第七十六話 『もしかしてハーレム』
「君達はボウケンシャなのカッ?!」
銀髪な褐色少女、ルーニィが驚き声を上げた。ここは陽光照らすホテルのテラス。妙にアメリカンな発音の『冒険者』がよく響く。
「まぁ、派遣のバイトみたいなモンだがな。一応、そういうジョブではある。あと、口にモノ入れながら喋んな」
彼女の向かいに座る俺は思いっきり眉をしかめた。時刻は9時ちょい過ぎ。
テトとルカが買ってきてくれたクロワッサンはかなり美味だった。
ルーニィも気に入ってくれたらしい。それが証拠に今目の前で、食い意地はったハムスターみたいになっている。
「む……スマナイ。実のところ、君はただのエロ誘拐犯だと思っていたモノでな……。私が裸だったのはテトが濡れた服を着替えさせてくれてたんダネ? 誤解して悪かったヨ」
口の中を空っぽにして、ルーニィは微笑んだ。全然笑えない誤解である。
「誘拐犯……? 悪質下着ドロボーの間違いだろ、ブラの海に溺れて死ね」
間髪入れずルカが毒づく。濃縮還元オレンジジュース吸ってるのに、その目は全然フレッシュでない。なんでそんな殺し屋みたいな目つきしてんの……。まぁしかし、『ブラの海』には若干興味ある。もちろん可愛い子の使用済みな。
『わー、クロワッサンすごく美味しいですぅ……。あはははははは』
「「「……」」」
冷え切った声が食卓を一瞬で凍らせた。発言自体は至って平和なのだが、目からハイライトが消え失せている。しかも君が齧ってるのフランスパンですけど……。
テトが壊れた原因は全て俺にあるだけに、罪悪感が半端でない。
またしても、ルカがジトッとこちらをねめつけてきた。やめて。
ルーニィは自分のワッサンを食べ終わり、テトの食べていないワッサン達を物欲しげな目で見ている、いや取った。こいつに人の心は無いのか。
「と、ところでルーニィは何の仕事をしているんだ?」
ルカの視線とテトの痛々しい姿を見て見ぬふりして、話を振った。正直、この食卓の空気でもうワッサンの味とか分からなくなってる。
「私か? 私は特に何かの定職にはついていないンダ。まぁ強いて言えば今は屋台営業とかで日銭を稼いでるヨ」
「フリーターか。なんで冒険者にならないの?」
「ふりぃたぁ……? アア、イヤ、私は、なれないんダヨ」
テトの朝食を全て己の胃に吸い込んだ女は苦笑した。ルカが『なんでこいつテトの分まで食ってんだよ……』と言いたげな顔をしている。しかし、得体の知れない相手であるだけにあまり強く出られないらしい。意外とシャイ。
「なれないってどういうこった? 昨日の戦闘見る限り、ありゃ王立のギルドも狙えるだろ」
トバコ南地区の違法露店街でルーニィが見せた実力はまさに破格だった。
キマイラ討伐のMVPは間違いなく彼女だったと言ってよい。
「アハハ。私ハこの国の人間じゃないからネ。国籍を持たない人間はダメなんだ」
「ふーん。そう言えば、確かに、お前みたいな人種は初めて見たかもなぁ」
「私たちは南方の群島で暮らしてるンダ。本土に出稼ぎに来る連中も沢山いるケド、ヴァーツまで登って来るのは確かにあまり居ないカモネ」
ルーニィはそう言うと、「んっ」と大きく伸びをした。
『ルーニィさんも出稼ぎに来られたんですか?』
出し抜けにテトが質問する。瞳に光が戻っていた。ただ今の発言に何らかのシンパシーを感じたのだろうか。
「ウウン、違ウヨ。私の場合はただの家出カナァ」
「い、家出……。お、お母さんとか心配しないんですか?」
「ん、ナンデ?」
「「「え」」」
ルカテト俺の反応がハモった。
今のはちょっと衝撃的な回答だった。もしかして、ちょっと複雑な家庭事情を抱えているのだろうか。
俺達が目を丸くしているのを見てルーニィは慌てて付け加えた。
「ソウカ、君たちとは文化が違うモンナ。イイカイ、私たち部族は基本的に皆が家族って感じナンダ。だから、あまり君たちみたいに密接なコミュニティーは形成しないんダ。子供の数も多いしナ。だから、家出なんてなんの不思議もないヨ。雛鳥の巣立ちみたいなもんサ」
「いや、そうは言っても実の親とかが心配するだろ。お前鳥の巣で生まれたのかよ」
だから食欲旺盛なのか、という下らないアイデアが浮かんで「ふひっ」とニヤついてしま――ガスッ!
テーブルの下でルカに脛を思いっきり蹴られた。なんでそんな真顔でこっち見てくんだよ、こえーよ。ちゃんと反省してますから。
「ドウシタ? なんで脚を押さえているンダ?」
「いや、なんでもない……いてて。それでお前の親鳥は心配しないのか?」
「私の両親は人間ダゾ……」
唇を不服そうに尖らせながらも、ルーニィは答える。
「マァ、心配は……しているだろうケド、けどそれでも私は夢を優先させたいカナ」
「ゆめ……」
またもテトが食いついてきた。
「ソ、夢。私の生き甲斐ダヨ」
「ち、因みに……どんな夢なんですか……?」
テトが尻尾をぶんぶん振りながら、身を乗り出す。もしかして、機嫌治ってる?
ルーニィは頬を紅潮させたテトを見て、暫く考え、ふと空を見上げた。澄んだ青空がそのルビー色の双眸に映える。
「冒険……。信頼できる仲間たちと一緒ニ旅をしたいンダ。最終的には、私も夫と子供が欲しいヨ」
と、素敵な夢を披露してくれた所で突然ルーニィが目を見開いた。とんでもない勢いで食卓のメンツをぐるっと見回す。そして、テト→ルカと来て最後に俺へと目が留まった。
「ソウダッ! ユウト!」
テーブル向こうから思いっきりネクタイを引っ張られる。これまでに無いほど目が輝いていた。
「私を君の三番目の妻に迎えてくれないカ?!」
確かに奴はそう言った。