第七話 『俺氏、クラスの女子にパンティをプレゼントする』
「なっはっはっはっはっは!!」
――とある時間のとある場所。一人のゲス男があるものを手にしながら狂喜していた。
ソレは乙女の秘めたる部位を覆い隠す為の布。
素材は縫い目のないシームレスや若干、透け気味のレースなど、セクシーなものが多い。
「げっへへ、あのOLクソ眼鏡。下着だけは良いセンスしてんじゃねぇか」
俺は下卑た笑い声を上げながら、それらひとつひとつを手にとり、確かめるように頬に擦り付けていく。
この肌触りがまた、たまらないのだ。
男物の下着にはない、滑らかな感触が自分を魅了してやまない。
そして、俺が好きなのはパンティを目の前に広げ、ソレを身に着けた女性を妄想すること。その分野で身に着けた逞しき想像力は洋裁の方面にも如何なく発揮された。
中学のとき、家庭科の裁縫授業で何か一着、衣服を作って来てペアにプレゼントするように、という課題が出された。
先生の指示で組まされたペアの相手は同じクラスの亜子ちゃん。
ぱっつんの前髪が良く似合うとても可愛らしい清楚美少女である。
彼女はクラスで一番可愛い娘で俺の初恋の相手でもあった。
勿論、その時は片思いだったんだけど。
しかし、俺がその課題に懸けた情熱は並大抵のものではなかった。
学校帰り。毎日のように裁縫用品店に赴き、狂ったように素材の厳選。
帰宅部だったから使える時間はたっぷりあった。
そして、布地が決まると、今度はそれらのカット、縫い合わせである。
この行程には苦心した。土日の全てを使い、毎晩、夜を徹した作業が必要とされた。
そう、全ては大好きなあの子に素敵なプレゼントを贈るため。
サイズとかはあまり分からなかったので、伸縮性のある布地をベースに用いた。
大は小を兼ねると言うので、少々、大きめに作っていたと思う。
そして、課題が課された翌週の日、俺はまさにコミケ帰りのような外見で登校した。
手にはブツの入った紙袋。
髪はぼさぼさ。目は完全に血走っており、呼吸も荒い。
今思うと完全に頭のやばい奴に周りの人には見えていただろう。
しかし、ペアの亜子ちゃんはそんな俺にも優しげな声を掛けてくれた。
「古谷君、目、赤いよ? 保健室行かなくて大丈夫?」
「えっ、そ……そうかな? 昨日、ちょっとゲームし過ぎたせいかも。ふへへへ……」
俺が誤魔化すように頭を掻くと、亜子ちゃんは「そ、そうなんだ……」と若干、引いたような態度をとっていた。
俺にとってはこれだけでもトラウマもの。
だが、本当の悪夢は午後の家庭科で幕を開ける。
先生の合図で俺たちは一斉にペアと作品の交換を行った。
「はい、古谷君。これ、良かったら使ってね」
向日葵のような明るい笑顔と共に手渡されたのは可愛らしい柄の紙袋。
照れくさい気持ちを隠しながらも、俺は紙袋の中に入っているものを取り出した。
そこに入っていたのは真っ白なマフラー。
俺が目を丸くしながらソレを眺めていると、亜子ちゃんは頬を染め、もじもじ前髪を弄りながら言った。
「ユウ……古谷君ってさ。いつも、学ランしか着てこないじゃん? でも、冬にそれだけじゃ寒いかなぁーって思って……。そ、その……ごめん、何かキモいかな?」
声が恥ずかしそうに震えていた。
だが、俺は真剣な顔で彼女を慰める。
「いや、君が僕のために作ってくれたものだ。一生、大切にするよ」
おもむろに彼女のマフラーを首に巻いて、にっこりと笑った。
気分は深夜アニメに登場する冷え性なイケメンキャラ。
当時の俺はいわゆる中二病の気があったので、そういうこっぱずかしいことが平気で出来てしまったのである。
馬鹿野郎。告白すっ飛ばして、プロポーズかましてんじゃねぇよ。
今となっては夜中に唐突に思い出して、ジタバタするくらいのウマトラである。
そのままマフラーで首吊っとけば良かったのに。
そうすれば、綺麗な思い出で終われたんだ。
そう、問題はそこからなのである。
当時の俺はバカだった。
また、変態性の趣味も相まって、変態おバカという強烈な人格を形成してしまっていたのだ。『誠実な智者』という校訓に照らせば、処刑ものの大罪人である。
『性実な痴者』というヤツだ。もろちん、造語である。
だから、何の恥ずかしげもなく彼女に自分の偏欲の塊を渡してしまったのだ。
亜子ちゃんは禍々しいオーラを発する黒い紙袋(G●DIVAチョコのヤツ。高級感を出す為に選定した)を膝に抱えながら、おずおずと俺に尋ねた。
「あ、あの……? 見てもいいかな?」
「ああ。きっと良く似合うと思う」
彼女はりんごのように頬を紅く染めながら、俺の紙袋を開いた。
きっと、彼女は喜んでくれるだろう。
何だって、あんなに徹夜したんだから。
婚姻届けって中学生はまだ出せないんだっけ?
