悪魔の救いを待つ
「…雨だ」
と、少女はそう思った。
実際には朝からずっと雨だった。
現在時刻は午後6時を回ったが、たった今それを認識したかのように灰色の空を見上げる。
真っ赤な傘はかろうじてその髪を濡らさずにいるが、制服のスカートやローファーは重く湿気ている。雨はバラバラと激しい音を立ててコンクリートを叩いていた。少女は楽をして帰ろうと決意したようだが、その刹那、時計を見てため息をつく。
ーまたか。
ーもう5分でも早く着いていれば間に合ったかもしれない。
バスは少女を置いていった。
傘を閉じてベンチに腰を下ろす。至る所に苔をまとった木製のベンチが軋んだ。
20分も時間を持て余した少女はまた要らぬ考え事をする。それはいつも通り自己嫌悪を呼び、ため息をつかせる。
逃げていく幸せなど、もう持ち合わせてはいないのに。
目を閉じる。
昨日は連日続いた模擬試験からようやく開放され、その清々しさから、何をするでもなく携帯を眺めていた。
今年は大学受験の年だ。ことある毎にこのままではいけないと思うのだが、そんな焦りにさえもう慣れ始めていた。少しの焦燥感に私という人格は変えられない。
期待しないし、期待されない。
興味もなければ、関心も惹けない。
そんな少女が必要とするものはきっと夢や希望などではないのだろう。
欲しいのはそう。例えば、本当の恐怖。
バスに揺られ、駅へと向かう。
窓の向こうには傘も持たずにずぶ濡れで走る勇者の姿があった。雨宿りも無駄だったんだろうな。
ふと明日が提出期限の課題を片付けようかと思いつく。そういえばそんなものもあった。少し悩んでから画面に目を落とす。ただ、少し微笑んでしまうような、そんな癒しを求めて。顔の筋肉は笑い方を忘れたまま、湧き立つ感情の訪れを待っていた。
ふと顔を上げた時には既に帰宅していて
「…家だ」
と、そう思うのは最早日課である。
日付は音もなく移り、その目に何も映さないうちに意識は遠退いた。
気がつけば朝。時計を見れば寝坊。
なんということはない。これはいつもより遅い起床ではく、いつもと同じく遅い起床である。
永遠の眠りをと駄々をこねる意識を時間が引きずっていく。
いよいよ遅刻が危ぶまれる頃になって、ドタバタと支度をする。
何も考えない頭で、何も感じないままに。
別に遅れたっていいと思う心とは裏腹に、習慣がそれを許さない。
結局いつもと同じ時間、いつもと同じ一本遅い電車で、いつもと同じバスに乗り、いつもと同じ学校で、いつもと同じ時間を繰り返す。
平和だ。
穏やかで美しい真っさらな毎日。
幸せを知る少女は誰にも祈れない。