、ぐるぐる巻きの芋虫はどんどんほどかれていき、数秒とかからず中身が現れていく。

 

「あはは……金曜の夜ぶりだね、遠野くん」


  ふらふらと立ち上がったストーカー……河風夕は、居心地の悪そうな苦笑いを浮かべていた。


「河風……お前がストーカーだったのか」

「ち、違うよ!?私はただ遠野くんに話をしようと思ってて……」

「俺に話?」

「うん。でも、いざ言おうと思うと緊張しちゃって……しかも遠野くんって、休み時間になるとすぐに何処か行っちゃうから……」

「ふむ、どうやら僕たちはお邪魔なようだな。行くぞ加藤」

「はい。頑張って下さい遠野様」


  どんどん顔が赤くなっていく夕を見てそんなことを言う龍一と一成。

  いまいち状況のつかめない紘を置いて二人は屋上を出ていった。

 

「えっとー、それで話って?」

「うん……えっとね」


  夕は見上げるようにして紘の目を見る。

  そして、意を決したように口を開いた。


「遠野くん!私とバンドを組んでください!!」

 

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