第八十二話 『常識知らずは誰だ』
「ボクの本名はルカ・ヘーパイストス。南方の田舎町『テール』にある鉄鍛冶の娘だよ」
「アタシの名前は……前も言ったと思うけど、メル・ヘーパイストスってんの。こいつの姉貴よ」
王立ギルド――ロイギルの片部屋で、二人の姉妹がそのように自己紹介した。部屋端に座る書記官がサササッと筆を走らせる。
「俺の名前は、ユウト・フルタニ。こいつらの御主人様だ」
「君の名前は聞いてない」
金髪碧眼の副官様――キルナ・トリスタンから、バッサリと切り捨てられた。ちょっと傷つきそう。
「……して、我々に何の用かね? 悪いが、元盗賊団・戸籍不明・家出・ロリコン変質者と色々厄介を抱え込んでる君らとは、支部の副長として、あまり関わり合いになりたくないのだが……」
元盗賊団とは俺の眼前に座る短髪ボク少女、ルカのこと。そして、戸籍不明はつい最近トバコの街で拾ってきた褐色アマゾネス、ルーニィのことであろう。家出とは恐らく我がパーティのマスコット狐ロリ、テト・イーハトーヴのことだ。
テトとルーニィはお留守番中につき、この場に居ないので、残るは俺一人。
「え……最後の『ロリコン変質者』って俺のこと? ねぇ、そんな評判が立ってんの? ……なぜ」
「どいて、変態くん。邪魔」
致命傷を負った俺をメルが肘で乱暴に押しのける。
「あんた達に護衛を依頼したいの。アタシ達、姉妹を故郷まで連れて行って欲しいわけ」
鉄臭を撒き散らしながら、彼女は身振り手振り交えつつ言った。
それにしても、自分は頼む側だというのを自覚しているのだろうか。この世間知らずさんめ。お前も俺のハーレム要員に組み込んで調教してやろうか?
俺の思いが伝わってか伝わらずか、キルナが懊悩と額を押さえた。
「何故、我々にお株が回る。私立傭兵などを雇えばよかろう……。第一、そんなことをして我々に何のメリットがある」
「あら、自己評価が低いのね。ロイギルさんは傭兵なんかとは比べ物にならないくらい腕が立つって聞いたんだけどっ」
「我々は治安組織だ。紛争屋と一緒にするな」
「だったら、なおさら市民の安全を守るため手を貸してくれたっていいじゃない?」
ねぇ?とメルがルカに賛辞を求めた。凄い勢いでルカが首を上下に振る。
かなり期待に満ちた目で彼女はキルナのことをまじまじと見ていた。
そういえば、こいつにとってキルナは賊から自分を救い出してくれた恩人なんだっけ……?
なれば、信頼も相当厚かろうに。
「はぁー……。フルタニ君、随分な厄介を持ち込んでくれたもんだねぇ? ん?」
「そんな目で睨まないで下さい……。いや、ほんとすんません」
人殺しでもしてそうな人間からねめつけられるのは、冗談ぬきに冷や汗ものである。
やべぇ、ちびった……。
「まぁまぁ、いいじゃないか。キルナ君」
突然、背後から声が聞こえた。
なんだ?と思い振り返ってみれども、そこには誰もいない。なんだろう。空耳でしょうか。
「古谷くん……。たしかに、私は低身長だが、それはちょっと酷くないかい?」
目線を下げると、小柄な少女が若干顔を引き攣らせながら俺を見上げていた。
赤茶髪に、ブラウンの瞳。ゆるやかなツインテール。そして、副長キルナよりも上等な騎士服に身を包んでいた。
レイラ・レインブラッド。
年若くして、ロイヤルギルド・アデレイド支部の団長を務める少女だ。
「よう、レイラ。久しぶりだな! また身長が縮んだんじゃないか?」
「おい……なぜ頭を撫でるんだ……。私はコレでもここのギルドマスターなのに……む……」
不服そうな顔でありながら、レイラは急に静かになった。大人しく俺に頭を差し出すあたり、結構素直なんだろうか。
「俺のこと『お兄ちゃん』って呼んでくれてもええんやで?」
「おにぃ…………とでも言うと思ったかい?」
同時、視界の上下がぐるんとひっくり返る。背中から床に落ちた。
「よっこらせ……」
レイラが俺の腹の上に遠慮なく座った。
体重が軽いのか、そんなにダメージはなかったが、代わりに思いっきり鼻を摘まれた。
「ひでっ?! ひででで!!」
「あんまり調子に乗らないことだね、お、にぃ、さん??」
借金取りのヤーさんかよ……。
おにぃちゃんも、おにぃさんも同じ意味のはずなのに凄い違い。日本語の可能性を感じる。
「すすす、すんません……」
「よろしい」
小さく笑うとレイラは俺の上から身体をどけた。
「……ところで、さっきレイラさん、俺たちに力を貸してやろう的な発言してませんでしたか? よろしいんですか?」
