第五十一話 『これは自論ですが、××コンってつくものって、大体有害な要素持ってるんですよねー。例えばァ、結婚、合コン、カラコン、マザコン……あと、ロリコ――げふんげふんっ』
「やっぱ断る」
「はぁーっ?! なんで?!」
俺の返事にメルは憤慨する。
こっちも負けじと声を張った。
「ったりめーだろが! なんでわざわざそんな危ねぇ橋渡らないとなんねーんだよ!」
彼女の指示する『イストナロード』という街道は盗賊が出没する地域だと今朝聞いた。
誰が好んでそんな場所へ赴くだろうか。報酬が弾むなら、少しは足も軽いだろうが、如何せん二万ヴァーツ。
庭掃除や畑仕事の手伝いをすれば、依頼二つで埋め合わせられる金額である。
どう考えても割に合わない。
沈黙が降りる。
餅田も静かにしていた。
俺はひとつため息をついて、腰を浮かせる。潮時か。
「……三万ヴァーツ」
呟く声が背後で。
面会室の入り口へ足を進める。
ふぅ、今日の晩飯は何にしようかな。
「四万……」
やれやれ、と足を運ぶ。
カレーとかお手軽で、良いかもね。
「五万……!」
ノブに手を掛けた。重い扉を力を加えて開く。
あ、帰りにカレー粉買ってかないと。
「あーもうっ! 十万ヴァーツ払う!!」
俺は風を切って、メルの所に戻った。
悔しげに歯軋りする彼女を柵の向こうから見下ろす。
「買い物リスト用意、大至急……」と短く命令した。
※
「私も行きますっ」
マックスギルドに帰り、部屋で支度していると、テトが手を挙げて主張してきた。
頬から赤みは引いており、酔いは醒めたらしい。狐族はアルコールの分解が早いのだろうか。
「いや、ダメだから。子供には危ない。二十歳になるまでダメ、ゼッタイ」
「あの……私、もうはたち過ぎてるんですけど……」
衝撃の事実が発覚した。
せいぜい十歳前半くらいの年齢かと思っていたのに!
いやいや、嘘こけ。え、嘘だよね……?
「ち、因みに、今年でおいくつ?」
嫌な予感と共に問えば、
「百十歳です!」
実に可愛らしく答えてくれた。にぱっと華やぐ笑顔が実にまぶしいです。
俺は目を細めて、テトのつま先から頭の上までゆっくり眺めていく。
すべすべしたおみ足、肉付きのよい四肢、そして人形のように精巧な顔。
どう見ても、人間の肉体年齢的には十代前半くらいである。
「ゆーとさんはおいくつなんですか?」
テトが翠の目を丸くしながら、尋ねてきた。
「お、俺は……今、十九なんだけど……」
未だ信じられない心地で答える。
しかし、テトはあまり驚いた様子もなく、
「じゃあ、来年には成人さんですね! 何だかカッコイイですっ!」
と小学生並なコメントと共に、目を輝かせる。
なんか、俺の思っている長老の喋りと全然違う。
ここは、無難に「黙れ、小僧ッ!」と一喝する場面なのでは。
しかし、それよりも気になるのが彼女の落ち着きようである。驚かないのだろうか。
「なんか、リアクション普通だな。お前の言ってることが本当なら、俺はお前より年下になるわけだが……」
半ば声の調子が下がってしまう。だって、テトが嘘つくわけないし。
だからこそ、彼女が百十歳であることは事実なんだろう。
これからの二人の将来的な関係に重い不安がのしかかっている。
「いいえ? ユウトさんは私よりお兄さんですよ?」
しかし、彼女は不思議そうな表情で首を傾げる。俺が何をそんなに深刻に悩んでいるのか分からない、そんな顔。
ちょっと待ってくれ、訳が分からないよ。
「どういうことだ? ここでは、百十より十九のほうが大きいのか?」
「もー! 私を馬鹿にしているんですかっ! 百十は、十九よりも大きいんですよ! えぇっと、ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ……」
テトは指折り、天井を見上げながら数える。尻尾も動かしながら、数字を数えるという随分器用なことをやってくれる。
どゆこと? 年齢の上では、俺より年上だが実際は俺より年下。
ワケが分からない。それともなにか……?
