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えんじえる!  作者: 五月七日 外
第一譜 バンド結成だよ
16/16

13 ヘッドフォンと心葉の想い

 母親が迎えに来た初と別れた後。

 時刻は十九時を少し過ぎていた。

 見舞いのケーキも無いし時間も遅いしで、紘はもう帰るつもりだったのだが、ポツリと残された心葉とガッツリ目が合ってしまい、なんとも気まずい空気になってしまう。

 どちらからか適当な話を切り出せれば良かったのだが、人見知りの心葉からは当然そんなものは出てこない。なんなら、紘から目を外すタイミングすら見つけられずに、そのままじーっと目を見続けてしまう始末だ。

 紘の方はというと、こちらもまた話題選びに悩んでいた。いつもならそう悩むこともないが、相手は今日一日中紘のことを避けていたのだ。避けていた理由は簡単で、心葉にとっての紘は、先日まで軽音部に勧誘するために紘に付きまとっていた夕と同等の存在だ。

紘もあれにはウンザリしていたので心葉の気持ちはよくわかっていた。

 なので、唯一の接点である音楽の話しはしにくいし、かといって「暗いし帰り送ろうか?」なんて言うのもこの気まずい時間が増えるだけだった。

 途方に暮れる紘だったが、意外にも、先に話題を振ったのは心葉だった。


「あ、あの……これ、片付けお願いしてもいいですか?」


 何のことかと思って心葉の視線を追うと、そこにはさっきまで使っていた砂遊びの道具が落ちていた。

 このままこうしているよりは、ずっとましだったので紘もそれに了承して片付けを開始した。


「終わっちまった……」

「ですね……」


 元々そう散らかっていなかった道具だ。高校生二人が片付ければ数分とかからず終わってしまった。

 そして再び訪れた沈黙。

 それを打ち破ったのは紘だった。


「あのさ……一つ聞いてもいいか?」


 どのみち、いつか聞くつもりだったのだ。

 紘は覚悟を決めて話をすることにした。


「あ……はい。大丈夫です」


 心葉も予測はしていたのだろう。紘が思ったよりもすんなりと心葉は頷く。

 それを見て、紘は口を開いた。


「九重は、なんで家庭科に入ろうと?」

「そ、そうですね。……色々とありますけど、一番は初ちゃんの為……です」

「初のため?」

「は、はい。初ちゃんの両親は仕事が忙しいみたいで帰りがいつも遅いんです。それで、い……いつも寂しい思いをしていて……友だちもこんな遅くまでは一緒にいられないし、私もいつも遊べるわけじゃありませんから……」


 紘は心葉の言葉を静かに聞いていた。


「それで……色々と聞いたら初ちゃん、お菓子とかデザートが好きみたいで……私も作れたらなあって思った次第です」


 なんだか後半は面接っぽい口調になっていたが、心葉が言いたいことはだいたいわかった。

 けど、紘には腑に落ちない部分があった。


「なんで初のために九重がそこまでするんだ?その……妹ってわけでもないんだろ」

「あ……そう、ですね……。なんて言えばいいんだろう。初ちゃんって昔の私みたいでして」

「昔の九重!?」


 紘の口から、つい素っ頓狂な声が出てしまう。

 とてもではないが、小さい頃の話とはいえ九重が初みたいにしている姿は想像できなかった。

 心葉は紘が考えたことを理解したのだろう、すぐに首を振って説明を足した。


「あ、いえ……その、正確が似ていたという訳ではなくて。お家の環境がと言えばいいんでしょうか?」

「ああ、そっちか」

「はい。私も小さい頃は両親が共働きで、いっつも夜遅くまで一人公園で遊んでいたんです。そしたらえーっと……なんて言えばいいのかな、友だちになってくれたお姉さんがいつも私と遊んでくれて。それが嬉しくて……だから、私もあのときのお姉さんみたいになりたいんです。たぶん、それがあの人への恩返しになると思うから」

「九重って、やっぱりいいやつなんだな」

「えっ、はいぃ!?」

「いやー……なに?それって、もちろん九重が言うみたいに 自分のためってのもあると思うけど、結局は誰かの為に動けるような人になりたいってことだろ。俺は、そんなことできたことないから、正直すげーと思う」

「あ、ありがとうございましゅ……」

「う、うん」


 噛んでるぞとは言えず、紘は視線を反らす。

 辺りはもうすっかり暗くなっていて家の灯りが眩しかった。


「もう遅いし帰るか」

「……そうですね」


 二人は別の方向へ向かって歩き始める。

 心葉を送るべきか最後まで迷ったが、結局、紘は送らないことにした。

 心葉とこれ以上話してしまえば、軽音部に勧誘してしまいそうな気がしたからだ。

 心葉の理由を聞いてしまった手前、紘にはもうそんなことできなかった。


「あっ!忘れるところだった……九重、最後に一つだけいいか?」

「あ、はい」


 二、三歩進んだところで紘は振り返る。

 心葉も似たようなところで紘の方へと振り返った。


「三沢に聞いたんだけど、音楽を始めたきっかけって、そのお姉さんが理由なのかー?」


 すると、心葉は一瞬戸惑うような仕草を見せたが、紘の言葉に小さく頷いた。


「はい。その人、結局、私が中学を卒業するくらいまでずっと遊んでくれまして……気づいたら私もドラムを始めみました」


 紘の耳には届かなかったが、「諦めた理由でもありますけど……」と心葉の言葉は続いていた。

 短い会話も終わり、そして、紘と心葉は別れた。


「はぁー……俺たちが勧誘するには、少し遅かったか」


 帰り際、紘は小さく呟いた。






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