第六話 『そこは花園。因みに甲子園ではない』
引き出しの内側で何かが引っ掛かっているのか、と最初は思った。
しかし、よく見ると、その段だけ中央に前方後円墳のような穴が。
「っはあー、マジかよ……。もうこれ絶対クロじゃん」
つまり、これはあれか。俺に「レリゴー」と、つまりは「諦めろ」と言っているのか。
ああー、クソ……。間違いなくこの扉の向こうに、例のOL暴力女の下着があるってのに……。なんてこったい。
「しゃーなし。今回は諦めようかね……」
真のトレジャーハンターは退き際も弁えねばならない。
先に進む手段を己が持ち合わせていないときは、潔く身を引き、時機を待つのだ。
俺はクールにそこを離れ、
「ん……?」
視界の隅できらめく何かを発見した。
何だ……?
両眉を上げて、ソレに近付く。かなり小さい金属片だ。それは曲線を描き、エビのように丸まっている。
何たる因果か。
そう、コイツは俺が今朝のラッキーアイテムとして持参し、全く使い物にならなかったため、クビにした朝番組「ハローワクワク」の派遣社員。
くりっぷ君ではないか!
何てグッドタイミング。こいつを利用しない手は無かろう。
俺は人の良い笑みを浮かべながら彼に近付いていった。
「転職先がまだ決まらないのだろう? 君。実は今、ちょうど中期の正規雇用をかけている最中でね……どうだいまたウチで働いてみないかね?」
猫撫で声で話し掛けると、少々やつれ気味のくりっぷ君の目がきらっと輝いた。
「本当ですか?! 是非ともお願い致します!!」
あまりに無垢で哀れな彼の生き方に俺は一種の憐憫を感じる。
だが、ブラック企業・古谷カンパニーのモットーは、「一に残業、二に残業、有給なくて、五に解雇」である。
要は社員がどうなろうと知ったこっちゃないのだが。
我ながら、酷な話よ。
俺は過酷な日本社会の実態に嘆きながらも、彼を泣く泣く使い潰す。
くりっぷ君の断末魔のような悲鳴が聞こえたが、俺のワンマンは容赦なく彼の身体を捻り曲げた。
「おーし! これならいけるんじゃね?」
喜々とした歓喜を上げながら、俺は自分の掌に乗るくりっぷ君を見た。
彼はくるまった身体を無理矢理伸ばされ、今度は真っ直ぐな形にされている。
社畜の完成である。
社畜とクリップ。合わせて、シャチクリップである。
「ふっふっふ……これで貴様も終わりだなぁ?」
俺はソイツを持って、例の鍵穴を挑発。
「ほほう、それで?」と、敵は俺と社畜を見比べて、ニヤリ。
「ふんっ! 分かんねぇのか? このオタンコナスが! こうするんだよっ!」
気合と共に、シャチクリップを敵の本陣に突っ込ませた。
「グッバイ、くりっぷ……! 来世はホワイトに就職しろよ!」
彼に別れの言葉を告げて、俺は重要な案件に取り掛かる。
さて、ここまでくれば、俺がやらんとしていることはもうお分かりであろう。
そう、ピッキングである。
ピッキングとは、鍵を使わずに、錠を開ける行為であり、当然ながらお上には禁止されている犯罪である。こういったことをして誰かさんのお家にお邪魔してしまうと、反省文では済まされず、今度は刑務所にお邪魔することになっちまう。
そして、恐らく禁錮刑の刑事罰。
数年間もインターネッツ禁止とか考えただけでも恐ろしい。
ネット世代にとって、それは死刑宣告に等しいのだ。だって、●ちゃんねる見れねぇじゃん。
そういうわけもあってか、鍵開けの遊びは自前の錠でしかやったことがない。
だが、そんなでも徐々に磨かれていった俺のピッキング技術は気付けば、プロ級に達していた。
それは、もう専用ツールを必要としないくらい。
丈夫な針金さえあれば、朝飯前のおちゃのこさいさいである。
え? そんな技術が何の役に立つかって? これが、結構役に立つのだよ。
一昔前、チャリキーを失くして困ったことがあったのだが、持ち前の開錠スキルで無双したものだ。
まあ、途中から面倒臭くなって鍵そのものを取り替えたんだけどな。意味ねぇじゃん。
俺は今は亡きくりっぷ君をカチカチ動かして、錠穴内部の構造を把握する。
「あ、コレ楽勝なヤツだわ。ま、タンス如きにそんな御大層な鍵取り付けるわけないんだけどさ」
クリップを引っこ抜くと、それの先端辺りを特殊な形状に仕上げる。
そして、出来上がったブツをもう一度穴にぶち込む!(響きがエッチいのです)
「よっこいせっと……」
タイミングを合わせるように、クリップに力を加えると、鍵穴は容易に回転した。
「はい! おーぷんー」
俺の目はかつての少年の心を取り戻したようにキラキラ。
この先に、未だかつて見ぬトレジャーが眠っている。
興奮に鼻の穴を膨らませながら、最後の段を引き出した。
――がぽん
もはや、お馴染みの摩擦音を立てながら、ソイツは俺に中身をさらけ出す。
「おお! おおお!!」
――そこには目の醒めるような桃源郷が広がっていた。