8 ヘッドフォンとクラスのマドンナ
「で、アンタ、心葉のなんなわけ?」
誰も来なさそうな場所……ということで、音楽室前の踊場に紘は来たのだが開口一番、敵意剥き出しの佳菜にそう言われた。
「なんだって言われてもな……」
「彼氏……はないか。アンタぱっとしないし」
「ちょっ!?おい。それは俺に失礼じゃないか?」
「なんで?」
「なんでってなぁ。そりゃあ一応、俺にも尊厳というかプライドみたいのがあってだな」
「別にアンタのそんなのどうでもいいんだけど」
よくないだろ!
紘のツッコミは虚しくもスルーされ、話題は始めに戻っていた。
「で、どうなのよ」
「……まあ、別に彼氏とかではないけどざ」
「そ」
一言。
たったそれだけを言うと、佳菜は興味が薄まったのかプイとそっぽを向いてしまう。
ちらり見えた横顔は気のせいだったのだろうか、一瞬緩んだように見えた。
「じゃあ、なんでアンタは心葉に付きまとうわけ?ストーカー?」
「ち、違うわ!……俺はその、ただ九重をバンドのメンバーに誘おうと思ってて」
「あー……そういう」
「ていうか、三沢の方こそ九重の何なんだよ」
「別に。心葉とは小学校から同じってだけ。それに、アタシ はもうあの子のことなんて本っ当どうでもいいし、むしろ……嫌、い……だし」
佳菜の言葉はだんだん弱くなっていた。
言葉と共に次第に弱腰になっていく佳菜の様子が、紘の中で燻っていた黒い感情を大きくしていく。
一度根付いてしまった良くない考えはなかなか消えて無くなってはくれなかった。
だからだろう、事の真実を確かめようと勝手に口が動いたのは……
「なあ、三沢。お前もしかして……」
「なに」
「いや、なんでもない。忘れてくれ」
紘は言いかけた言葉を途中で止めた。
脳裏で浮かびあがったイメージはあくまでも紘の想像にすぎないのであって、それをいま佳菜に咎めるのは些か早すぎだ。
それに聞くのなら、佳菜よりも先に心葉の方に聞くべきだ。
紘の想像の域を出てはいないが最悪の場合、佳菜も加害者側に立っている可能性もある。もしもそうなら、状況はさらに悪くなるかもしれない。
それだけは避けたかった。
「ねえヘッドフォン……」
一瞬、佳菜が機械に話しかける系のイタイ感じになったのかと思ったが違かった。
自覚は無いが紘のあだ名は『ヘッドフォン』や『ヘッドフォン少年』だった。思い返してみれば、水姫もクラスで噂になっていると言っていたし、なにより佳菜が紘を最初に呼び止めたときもそんな呼び方だった。
紘は内心嫌だったが、何故か高圧的な佳菜とそんなことでやり取りするのも面倒な気もしたので、一応、返事をしていた。
「アンタ心葉とバンド組みたいんだよね?」
「まあ、そうだけど」
「だったらさ、アタシたち協力しない?」
「は?」
佳菜の急な提案に、紘の口からは間の抜けた声が漏れていた。
「だーかーら、さっきも言ったけどアンタは心葉とバンドを組みたい。で、アタシは心葉に家庭科部に入って欲しくない。これって利害が一致してるでしょ」
後半は絶対言ってないよね?
言うと面倒になりそうなので、紘は内心ツッコミをいれるまでに留める。
そうしている間も佳菜の計画とやらの話は続いた。
「アタシが心葉を家庭科部に入れないようにするから、アンタはその間に心葉とバンド組んじゃえってわけ。意味わかる?」
「いや、意味はわかるけど……どうするもこうするも九重の自由だろ?俺たちがとやかく言っていいのか?」
「そ、それは……」
そう言う佳菜は苦虫を噛んだような表情を浮かべる。
何があったのかは知らない。けれど、佳菜の様子から二人のの間に何かあったのは明白だった。
────と、俯きがちになっていた佳菜が、突然、紘の手を握って自身の方へと引っ張ってきた。
あまりに予想外の行動に紘の体はよろめいてしまう。
なんとか体制を立て直そうとするも、それを構うことなく引き続ける佳菜────。
結果、紘は佳菜を押し倒すような形で倒れてしまった。
紘が少しでも動けば顔のどこかに触れてしまいそうなほどの距離にある佳菜の顔。
クラスで一番可愛いと言われる佳菜だ。
不覚にも、紘の心臓は鼓動が早まっていた。
佳菜に伝わるかもしれないくらいにドクドク大きく脈打つ心音。
ふいに佳菜の唇が動いた。
と、同時。
────キーンコーンカーンコーン……。
昼休みの終了を知らせる鐘が鳴った。
「え?今なんて……」
鐘の音で佳菜が何と言ったのか聞こえなかった。……いや、実際には聞こえていた。だが、紘にはその言葉が出てくる意味が分からなくて、聞き直していた。
「だ、だから!アタシと付き合えって言ったんでしょーが!何回も言わせんなバカ!!」
やはり、意味の分からない佳菜の言葉を聞きながら────。
昼休み最後に、紘は真っ赤な顔をした佳菜から蹴られて逃げられた。