第七十七話 『嫁にふさわしいのは誰?』
「お帰りナサイ、ユウト。ご飯にスルカ? 食事にスルノカ? ソレトモ……が、い、しょ、く?」
「なんだもう帰ってきたのか、ユウト。僕の食べ残しでもどうぞ」
「お帰りなさい! ゆーとさん! ご飯出来てますよ? ……ちょっと失敗しちゃったですけど……」
現在、我がパーティでは、嫁力大会なるものが開催されている。
俺は取り囲むように立つ三人の少女を前に肩が重くなった。
全員、ルックスは悪くない。むしろ可愛いくらいだ。現実世界に居れば読モとかアイドルとかやれるくらいに、見た目はよろしい。
しかし、その内情は『酷すぎる』の一言に尽きる。
「私は焼き肉食べホーダイがイイなぁ。なぁ、君も食べたいダロウ? サァ、行こう! 今行こう! スグ行こう! ひと食い行こうゼ!」
モ●ハンみたいに言ってんじゃねーよ……。
食い意地の張り過ぎたルーニィはまず設定を理解していない。シチュエーションは『仕事に疲れて帰ってきた夫をどのように迎えるか?』である。
たぶん、パートナーを翻弄することに関してはピカイチのセンスを誇っている。マイナス30点。
続いて、ルカ。
「次いでにゴミ出しに行ってくれないか? あ、あと食べ終わったら、自分でお皿片付けといて。ちなみに風呂は洗ってない」
何でここまで冷酷なの……。取り敢えず奴への憎悪値が100上がったでござる。
「お仕事お疲れ様です。あの、サンドイッチ作ってみたんです……! あ、あんまり上手く出来なかったですけど良かったら……。あ、お飲み物もありますよ!」
旦那を労ろうという姿勢だけは、三人の中でダントツ。しかし、目の前に出された手料理は……。
「あ、あの? ゆーとさん? どうかしましたか? お気分が悪いんですか?」
猛烈な吐き気に顔を青ざめさせる俺を前に、彼女はオロオロする。
「え、いやあ、なんでもないよ……」
引き攣つった笑みで誤魔化すものの、この産廃料理ばかりは誤魔化せない。
何で、ただのハムサンドから『牛乳拭いた後の雑巾』みたいな臭いが漂ってくるんだよ……。
こんなモノがレストランで出されたら、『シェフを殺せ』と言っちゃうレベル。
……やべ、あまりの異臭に意識が……。どうして、こんなことになったんだっけ……?
※
ことは全てルーニィの発言から始まった。
彼女の『嫁にしてくれ』という発言に食卓では時間が止まったかに思えた。
ルカはルーニィを見たまま、自分のグラスにジュースを追加し続けた。溢れ返っても腕の角度は変わらない。
俺は彼女のポットを傾け直して、一つ溜め息をつく。
左手に座るテトは、ぽかんとしていて微動だにしない。
「まず……どこからツッコめばいいか……」
「私ガ君のお嫁さんにナルノガソンナニ嫌か?」
俺の反応が芳しくなかったのか、ルーニィの勢いが引っ込む。代わりにテトが席からガタッた。
何か言いたげにあうあうあう、と口を動かす。顔が真っ赤だ。
「ん? どうかシタカイ? テト君」
「っ?! なっ、なんでもありません!」
そう言うと胸元に手を寄せ、俺にチラチラ視線を寄越す彼女。だが、俺が水を飲んでお茶を濁すのを見て、ガックリと椅子に崩折れた。
「まったく、酷い男だよ……ユウトは……」
ルカがなみなみ注がれたジュースを犬嘗めしながらそう零す。
「何が……」
癪に障って反問するが、彼女は答えない。じっと、藍の瞳で俺を見つめ、小さく唇を動かした。俺にしか見えないジェスチャーは、たぶん『ばーか』と言っていたのだろう。
テトが自分に向けている感情には気付いているし、それは素直に嬉しい。
しかし、まだ時期尚早なのでは、という臆病心が判断を鈍らせている。
俺はこの件について思考の奥に追いやりつつ、再度ルーニィに水を向けた。
「嫁がどうとかいう話は置いといてだ。それでお前がなんか得することがあるのか?」
きょとん、という表情で一時停止する彼女。が、すぐ朗らかに笑んで返答する。
「アァ、あるぞ。伴侶とナレバ、戸籍の無い私も君のパーティに入れるからネ。晴れて冒険者登録ダ」
なるほど、それでそんな突飛な発言が出てきたのか……。
「ねぇ、ところでルーニィは僕らのこと何だと思ってるんだ? さっき3番目がどうとか言ってた気がするんだけど……」
