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YES/NO『青春デビューに失敗した人間が、異世界デビューを成し遂げられるか?』  作者: 志島踏破
第参章 君のハートをスチールっ★ 〜鍛冶職人系女子メルの依頼〜
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第六十八話 『屋台営業の少女』

「キョウもゼンゼン売れなかったナあ。なんで、他の屋台ばっかり行列ができるンダ??」


 トバコ南地区中央通り。

 人が行き交い混雑する、そのストリートを一台の屋台が這っていた。

 その先頭を引っ張っているのは、一人の少女。ため息交じりに自分の身体の四倍五倍はあろうかという商売道具を引きっていた。

 何人もの通行人と行き違い、その度に好奇の視線が飛んでくる。

 それは、彼女のような年若い少女が油汚れの目立つ屋台を引いている、という違和感もあるのだろうが、それよりももっと考えられるのは彼女の容姿。


「おい……。アレ、見慣れない人種だな……」

「ああ。俺も初めて見た……。かなり辺境から来てんだろーな。まぁ、出稼ぎじゃないの」


 道路脇にたむろしていた男たちが、彼女を見ながらそうこぼす。

 彼らは本人が気づかないであろう、と思ってそんな会話を繰り広げているのであろうが、彼女の優れた聴覚は一言一句残さず拾っていた。


「……」


 しかし、彼女にとってそんな羽音は日常茶飯事なので、例の如く無視して先を急ぐ。というのも、今月がピンチなのだ。今日に至っては、たった二人にしか売れなかった。赤字続きもいい所である。起死回生の一撃として、今夜は(というか毎晩やっているのだが)売れ残った品物を半額に値下げ、後に中心地区の宿屋を訪問販売して回らねばならない。やることは盛沢山なのだ。

 無駄な時間を過ごしている暇など自分には――


「あ……」


 ふと、足を止めてしまう。

 道路脇にあるショーウインドウの職業案内板が更新されていた。様々なギルドの広告が、きらびやかに『冒険者募集』という文字を躍らせている。なかでも、ひと際目を引かれるのは、『ロイヤルギルド』の格調高い採用募集。ノンキャリアの部門だが、こんなに大きな王立機関に採用されたら、将来の安泰は間違いないだろう。


「う……、戸籍要……カ」


 妄想を膨らませていた途中で、広告の採用条件にそんな文字を見つける。

 よくよく見ると、『ロイギル』以外の民間ギルド、全てが戸籍要を採用条件に並べていた。


「コセキ……欲シイナ」


 叶わぬ願いごとをこぼす彼女に、ショーウインドウのガラスが現実を突き付けてくる。

 銀色の髪に褐色の肌。そして、ルビー色の光を放つ双眸。

 この国の人間ではない証拠だ。

 その容姿が重いくさびのようになって、彼女を低収入な極貧生活に縛り付けていた。


「…………ダメだ。料理が冷めるマエに急がなキャ」


 彼女は自分の頬に容赦ない喝を入れると、またガラガラ歩き出す。

 向かうのは、中心区。収入の確かな冒険者、住民が暮らす居住区。

 いつか、きっと自分もそんな暮らしが出来ると信じて。そして、憧れの冒険者稼業につけることを夢見て。



 俺は宿のあるトバコ中心区から南に通りを下っていた。

 途中、顔に黒い煤跡の残る褐色少女を目にしたこと以外、特に街の雰囲気に違和感を感じることはなかった。


「あと数分走れば、例の露店街です。センパイ」


「知ってる。昼間行ったしな」


「そういえば、会いましたね」


 若干天然な返しをしてくる鏑木に俺は、少々渋い顔をしてしまう。だが、向かいに座る騎士が厳しい顔をつくっているのを見て、居座り直した。

 俺たちが今乗っているのは、かなり大型のトラック車だ。

 荷台の小窓から外の様子が窺えはするが、それ以外は全て分厚いカバーで覆われている。随分大仰な目隠しではあるが、一般人の不安を考慮するとそれが正しいのかもしれない。


「……にしても、ロイギルってこんなに兵力持ってんのか。もはや軍隊だな」


 俺は鏑木にだけ聞こえる声量で話す。俺と奴以外にこのトラックだけで十二人は乗り込んでいる。鏑木の話では今夜、この他にあと十数台の車が動いているというのだから、驚きだ。


「今夜はアデレイド支部とトバコ支部の合同作戦なんです。いつもの二倍はいますね」


「へぇ……。頼りになるじゃん」


「いえ、そうもいきません。相手も武器を所持している可能性が考えられます。僕はむしろ、心もとないと思いますけどね」


 鏑木がそう言い切ったとき、小さな舌打ちが鳴った。

 俺は横目で兵士の群れを見渡す。皆、一様に姿勢正しく座っていて、誰がソレをやったのか判別もつかない。

 鏑木も少々声が大きかったのかもしれない。確かに今の発言にはムカつく奴もいるだろう。


「ふっふ。誰ですか? 今、舌を鳴らしたのは。僕は上官ですからね? 田舎に帰りたいんですか、部下・・の皆さん」


 鏑木が爽やかな顔で嫌味を紡ぐ。発言に反して、傲慢さは微塵も感じられない口調だったが、それだけに圧迫感がある。

 その辺にしといた方が、と思うが俺が口出しできるような問題ではないような気もする。

 俺と鏑木がこの世界に飛ばされてまだ数か月しか経っていない。

 つまり、鏑木がロイギルに入ったのもここ最近の話だ。だというのに、彼は部下を指揮する上の立場を与えられたらしい。

 そう、全ては主神ラクスの推薦書があったから。

 ロイヤルギルドという組織は所謂いわゆる、正規の転生者に過大な評価を昔からしているらしい。勿論、送られてくるのは鏑木のような優秀な人材だから、釣り合いは取れているのだろうが、しかし、それでは転生者でない兵士たちは面白くないだろう。


 その辺り、支部長のレイラはどう考えているのだろうか。

 いや、というよりこれはロイギルという組織そのものが抱える問題なのかもしれないが。

 

「センパイ、そろそろ準備してもらっても?」


 不意に鏑木が俺の肩に手を置く。さっきまでゴトゴト揺れていた車内が静かになっていた。御者台の窓から運転者が告げる。


「全車配置完了しました、隊長。指示を」


 鏑木はそれを聞いてこくりと頷く。彼が荷台中央に立つと、座っていた甲冑兵が勢いよく立ち上がる。


「では、作戦開始――」


 その合図を皮切りに、トバコ南地区一斉摘発が執行された。


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