どんな子供が産まれるのかなあ?
だが、彼女との明るい未来の妄想はたちまち、鋭い悲鳴に掻き消された。
「きゃあああああ!!!」
耳をつんざくような高音は一瞬にして、家庭科室内の視線を独り占めにする。
「なんだ?」
「誰?」
「おい、亜子ちゃん泣いてんぞ……」
ざわ……ざわ……ざわ……とザワつくクラスメイト達。
ぶち殺すぞ……ゴミめら……!
「どしたの? あーちゃん」
彼女の一番の親友であろう女子が心配そうに亜子ちゃんに近付いてくる。
まずい、と思い俺は急いで床に落ちたブツを回収しようとした。
だが、その狡い目論見は後ろから覗き込んだ野球ハゲ野郎のダミ声で崩される。
「うわっ!! コイツ、下着プレゼントしてやがる!!!」
そこからの展開は劇的だった。
馬鹿でかい声で爆笑する男子の一群。女子の集団は俺に蔑むような視線を当てていた。
普段はおとなしい奴らまで何故か出張って来て、俺は魔女狩りに遭ったような気分だった。
授業終わり。まず、担任の男性教師に呼び出されぶん殴られる。
しかし、事態はそれだけで収まらず、俺は面談室に拘置され、学年のババア主任とハゲ校長との緊急三者面談が組まれた。
そして、泣きながら学校を早退するもオトナ達は少年に容赦をしない。
夕食時には学校と、亜子ちゃんのご父兄からの怒涛のコールラッシュ。
スピーカモードにしてないのに外部に漏れてくるその怒りの大音声は俺の肩を重くする。
母がそれらの対応に追われ、父は頭を抱えていた。
そして、電話が収まると今度は会社を早引きしてきた両親からの数時間に及ぶお説教。
俺が例の県議の号泣謝罪会見ばりの反省の辞を開陳することでその日はようやく閉幕したのである。
布団にもぐって、滝のように流れる涙を亜子ちゃんから貰ったマフラーで拭っていた。
翌日から俺がイジメの対象になったのは言うまでもなかろう。
「変態マン」とかいうヒーローなのか、悪者なのか良く分からないあだ名をつけられた。
一部ではそんなとんでもないをしでかした俺のことを英雄視した者も居たらしい。
何とバレンタインデーの日、靴箱にチョコが入っていたのだ。
ただ、送り主がオカマの気持ち悪い男だと分かったときは吐きそうになったが。
因みに、亜子ちゃんとはその日以来、最後まで口をきいてもらえず、中学卒業後、遂に離ればなれとなってしまった。
まあ、大学で彼女を見かけたとき、ただの化粧が濃いヤリ●ンビッチに成り下がってて、幻滅したけどな!
