第七十五話 『褐色肌の少女、ルーニィ』
結局、昨晩拾った……というかなし崩しに介抱する破目になった少女が目覚めたのは翌朝のことであった。
「……あ、う、ココハ?」
拙い喋り方で彼女は周囲を見回していた。今、この部屋には俺しか居ない。ルカ、テトは近くのパン屋まで朝食を買いに行ったままだ。
「トバコのホテルだよ。目覚めていきなりで悪いが、名前聞いてもいいか?」
「名前……? ルーニィだよ」
南国の雰囲気漂う褐色少女はそう名乗った。
「そっか、ルーニィ。俺は古谷だ、古谷悠人って名前だ」
「フルタニ……ユウト……」
ルーニィは目を丸くして、暫く俺の名前を反芻する。言いやすい呼称を考えているらしいが、ややあって小さく頷いた。
「とても良い名ダネ」
艶やかな笑みと共にルーニィは、はにかむ。
「そ、そうか? 俺の名前褒める奴なんてお前が初めてだよ」
平凡にして凡庸。普通過ぎる名前だと、この19年間思っていたが……。
「ソンナことは無いと思うヨ。私、君の名前……好きダナ……。なんだかとても優しい響きがスル……」
追い打ちを掛けられ、僅かに耳が熱くなった気がした。
小っ恥ずかしさを咳払いで誤魔化し、また尋ねる。
「……お前、昨晩のこと、覚えてる?」
「昨晩……の、コト?」
くしゃくしゃの銀髪頭を傾げ、彼女は難しげな顔を作った。
「昨日ハ沢山の売れ残りをホーモン販売して、ケドあんまりお金にならなくて……それで、ソノ後……ソノ……アト……」
そこまで言うと彼女は腕を組み、また首を傾げ始めた。
『ウーン……??』という悩ましい反応に、俺はこれ以上の問答が無用だと判断する。
「ま、後でゆっくり説明するわ。取り敢えず今はこれ、着といて」
なるべく彼女の方を見ないようにしつつ、白地のシャツを投げた。
「わっぷ……」
見事、ルーニィの頭に引っ掛かった。これでようやく、視界が確保出来る。要するに、ルーニィの半身は何も纏っていなかったのだ。
本人は自分が半裸であるにも関わらず。見知らぬ男の前で胸をさらけ出しているのを気付いているだろうに。しかし、全く騒がなかったことに驚きだ。
貞操観念の違いであろうか。
しかしながら、その状態を維持されると、清純な童貞男子としてはどうにも刺激が……。
「これで良いか……? ユウト」
少々大きめのカッターシャツを着込んで彼女は尋ねてくる。
「おお。悪いなお前のサイズに合うのが俺くらいのしか無くってさ……」
「むぅ……ソレは私が太っていると言いたいのカ?」
ルーニィは頬っぺたを膨らませ眉を顰めた。
「いや、そういう訳じゃ無いんだが……ウチの連中が小さ過ぎるのがいけないんだが……」
ロリ狐娘と僕っ娘チビ二人の顔が脳裏を過ぎる。
「小さい……何の話ダ……?」
お前は知らなくて良い、もうすぐ帰ってくるメンツを見りゃ分かるから……。
心の中でそのように額を抑えていると、ルーニィがおもむろに自分の胸を揉んだ。
「しかし、コレは乳首が擦れて痛いな……。ユウト、上の下着は無いのカ? というか、私の服はドコに……」
理解してんじゃねーか。クソ、ここまで堂々とされると、こっちが恥ずかしくなってくる。
困惑している間にもルーニィはシャツのボタンを外し始めた。また、あのデカ乳が姿を現さんとしている。
「ちょ、ちょ、ちょチョット待て!! 今出すから!!」
急いで部屋の隅に置かれた、小さめなキャリーバッグに取り掛かる。
「すまん、テト! 許せ、緊急事態だ!」
「? 誰に謝っているンダ……?」
ルーニィの疑問を無視して、止め金を外す。可愛らしい洋服が丁寧に詰め込まれていた。何だか良い香りがする。コレは……凶悪……!
しかし、腹に決意して腕を突っ込む。程なくして、ソレは見つかった。
「小さ…………」
ママゴトに使うのかってレベルのモノが出現した。こんなものでは奴の凶悪な乳は押さえきれない。ともすれば片乳も怪しい。
「ユウト、早くしてクレ。風邪を引いてしまう」
半身をはだけたセクハラ女が催促してくる。俺は微妙な面持ちで彼女の膨らみと握った布を見比べていた。
――がちゃーん
「ゆーとさん、ただいまですー、え」
「クロワッサンが凄く安かったぞ! ユウ……と……うわぁ」
唐突に部屋の扉が開けられ、二人の少女が入室してくる。ロリ狐娘ことテトと僕っ娘チビのルカだ。
ルカは状況を把握すると、ひたすら俺を蔑むような視線を寄越してくる。こういう反応をされることにはもう慣れっこだから良いのだが、もう一人が問題だった。
「ゆーとさん……うぐっ、えぐッ……何で、何で私のキャリーバッグ勝手に開けて……しかも、ソレ……私のブラ……うゥゥ……」
両手に抱えていた大きなパンの大包を落として、彼女は泣きじゃくる。
「オイ、ユウト……。テトはお前の餌の為に一時間も行列に並んでたんたぞ……お前、そんな子に、この仕打ちは……流石に無いだろ」
ルカがテトの頭を撫でながら、今度は憤怒の表情を見せた。
冷や汗だくだくで隣りを向けば、何故かルーニィまで冷たい目を向けている。
久々に土下座を開陳する破目になった。思えば、俺が誰かに誠意を示すのは大体下着絡みである。全く、運命の神様って奴は意地悪だぜ!
「ふふっ」
「何笑ってんだぁ! この変態野郎がぁぁあ!!」
ルカ渾身の蹴りで俺はまたも気を失った。