第八十三話 『温泉旅館での再会』
ヴァーツ有数の温泉街『ユスパ』に到着した頃にはすっかり陽が暮れていた。
観光も良いが、まずは行路中に流した汗をスッキリさせようということになって現在に至る。
「いやぁー、絶景ですわー……」
微かに硫黄が香る露天貸切風呂。その上座に近い岩場の湯溜まりに浸かりながら、俺は眼前で繰り広げられる乙女達の湯浴みに夢中であった。
「ちょっと、古谷君?! 勝手に目隠し取らないでよ!! サイテー!!」
女鍛冶職人メルが泡まみれの身体を捻って、石けんを投げつけてきた。俺はソレを華麗に回避し、げへへと嘲笑う。
しかし、直後ごい~んという音と共にレンチが額に直撃した。
「オイ……ユートが沈んじゃったゾ?」
豊満なボディを有する褐色アマゾネス、ルーニィが浮き輪片手に全裸で呟いた。
「知らないわ、そのまま永遠に沈んでれば良いのよ。……ってか、アンタは少しくらい隠しなさいよ……。一応、彼も男なんだから」
「? ユートも私を見てハツジョーするノカ?」
「……。いや、知らんけどもさ。はぁ……まぁいいや」
メルはルーニィの貞操観念に暫し呆れ、またシャワーに戻った。日頃の鍛冶仕事が災いしてか、油と水が反発し、だいぶ難儀しているらしい。
「わわっ?! ルーニィさん! タオルタオルですっ!」
身体を洗い終えた狐娘テトが、ペタペタとルーニィに駆け寄った。しかし、足下の石けんを運悪く踏みつけスライディングをお見舞いしてしまう。
「きゃっ!」「ウワー」
そのまま二人は絡み合って湯船にザボーンと落水した。
大きく跳ね上がった湯柱が、縁石で涼んでいた短髪ボク少女、ルカを直撃。
「…………」
「やれやれ、酷い目に遭ったぜ。混浴風呂しかないから、仕方ねぇだろ……。おぅ、ルカ。こうして見ると、お前ホント胸小さいな。やっぱり実は男なんじゃね――べぼぼぼぼ!!!!」
最悪のタイミングで俺は彼女にジョークを放ち、無事に二度目のダイビングの刑に処せられた。
「あっ! ゆーとさんがまたお風呂に浮いてます?!」
テトが浴槽を浮遊する俺を指差し、大慌て。
ルーニィは俺を引っ張り上げると、脈をとって深刻な顔をした。
「テト隊員! コレは人工呼吸が必要なヨーダ!」
「えぇっ?! じじじ、人工呼吸ですかっ……?!」
「ソウダ! 事態は一刻を争ッテイルカモシレナイ! サァ、ユートにチュー!」
「はわわわ……こここ、こんなのちょっとズルい気がするです……」
テトが顔を赤らめ、目を彷徨わせる。
「ジャア、ワタシが!」
「あっ?! ルーニィさん駄目ですぅー!!」
「モウ遅いモンネーダ。ムチュー♡」
「うぎゃああああ! 何してやがるですかぁ! お前はぁぁぁぁ!」
テトは絶叫すると、キス魔ルーニィを俺から引き剥がした。
「もう……頼むから静かにしてくれ……」
金髪の女騎士キルナは、やつれた顔で呻くのだった。
※
「お風呂気持ちよかったですね、ゆーとさん♡」
風呂上がりの旅館ロビー。浴衣姿のテトが満面の笑みを俺に向けた。
「ああ。何回か死にかけたけどな」
俺はデコの傷あてを擦って痛みに悶絶しそうだった。あの土方女、人に工具を投げつけるあたり常識がなってない。というか、何で風呂の中にまであんなもの持ち込んでるんだ。
「ねっ、ゆーとさん! この浴衣どうですか?」
ピコっと耳を動かしたテトはその場でぐるりとターンした。ふわふわ尻尾が寸分遅れて回転する。
萌え袖が何とも可愛らしい。
「似合ってるよ」
「もー! 心がこもってないです! さっきだって、ルーニィさんとチューするなんて、ゆーとさんは私のことどう思ってるんですか?!」
ムッと頬を膨らませ、テトは不満を顕わに。
「怒んなって。本気だよー」
テトの風船ほっぺを両手でつぶして、犬みたいに撫でた。
「む、むぉ〜……やめてくださいぃぃ……!」
「ハハハ」
そうやって散々テトのもち肌を楽しんだ後、俺は彼女と物産店に向かった。
ギルド女将のデイジーさん宛てのお土産と、部屋で待ってる他のメンツに何か菓子を買って行くつもりだった。
彼女らは、現在枕投げ(俺が教えた遊び)に夢中になっており、俺とテトだけ抜け出してきたのだ。
「ゆーとさん! 油揚げがありますぅ!!」
興奮した様子でテトが目を光らせた。そういえば、狐はコレが好きなんだったか。
「買ってもいいけど、買いすぎるなよー」
「はぁい!」
と言いつつ十袋くらいカゴに入れているようだった。俺は彼女の強欲に目を瞑ってあげて、適当な菓子折りを漁る。
デイジーさんには、普段色々世話になっているのでちゃんとしたモノを買わなければなるまい。
それで色々頭を捻らせていると、何だか聞き覚えのある声が向こうからした。二人組で、片方に見覚えがある。
「クックック! コレは魔獣の卵ではないか! 我が魔力を補充するにうってつけであるな……ヌヒヒヒヒ」
何やら厨二病の気があるゴスロリヴァンパイアが、気色悪い笑みを浮かべている。てか、アガサじゃねーか……。何でこんなとこに居るんだ?
「ただの卵菓子ですよ、お嬢様」
すると、彼女の隣りでカゴを抱えるメイドの黒髪少女が、無慈悲な突っ込みをアガサにくわえた。こっちは知らん。
「うるさかね! 魔獣の卵なの!」
「はぁ……そうですか。では、その魔獣の卵とやらをお父様方へのお土産に致しますか?」
「せんし! ウチが食べると!」
「太りますよ? 最近甘いものの食べ過ぎでお腹周りが気になるとか言ってませんでしたか?」
「うッ……。こ、この卑怯者めぇ〜」
唇を噛んでメイドを睨むアガサ。対して、メイドさんの方はあくまで表情を崩さず、かしこまってアガサを見下ろしている。
まさに、慇懃無礼を体現したような小間使いである。
話を聞く限り、どうやらアガサのプライベート旅行のようである。そういえば、奴の家も結構な金持ちであった。観光か何かであろうか。
「あっ?!」
アガサが首を振った先に、ちょうど目が合った。彼女は一瞬、瞠目すると、ヨタヨタとこちらへ歩み寄ってくる。
メイドが『?』という顔で俺を見ていた。
「お、おにぃちゃん……ほ、ホントに……あの……とき……の……」
「お、おう……。久し振りだな」
言い終わるや否や、俺はアガサから勢いよくハグされた。
よく見れば彼女の顔は涙と鼻水で凄いことになっている。
「うわぁぁあああん! ひぐっえうっ……! 寂しかったァァあああぇエアああ!!」
「ああ、はいはい。泣くなって……。てか、俺の服で鼻噛むなよ……」
厨二娘アガサの頭を優しく撫でてやる。
ドサドサーッ、という落下音が背後で鳴り、それが発狂するテトによるものであることは振り向かずとも分かった。