満杯ジュースを飲み干したルカが口を開く。それについては俺も疑問に思っていた。若干、察してはいるが……。
「そのままの意味ダヨ。君ら二人共、彼の奥さんナンダロ?」
テトが飲み物を盛大に吐き戻した。ルカは、相変わらずツーンとしている。若干頬が紅潮しているようにも見えるが……。
「わ、わわ私達は単なる旅の仲間ですよ! 奥さんとかそんな大層なものではなく……!」
急ぎ早口でまくし立てるテト。しかし、『ま、まぁ……? 時が経てばそういうことも?』と独り言を零した。聞かなかったことにしてあげよう。
対してルカは頬杖ついて、俺を見ながらこう言う。
「こんなのが旦那じゃあ、ちょっと不安かなぁ……?」
「口に出すな、アホ。ってか、何でお前までちょっと顔赤くしてんの? ん? もしかして、期待しちゃった?」
「ぐっ……! 死ね! 誰がお前みたいな奴と!!」
またも脛に蹴りを食らった。
「痛いのだ……しかし、ルーニィの所はあれか? 一人の夫に複数の妻が居るなんてことが慣習としてあるのか?」
この国では基本的に、一人の夫に一人の妻である。別段そういう法律があるわけではないが、周囲の住人を見渡す限り、そのようである。
「ウン、ソウダヨ。変カ?」
真顔で問うてくるあたり、それが彼女たちにとっての当たり前なのだろう。
「いや、別に。ただまぁ、俺はそんな何人も娶る気はないってことだけ」
俺の返答にルーニィは目を丸くする。そして、テト、ルカの顔を交互に見てこう言った。
「……じゃあ、君はドーシテこんなに可愛い女の子を二人モ侍らせているンダ? 選ぶ気はないのか? それとも『ジラシプレイ』って奴か?」
『ぶほっ』と咳き込んだルカがコップに水を吐き戻した。俺も危うく椅子から転げ落ちそうだった。
テトだけが「じらしぷれい?」と首を傾げている。
「あのねぇ、ルーニィ……。だから、僕たちはそんないかがわしい関係じゃないと言ったよね? 話聞いてた? 釈迦に説法なの??」
シャツを水でビショビショにしたルカが若干、キレ気味に突っかかる。ことわざの使い方を間違っている。それでは自分を貶めていることになるのだが……。
その睨むような視線にも臆せずルーニィは、たははと笑った。
「ソウカナァ? 私には君がトテモ彼に好意を抱いているヨウニ思えるんだけどネ。因みに正しくは『馬の耳にネンブツ』かナ?」
にっこり笑いながら、軽くいなすルーニィ。しかも、ルカの間違いまで指摘。これは……。
コッソリ本人の顔を伺うとみるみる顔が赤くなっていた。羞恥と憤怒で凄いことになっている。
やべぇ、と思った瞬間、何かがテーブル下を高速移動。気付いたときには凶悪な脛蹴りがルーニィに炸裂していた。しかし、「いってぇええええええええ!!!」という悲鳴は蹴った本人から発される。
「ん? 何カ当たったカ?」
不思議そうに自分の脛部を観察するルーニィ。そこには傷の一つもない。
ルカは涙目でつま先を揉んでいる。
「うう、痛い……イタイヨぅ……なんだよぅ、これぇ……」
情けない姿態だが、痛みに悶える様には少々同情してしまう。
「おい、大丈夫か? ルカ」
「にゃあ!!」
何となくルカの肩に触れたが、妙に愛くるしい悲鳴が漏れた。
「にゃあって……。お前も可愛いとこある……ナァッ?!」
ニヤニヤしながら茶化すと、突然激痛が脚部に走った。はうッという情けない悲鳴と共に見れば、ルカの革靴が刺さっている。
「だあぁぁぁぁぁぁッはぁんんん!」
あまりの痛みに悶絶。周囲の客の目も気にせず、床をごろごろ転がり回った。
目まぐるしく変わる景色の中、ふと椅子に座ったルーニィと目が合う。
こいつの足は鉄か、という感想を得た。
「はっ、そうだ! ゆーとさん! コンテストを開きましょう!!」
出し抜けにテトが立ち上がる。いかにも名案を思い付いた、と言いたげな表情だ。
「な、何の……? 正直言って今それどころじゃないんだが……」
何か変色している患部に息を吹きかけながら、問うた。ルカもルーニィから貰ったしっぺ返しで、顔を歪めたまま訝しげに眉をひそめている。ルーニィだけが、真摯に……というより面白そうにテトの提案へと耳を傾けていた。
そんな三人を前にテトはくふふ、と笑いぺったんこの胸を張った。
「では、これより『第一回 嫁力大会』を開催しますっ!」