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YES/NO『青春デビューに失敗した人間が、異世界デビューを成し遂げられるか?』  作者: 志島踏破
第参章 君のハートをスチールっ★ 〜鍛冶職人系女子メルの依頼〜
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第六十七話 『理性的なたくらみ』

 交易が盛んな街、トバコ。

 その郊外に佇む、飲食店で俺は一人の男、もとい鏑木司かぶらぎつかさと向かい合って座っていた。俺と奴の他に、テーブルには誰も居ない。鏑木の提案で、テトとルカは先に宿に戻らせたのだ。


「これを見て下さい」


「……なんだ、これ?」


 彼が取り出した小箱には、暗緑色の干からびた植物が横たわっている。

 何やら独特な香りを放っていた。つまみ上げてみるが、感触はその辺に落ちてる枯れ葉と遜色ない。


「ルインという植物の子葉です。それを天日干しで乾燥させたものですね」


「ふーん。香水にでも使うのか? 結構、強めな匂いがすんな……うぶっ」


 鼻に近付けてみると、思いの外キツイ刺激が粘膜を襲った。たまらず咳き込む。

 涙目になりつつ、その植物を小箱に戻した。すると、鏑木は蓋を閉め、また服の裏にしまいこむ。


「センパイ。今のね、麻薬なんですよ」


「は……? はぁぁぁあああ??」


 トンデモ発言に声を荒げる。だが、鏑木はやんわり両手で俺を制止した。


「ああ。いえいえ、安心してください。正確には麻薬の原料です」


「知るか! それでも、吸い込んじまったじゃねぇか!!」


 憤りと共にテーブルを殴る。二人分のコップが大きな音を立て、店内にちらほら居た客らの訝しげな視線が飛んでくる。


「あの、ちょっと静かに。そういう約束でしょ?」


「うぐっ…………すまん……」


 鏑木は周囲の人に聞かれないことを条件に、俺に説明してくれているのだった。何の警告もなしに、そんなモンを目の前に出してくるのは恨みがましいが、黙っている他ない。


「あと、今のはあくまで原料であって、ただ嗅いだだけでは無害ですよ」


「えぁ……な、なんだ……、はぁ、マジ焦った……」


 動悸を沈めるために、水をガブ飲みする俺を鏑木は笑いながら見ていた。だが、コップを置くと、その笑顔は沖に退いて、何やら深刻な表情が前に出てくる。


「ですが、さっきのにもうひと手間加えると、極めて依存性の高い毒物が出来上がってしまいます」


「へぇ……、そりゃあ、また……」


「もともとはですね、医療用の薬として重宝されていたものなんですよ。ですが、遠くの国で、これを麻薬に転用する製法が開発されまして。この国にも結構、入ってきてます……」


「その一例がここの露店街ってわけか……」


 俺が吐息と共に洩らした感想に、鏑木は首肯で応じた。

 

「既にギルドは証拠を抑えています。今夜、屋台の店主たち、それと客もろとも摘発する予定です」


 そう言うと、彼は近くを通りかかったウェイターを呼び止める。『当店人気ナンバー1!』と銘打たれたパスタをオーダーした。


「センパイも何か頼みませんか? お昼ご飯まだでしょ?」


「……いや、俺は……いいや」



 注文を受け付けた女性ウェイターは、厨房へぱたぱた駆けて行く。俺は彼女が離れるのを横目に確認して、口を開いた。


「なぁ、さっき客って言ってたけど……、お前らただ料理を食べただけの奴らも捕まえる気なのか?」


 途端、鏑木の動きが止まる。

 だが、すぐに返答がかえる。


「当然です。故意ではなかったといえ、一度でもそれを口にしたならば、国法に抵触します。王立機関として、見逃せません」


「いや、そういうことじゃなくてさ。被害者じゃん、どう考えても」


「見方を変えれば、そうでしょうね。ですが、犯罪は犯罪です。その代わり量刑は考慮されるみたいですよ」


 思わず大きな溜め息が出た。若干、声に険が混じる。


「『見方を変えれば』ってなんだよ。誰がどう考えても、純度百パーの被害者だろが。お前は何か? 詐欺に遭った年寄りに、『ツいてませんでしたね。でも、騙されるあなたも悪いんですよ』とか言っちゃうタイプか」


「それとこれとは話が別です。今回の場合は、そうですね……。センパイの話に合わせれば、そのお年寄りが持ちかけられた美味い儲け話に乗ってしまった、という所がありそうですね。それに、あの界隈はいわゆるヤミです。市政の認可は得てないんですよ」


 まぁ、自業自得ですね。鏑木はそう締めると、小さな欠伸を噛み殺す。

 冷水に浸された氷がカチャッ、と音を立てる。またしても、長い沈黙が両者の間に降りる。そんな中、ぼそっと呟いた。


「……本当にそれが正しいと思ってんのか?」


「……はい?」


 視界端で誰かが動いた。さっきのウェイターが、盆を抱えてゆっくり近づいてくる。


「いや……、なんでもない」


 机の上に白い湯気を立てた出来立てパスタが置かれる。ごゆっくりどうぞ、と店員は残して去っていった。

 鏑木はフォークを取ると、上品に麺を口に運んでいく。食前のイタダキマスもちゃんと言っていた。髪こそ金に染めているが、育ちはかなり良いのだろう。裕福な家庭で、さぞかしご立派な教育を施されたに違いない。その賜物か、コイツは感情で動こうとはしない。ただ善悪の基準に沿って、行動する様には末恐ろしいものもある。

 

「センパイ……? どうしたんですか? 僕の顔になんかついてます?」


 鏑木の訝しむような問い掛けで我に返った。


「ああ、いや……ワリ。俺はもう宿に戻るわ。それに、メルから依頼された仕事もあるしな」


 忘れていたが、俺は元来、波風立てて生きることをよしとしない性分だ。

 もうロイギルがやることに口は出すまい。

 と、腰を浮かせた所で鏑木が俺の腕を引き留める。


「あの、そのことなんですが、それはもうやらなくていいですよ」


「は?」


「あはは、素材集めは他の団員がやっときますから。それよりも……今回は、他のお仕事を受け付けてくれませんか」


「え、あ……?」


 トントン拍子で話を進めていく鏑木に、開いた口が塞がらない。


「ちょっと待て、意味が――」


「依頼人は、レイラ支部長です」


 全てが繋がった。

 レイラ・レインブラッド。

 賊に襲われていた俺とテトを救出してくれた少女。なるほど、ここで恩を返せというわけか。


「仕事は、なんだ……?」


 嫌な予感と共に、鏑木に問う。


「はい。本日、ロイギルが行う一斉摘発のサポートをお願いします」


 予想は的中。最悪な依頼が舞い込んでくるのだった。


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