7 ヘッドフォンとストーカー?
翌日。
その日、紘は朝から頭を悩ましていた。
一つは、心葉のこと。
昨日感じた嫌な予感が今も残っており、けれど、それが何によるものなのか原因がハッキリしていない。ああでもないこうでもないと行き場を失い、消化不良を起こした感情はモヤモヤと体の奥底でくすぶっている。
そしてもう一つは、結局は心葉のことに繋がるのだが、今日に限って夕が紘のところに来ないのだ。
いつもは呼んでもないのに来るくせに、来てほしいときに限って来ないのが困ったもの。来てほしいというのも、夕は心葉とクラスメイトで、たぶん友達でもある。だから、夕には心葉に音楽を始めたキッカケを聞いてもらうついでに、様子も見てくるよう昨日のうちに言っておいたのだ。
だが、その夕が朝からまったく来ない。それでは余計に心葉の事が気になってしまう。
そんなこともあり、紘は悶々とした一限目を過ごすことになった。
一限後の休み時間。
紘はトイレで用を足し終えると、その足で一年三組の教室へと向かった。室内を窓から覗くと、そこには休み時間らしく生徒がそれぞれ自由な時間を過ごしていた。黒板の前ではしゃいでいる男子や昨日のテレビが面白かったとか話している女子。そんな生徒の中に夕の姿が無いかと探していると、机の上に教科書とノートを置き、準備満タンな水姫と目があった。
ちょいちょいと手で招くと、めんどいと視線で断られる。
それでも頼むと手を合わせると、嫌々ながら紘の元へとやって来た。
「なに、教科書でも忘れたの?」
「いやそうじゃなくて、河風を探しに来たんだけど」
「河風さん?河風さんなら、今日風邪で休んでるよ」
休んでいるなら来るわけないかと、納得する。
夕は紘と初めて会った金曜日にも風邪をひいていたはずだ。今日までずっと体調が悪かったのだろうかと一瞬疑ったが、それは無いだろう。昨日は夕の家が案外紘の家から近かったこともあり送って帰ったのだが、そのときもそんな素振りは見せなかった。
あらかた朝の急な冷え込みでやられたのかもしれない。もうすぐ五月になるとはいえ、まだ朝は寒いのだ。
「河風は見舞いに行ってやるとして……水姫も一緒に来るか?」
「今日は塾でテストだからパス。私の分もお見舞いしといて」
「わかった。……それと、九重がどこにいるか知ってるか?」
チラリと教室を見ながら言う。夕がいないのなら紘が直接心葉に色々聞くしかないと思ったのだが、夕と同様、心葉の姿も教室にはなかった。
「九重さん?あれ、紘って九重さんのこと知ってたっけ?」
水姫の顔に疑問が浮かび上がる。
それもそのはずで、自分のクラス以外で知っている生徒なんて同中の生徒か悪目立ちしている生徒くらいなこの時期に、どちらかと言うと目立たないタイプの心葉のことを紘が知っているのは不思議だ。現に、紘が心葉のことを知ったのも昨日のことで、夕が連れて来なければクラス替えまで話すこともなかったかもしれない。
「あっ、もしかして紘の一目惚れとか!」
「なぜにそうなる」
「違うの?」
「全然違う」
どういう推理のもとそういう答えが導き出されたのかは知らないが、これ以上あることないこと言われるのは面倒なので、ここまでの経緯を簡単に説明した。
「ふ~ん」
「なんだよ、その何か言いたげな顔は」
「ううん別に。紘はすっかり軽音部の人間になっちゃったなあて思っただけ」
「まあ、バンド組むって決めたからさ。俺も少しは頑張らないとだろ?」
「そうだね」
「それで、九重のことなんだけど……」
話を戻す。休み時間は限られているのだ。あまりのんびりしていると何も心葉に話せずに終わってしまう。
「九重さんは……今いないみたいね」
水姫は視線をある机に向けながらそう言う。真ん中あたりの列の一番後ろの席だ。恐らくは九重の席だろう。机の横には通学用鞄が掛けられていた。
「いつもは教室にいるんだけど」
「まあいいよ。次の休み時間にでも話せればから」
「うん、私の方からも紘が用あるみたいって伝えとく」
「ありがと」
言って、それじゃあと軽く手を挙げる。
水姫とわかれて教室に戻ると、次の授業を報せるチャイムが鳴った。
次の休み時間には心葉に色々と聞けるだろう。そう思うと普段は憂鬱な英語の授業もすんなり頭に入ってきた。
だが、紘の予想とは異なり次の休み時間も三限後の休み時間も心葉と話すことは出来なかった。
水姫も心葉に話そうとしてくれたみたいだが、それよりも早く教室を出ていって授業ギリギリに戻ってくるらしかった。
ここまでくると紘でも分かる。
「……避けられてるな」
「なんだ?今度はお前がストーカーか?」
「高瀬……どうしてそうなる」
昼休み。
どうやら考え事が口に出ていたらしく、前の席に座っていた龍一がこれまた妙な勘違いをしていた。
「どうせ河風のことだろ?加藤から話は聞いているし証拠は掴んでいる。僕の素晴らしい推理によれば、あらかた愛しの河風が休んでいることが関係している……そして、放課後河風の家に忍び込むつもりだな!」
「お前はどうしてそんなに本の影響を受けるんだ……」
龍一の引き出しからは、探偵の格好をした二次元美少女が表紙を飾るラノベが顔を覗かしている。
「くっ、少し間違えたか……今度は遠野がストーカーになる番だと思ったんだが」
「まったく、俺がストーカーになるわけないだろ」
「まあそれもそうか。加藤が心配していたからな……僕も少し気にかけていたが、加藤のはやとちりか」
「加藤もおっちょこちょいなところがあるんだな」
そんなことを龍一と話しているうちに昼食を終え、缶コーヒーで一息。
腹も満たされたところで、教室を出てもう一度三組へと足を進める。
「おい、そこのヘッドフォン……ちょっと話があるんだけど」
と、廊下で高圧的なけれど、途中から下手に出る変な話し方で呼び止められた。
「三沢?」
振り返るとそこには、紘のクラスで一番可愛いと噂の三沢佳菜が一人立っていた。