と、ここで俺にある考えが閃いた。詮索するように尋ねる。
「テト、ちょっとお前の誕生日教えてくれないか?」
一瞬きょとん、とした顔をつくるテト。
狐耳がピクピクッと動き、その口が自身の誕生日を紡ぎ始めた。
実に、十個もの誕生日を。
「ちょ……ちょっと待ってくれ」
「はい」
「つまり何か? お前らは――」
そこから暫く俺の怒涛の質問ラッシュが始まった。
テトは、頷いたり、首を振ったり、傾げたりしながら、おりこうさんに答えてくれる。
そんなやり取りを五分近く続けて、分かったこと。
要するに、彼女ら種族は俺達人間とは異なる年齢加算方式を採用しているらしい。
俺のような『ヒューマン』は基本的に、一年に一度誕生日を迎える。これは、前の世界でも同じ。
しかし、彼女らの一族は違う。
なんと、『狐族』というのは年に十回ものハッピーバースデーを迎えるらしい。何やら小難しい背景があるようなので、割愛するが、どうも宗教上の云々が原因なんだとか。これまた、変わった文化なものである。
俺は、ふぅんと唸り、腕を組む。
年に十回ということは、ほとんど月一レベルのものである。
誕生日サービスを導入しているレストランとかは、大変だな。
だって年がら年中、彼らのパーティナイトだろ?
つまり、狐族の人々は、最近流行りの『パリピ』とかいうヤツなのだ。まあ、常に最先端を追い求めるその姿勢は嫌いじゃないがな。
愚にもつかぬことを考えながら、俺は結論を再確認する意味合いを兼ねて、彼女に問う。
「つまり、今のお前の年齢を俺たち基準に直せば、十一歳ってところになるのか?」
「ええ、まあ……そうです、けど……」
なんだか釈然としない様子でテトが答えた。誕生日十連文化にドップリ浸かった彼女にとっては、俺たちの方が異常に見えるのだろうか。
だが、俺としてはかなりしっくりくる結論である。ほんと、たまったものじゃないよ。年上が嫌いなわけではないけど、限度ってもんがある。
本当にテトが百十年も生きてきた古株だと分かったら、俺はどうしていただろうか。
しかし、それにしても十一歳か……。
「だいたい、小学校五、六年かぁ」
頭の中で簡単な計算をして、テトの学年に当たりをつける。
「しょうがっこう?」と復誦する彼女。
目をしばたたかせている彼女を置き去りに、俺は少々妄想の世界に入っていた。
初めて、リコーダーを買ってもらって大喜びのテト。
一生懸命息を吹き込むが、筒から出るのは調子外れな音ばかり。
俺が丁寧に教えてあげて、テトは素直に俺の言う通りに練習して、学芸会で成功して、俺に満面のどや顔を見せて……。
いい……是非、俺のリコーダーも……おっと、いかんいかん、これは色々とマズイ。
断じて、俺はロ●コンではないのに、なんで興奮してるんだ。
そして、誰だ。今、俺のことを変態とか言った奴は。
……まあ、流石に、リコーダーネタは、下品過ぎると思いました、まる。
すっかり賢者モードに移行し、手を組んで、ゲンドウ座りになっていた俺の顔前でテトが「ゆーとさーん。ゆーとさーん?」と手を振る。
「あの、大丈夫ですか?」
形の良い眉根を心配そうに落としている狐っ子を前に俺は、
「大丈夫だ、問題ない」
と色々問題アリな妄想を働かせつつ、ニヤリと笑うのだった。