そんなこんなで、以来、俺は偏執的な下着趣味を隠蔽するようになった。
ようやく学んだのだ。これが他人様に言えるような立派な趣味ではない、ということを。
「亜子ちゃん。君、本当は僕のことどう思っていたんだい?」
俺は肩を落として呟きながら、目の前に掲げたパンティを眺めて遠い目。
可愛らしい花柄の水色Tバッグ。
俺が亜子ちゃんにプレゼントしたやつとほとんど同じ下着だ。
まさか、こんなところで再会するとは。実に胸が痛む。
「……ん?」
と、その時、俺は沢山の下着類の中に何か箱のようなものを見つけた。
「何だ? コレ……」
怪訝な顔でソイツを持ち上げる。
そんなに大きくない小さな木製の宝箱。コンパクトながら、何か惹き付けるものがある。
トレジャーハンターの目が光った。
「ま、間違いない……。この中には俺が今まで経験したことのない夢と希望が詰まっている……!」
俺は躊躇せずにその宝箱の蓋を開く。
それが、絶対に開けてはならない『パンドラの箱』であるとも知らずに。
因みに、亜子ちゃんはユウトに一目惚れしていたんだとか
☆以下は前日談的なサイドストーリーぞな(非常に下らんので、読み飛ばして貰って結構)
女(亜子の親友)「ねーねー。あーちゃんって好きな人っているの?」
亜子「え? わ、私……? 何で?」
女「え? だって、噂になってるよー。あーちゃん、今まで告ってきた男子、皆フッてるらしいし」
亜子「あ、ああー……。そ、そっかそれで……」
女「やっぱり、気になる人とかが居るんでしょ……! もしかして、ウチのクラス?」
亜子「ええ?! い、居ないよっ!!」
女「その反応はゼッタイ居るわ(笑) んー、誰だろ……」
亜子 (どきどき……)
女「あ、分かった。あーちゃんの近くに座ってる古谷君でしょ」
亜子「なあっ……! 何で私がユウト君のこと好きってことになるのよッ?!」
女「いきなり下の名前呼びかよ……」
亜子「あ……」
女「相変わらずアンタは分かりやすいな……。それで良い話があるんだけどさ。実は今度の家庭科ペア、ウチが古谷君と組むことになったんだよね」
亜子「ええ?! 嘘っ?!」
女「ホントホント(笑) でさ、あーちゃんって古谷君のこと好きじゃん?」
亜子「べっ、別に好きじゃっ……! ただ、ちょっと気になるっていうか……!!」
女「オーケー、マイフレンド。それ、好きってことだから」
亜子「ちっ、違うし!」(前髪弄りつつ、顔真っ赤)
女(ツンデレ亜子の破壊力マジパネェ……)
女「で……さ。ま、ものは提案なんだけど、ウチとペア交換しない?」(悪い顔)
亜子「ええっ! い、良いの?!」(顔がパッと晴れる)
女「うん。たしか、あーちゃんの相手って、野球部の中島でしょ?」
亜子「あ、うん……。女ちゃんの彼氏くん……」
女「それなんだよねー……。ったく、あの家庭科ババア。何の嫌がらせか知んないけど、ウチと島ちゃんを別のペアにしやがったんだよね……」(小さく舌打ち)
亜子「先生、まだ独身だからね……」
女「うんうん、絶対あれ嫉妬だよね。三十路にもなって、大人げないったら(笑)」
亜子「女ちゃん、言い過ぎだよ……」
女「きゃはは、聞かれなかったら、いいのよ。こういうのは」(片手をヒラヒラ)
亜子「そ、そういうもんなの……?」
女「そういうもんさね、相棒」
亜子「そうなんだ……」(首を何度も縦に振って納得の表情)
女(こいつ、チョロいわ)
女「でさー、あーちゃん、ウチとペア交代してくんないかな?」
亜子「え?」
女「い、いやー、プレゼントの日。島ちゃん誕生日なんだよね。だから、その……察してくれ! 大親友!」(亜子に抱きつきながら)
亜子「きゃっ! も、もー仕方ないなあ……」(こっ、これってもしかしてユウト君と一緒になれるチャンス?!)
女「マジィ? ありがと、あーちゃん! センセにはバレないようにするから!!」
亜子「や、やったやった! ユウト君と! ユウト君とっ! むふふふっ!!」(う、うん……! 怒られたらやばいしねっ!)
女「あーちゃん、心の声が外に出てる(笑)」
亜子「きゃあ?! しまったぁああ!!」
女(やっぱり、あーちゃんは可愛いなぁ……。頑張れよっ! 古谷君!)
この時、女は知らなかった。
古谷悠人が亜子ちゃんに下着のプレゼントを思いつくようなHENTAI野郎であることを。