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YES/NO『青春デビューに失敗した人間が、異世界デビューを成し遂げられるか?』  作者: 志島踏破
第参章 君のハートをスチールっ★ 〜鍛冶職人系女子メルの依頼〜
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第五十七話 『イチレンタクショウ』


「っくし!」


 あまりの寒さにくしゃみを一回。


「すん! すん!」


 鼻水が出たような気がして、鼻をすすった。

 既に洞窟の外は日暮れ。冬のただでさえきつい低温が更に牙を剥き始める。

 テトは、ぶるっと身を震わせ縮こまる。保温の姿勢を。

 折角、少年がジャケットを貸してくれたのだ。我慢せねば。

 

――ふわり

 

 突如背中に何かをかけられた。

 茶褐色の布マントが私の肩に。

 何事かと後ろを見れば、


「気にすんな」


 テトを連れ去った少年がそう言って遠ざかる所だった。

 しかし、さっきは対面に座っていたのが、テトと同じ側の壁際に腰を据える。

 膝を抱え込んだ彼の目線はひたすらに地面へと向けられる。私を一瞥いちべつもしない。

 何か考え事をしているようだ。


「あの……寒くないんですか……?」


 思考に没頭しているらしいなか、悪い気がしたがどうしても尋ねずにはいられなかった。

 少年は自分に防寒着を二着も貸してくれている。

 彼の今の恰好はズボンにカッターシャツ一枚。

 とても寒さをしのげる装備ではない。


「べつに……」

 

 全く視線がかち合わない中、少年は不機嫌そうに答えた。

 そっぽを向いてしまう。

 本当に寒くないのだろうか。虚勢を張っているだけではないのか。


「っくしゅんッ!」


 誰……?

 洞窟内には自分と盗賊の少年しかいないはずなのに。

 自分がくしゃみをしたのではない。

 しかし、その子犬のように小さい音量と響きは、どう考えても……。

 ふと、視線を横に向けると、目の前で必死に寒風摩擦に励む少年が。

 すんすん、と鼻をすすっていた。

 カッターシャツ姿の少年だが、その上半身に膨らみが見えるような見えないような……。


……どっち?


 テトは首を傾げた。



 座っていると、地面や壁からじわじわと侵食してくる冷気。

 吐き出す吐息は真っ白だ。 

 腕まわりを寒風摩擦してみる。

 しかし、下がり切った体温はなかなか上がらない。

 森を抜ける道を探して闇雲に走ったが、結局外には出られなかった。むしろどんどん奥に迷い込んでいっているのではないか。明朝には、抜けられるのだろうか。

 不安ばかりが募る。

 加えて頭の上ではずっとある種の迷いが渦巻いていた。


 これからどうしよう、と。

 

 真っ暗な洞窟の天井を見上げる。

 

 仲間たちを裏切ってしまった。

 あの乱暴な団長のことだ。見つかればきっとただでは済まない。

 自分が志願して所属する以前から、くだんの盗賊組織『街はずれの盗賊団(アフターウルフ)』はイストナロード近辺を荒らしまわっていた。

 この森も彼らのホーム内だ。自分よりも経験のある他の団員たちは、ここの地形を熟知しているに違いない。

 よって、下手に動くわけにはいかない。風をしのげる洞窟を見つけたのは幸運だったが、いつ彼らの一味がここを当たりにくるか分かったものでない。ともすれば、数分後に襲撃される恐れだってある。可能性は低いだろうが……。


――チャキ……


 何となく腰を振れると、固い金属の感触が。

 視線を落とすと、革製の鞘に入れられた刃渡りの短い剣が静かに控えていた。

 自分の身を守る盾は、コイツだけだ。


 絶対に生き残ってやる。


「あのぅ……」


 決意新たに眼光を尖らせていたとき、不意に横合いから緩い声が掛けられた。

 そこには、おずおずとこちらを窺う狐族の少女、もとい現在自分が置かれた状況の元凶が。

 たしか、逃走中にテト・イーハトーヴとか名乗っていたか。

 

「これ、ほんと大丈夫なんで」


 彼女は、さっき自分が貸した布マントを差し出してくる。

 ずいっと距離を詰めてくる様が実にあつかましい。


「いい。ボクは要らな――っくしゅッ!」


 邪険に払いのけようとしたのに、くしゃみが邪魔をした。

 テトが目を丸くしてボクを見つめる。

 かあっと顔が赤くなるのを感じた。何とも恰好のつかない人さらいである。


「ふふ、優しいんですね」


 テトはそう言うと口を押えてころころと笑った。

 何だか素直にそれを認められなくて、しかし、言い返す言葉も思いつかず口を金魚みたいにぱくぱくさせる。

 そうこうしている内にテトがぽすっと腰を下ろした。ボクの隣に。


「一緒に使いませんか?」


 にへっと破顔するやいなや、テトはマントで二人をすっぽり覆う。

 ボリュームある尻尾が手に触れ、その柔らかさを知り、そして、テトの温かな体温が冷えた身体に心地よくて――って何考えてんだボクは?!


 もはや、隠しようのないほどに耳も頬っぺたも熱くなっていた。

 どうして、自分はこんなに恥ずかしがっているのだ。

 というか、そもそもなんで素直に彼女の提案を受け入れているんだ。

 嫌なら押し返せばいいのに。


 そうは思うが、ボクの身体はもはやそれ以上動かなくなっていた。徐々にまぶたが重くなってくる。疲労がピークに達した身体は微睡みの沼に落ちて


――ああ、ねむ……。


 ボクは隣りに座る少女の寝息を聞きながら、意識を失った。





※※※




 深い森の、更に奥まった所にある洞窟の中。


 二人の少女が身を寄せ合って、眠りこけていた。



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