「何故に敬語……。別にいいよ。貸し借りのカンケーは、もうチャラだけど……まぁ、私の単なる好意だね」
キルナの後ろに回ってレイラは腕組みしながら、にかっと白い歯を見せた。
「マジぃ!? よっしゃー!」「やりぃ、おねぇ!」
他ならぬ団長から約束を取り付けたことに、メルとルカは喜々とハイタッチをした。
「レイラ様……、困りますよ。ウチの人事もギリギリでやってるのに。彼らのために護衛隊などをつける余裕は……」
「小隊なんか必要ないさ。精鋭を一人つければ、十分だよ。……したっけ話は変わるけど、キルナ君は、まだ有給の消化が済んでなかったよね?」
「えぇ、まぁ……。……それが何か?」
「南方のテールに向かう道中には、温泉で有名な街もあるらしいよ? 休暇にはピッタリだと思うんだがね?」
「まさか……」
※
「というわけで宜しくね、キルナさん」
ロイヤルギルドから精鋭を一人お供にし、俺たち一行はマックスギルドまで戻ってきた。
「フルタニ君……私は今とても気分が悪い。ここで待ってるから、さっさと荷支度を済ませてきてくれ」
上司のプレッシャーによる強制旅行で、キルナのイライラ度合はかなり高まっていた。
触れば爆発しそうだったので、俺は彼女を置いて部屋に急いだ。
「いっそげ、急げーっと」
メルとは一旦、店に戻るらしく先ほど別れた。ので、今、俺の後ろをひょこひょこついてくるのはルカだけである。
不意に彼女が思わしげに呟いた。
「……ねぇ、ルーニィとテトを二人だけで留守番させたの、ボクはちょっと心配なんだけど」
「なんで」
「だって、アイツの素性って結局まだ何にも分かってないじゃん。ぶっちゃけ簡単に信用できないよ」
「……お前の言いたいことは分かる。けど、アレ見て同じこと言えるか?」
俺は扉を静かに開いて、部屋の中を窺った。テトが何かを読んでいるのが見えた。
「そして、お爺さんは山へたけのこ狩りに、お婆さんは――」
どうやら童話を読んでいるらしい。一人で読む分には、声に出す必要もないだろうが、しかし、その場にはもう一人居た。
「テト、東の島国では、桃からヒトが産まれるノカ?」
テトを膝に乗せ、肩越しに絵本を眺めているルーニィが尋ねた。
「うーん……私は桃の中に人間さんを見たことはないんですけど……」
「ワタシもだよ〜。……ウーン、そういえば子供ってどうすれば出来るんダローナ?」
「それは……」
とそこまで口にして、テトも首を傾げた。
「分からないですね……。ゆーとさんが帰ってきたら聞いてみましょう!」
「オー、それは名案ダナ!」
あははは、と仲睦まじく笑い合うテトとルーニィ。
俺は、隣りで息を潜めるルカの肩を叩いた。
「ほらな。お前は少し人を信用することを覚えろ」
「……フン、ちょっと心配性になってただけだし」
「素直じゃねぇなぁー」
「うるさい黙れ。ってか、ユウトこそどうすんのさ」
「何が?」
問い返すと、突然ルカが黙り込んだ。よく見れば顔が赤くなっている。
「いや、だから……さっき二人が話してた……」
「え?」
「だっ、だから! ほら……、モの作り方だよッ……!」
「プラモの作り方?」
「お前、絶対ワザとだろ!」
目を三角にして怒鳴る姿は割りと面白い。もう少しからかってやりたいと思ったが、しかし、彼女の大声で部屋の中の人間に気付かれてしまった。
「あっ! ゆーとさんにルカさん! お帰りなさい!」
「はれ……モウ帰ってたノカ?」
テトが俺に飛びついてきて、ルーニィが髪をくシャリながら出迎えた。
「おー、たっだいま」
テトは俺の腹に顔を埋め、しばらくスーハースーハーした後に、ぱっと顔を上げた。
「そうだ! ゆーとさん、子供はどうすれば出来るんでしょうか?!」
「あー、そんなの簡単だよ」
「オォー。やっぱりユウトは物知りダナー」
チラッとルカの方を窺うと、『こ、こいつ……マジでこの二人に教えるのか?!』とでも言いたげな表情だった。
バカめ。常識知らずは、いずれ大きな災いを招くなんてことお前も知っているだろうに。
であれば、今、この場で教えてやることこそ肝要なのだ。
聞くは一時の恥、聞かぬは末代の恥!
「いいか? 子供はなァ」
「わくわく」「ウンウン」
綺麗な瞳を見せる純真無垢な少女二人に俺は、自分の知識と経験に従って次のように教えた。
「コウノトリさんが運んできてくれるんだ!!」
俺のドヤ顔が、実に可哀想だったとルカは後に語る。