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YES/NO『青春デビューに失敗した人間が、異世界デビューを成し遂げられるか?』  作者: 志島踏破
第参章 君のハートをスチールっ★ 〜鍛冶職人系女子メルの依頼〜
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第四十八話 『物騒なうわさ』

「おい、聞いたか? また『イストナロード』で商車が襲われたらしいぞ」


「なんだ、魔物か? あの辺の雑魚はほとんどロイギルの連中が演習で全部やっちまったと聞いたが……」


「ちげーよ、同じ『ヒューマン』にやられたんだよッ。ほら近頃話題になってるあの盗賊団だよ……」


 朝。マックスギルドのロビーで朝食を摂っていると、そんな会話が聞こえてきた。

 昨晩も見た白髪と黒髪のおっさんが、今度は将棋を打ちながら噂話をやっている。ほんと、あの人たちは仕事しているのだろうか。


 ちなみに、イストナロードとは、東の『トバコ』という町に通じる街道のことである。

 交易の要衝へと続いており、だから、まあなんか重要な道なんだとか。

 

 あまり、その辺の事情に詳しくない俺は、テトに「知ってるか?」と尋ねる。目の前で黒パンをはむはむと食べていたテトは、少し思案する。

 そして、口をもごもごさせながら、


「ふひまひぇん、わらひもわふぁりまひぇん……」(すみません、私も分かりません……)


と一生懸命答えてくれた。

 そういえば、こいつも遠くから来た手合いだったか。ならば、後でデイジーさんにでも聞いておくか。地元民のあの人からならば、もっと詳しい情報が得られるだろう。

 と、その時――


――かちゃーん


 何かが地面に落ちる音。 

 見れば、テトがフォークを落としていた。

 しかし、彼女はそれには目もくれず自分の首を押さえている。

 顔面が真っ青だ。


 震えるように、伸ばされた腕があるものを求めている。


「なぁあ……! うあぁー……!!」(水……水……)

 

 餅を食わせた覚えは無いんだが。

 呆れながら、空っぽになったテトのコップに瓶の水を並々注いであげた。


「あり、が、ご……ます……けっほけっほ!」(ありがとうございます……)

 

 テトは律儀にお礼を言うと、小さな手に収まりきらないコップの中身を一気に流し込んだ。

 ふぅ、と息をつき、俺は肩を落とす。

 まったく危なっかしくて見ておれん。

 よくもまあ、この街に一人でやって来れたものだ。

 それとも、本当はとんでもなく戦闘慣れしてたりするのだろうか。

 私TUEEEしているテトが妄想されるが、


 「ひっく! うう……、ひぃっく!!」


 彼女の大きなしゃっくりを見て、『いや、ねぇな』と考えを改めた。

 ていうか、なんか顔赤くない? 


 気のせいだろうか、目線もふらふらし、頭も赤べこのように揺れている。

 急変し始めたテトの様子に俺は身を固くした。


「あれ? 俺の酒瓶どこ行ったぁ??」


「はぁ? 知らねーよ。どっかのテーブルに置いてんじゃねえの?」


 背後でおっさん二人がそんなやり取りをしている。

 俺は自分の手に握られたものを見た。

 ラベルが張られており、見慣れた漢字が筆書きされている。

 

 『酒』と。


 やっべぇ……。


 冷や汗が顎を伝う。


「おい? テト、大丈夫か??」


 ぼんやりと微睡んでいる彼女を揺すった。

 目尻の落ちた翠の瞳が俺を捉える。

 そして、唐突にニヤついた。


「くひっ……うひひ……うひひひ……」


 完全に酔っている。どうしましょう。

 

 どういう原理か分からないが、彼女の狐耳や尻尾も橙色に変わっていた。

 その主はさっきから「アハハハ」と笑っている。

 とにもかくにも、水で薄めなければ。

 慌てて、厨房にお冷を取りに行く。

 中にいたデイジーさんが、「なんかテトちゃんの様子がおかしいんやけど……」と訊いてくる。


 「クスリじゃありませんから、大丈夫です」


と念のため言っておく。

 なみなみ注いだ水を半分近くこぼしながら、酔っ払いの元へ。


「ふわぁ……ゆーとさんがいっぱいいるぅー♪ ひとーり、ふたーり、さんにーん……♪」

 

 楽しげにうわ言を呟いていた。全然大丈夫でない。

 完全にキマっている。目の中にお星様が映っているではないか。


「ほらっ、テト! 水飲め! 水ッ!!」


 俺が突き出したグラスをテトは意外にも素直に受け取った。

 そして、一口も飲まないうちに、ぽろっと落とす。

 スカートがびしょ濡れになってしまった。


「ちょっ?! オイ……、はぁ……。タオルと替えの水持ってくるから」


 ほんと朝から災難だ。

 寝起きでまだ怠い身体に鞭打って俺は、また厨房へと向かおうとする。


「ゆーとさぁん……」


 甘えるような声が飛んできた。


「な……に? ……!」


 気付けば、目の前にテトがいる。

 彼女はびしょ濡れのスカートを摘まんで、わざとらしく目を伏せる。


「濡れちゃいました……。お着替え手伝ってくれませんかぁ? ぃっく」


「は? 自分でやれよ」


 何言ってんの? この子……。

 拒否ると、テトは、むすぅーと頬を膨らませる。そして、駄々っ子のように――否、本当に地面に寝転がって、


「やだやだやだ! ゆーとさんとヤりたいですッ! 今すぐお部屋でゆーとさんとヤりたいですっ!! 私こんなに濡れてるのにぃーッ!!」


とバタバタ暴れ始めた。大声やめろ、このバカ。間違ってないけど、『ヤる』とか『濡れている』とかこの流れで使うな。


 案の定、近くで将棋を打っていたおっさん二人がこちらを眺めながら、


「盛んやなぁ、あの二人……」

「あの娘っ子も案外、スケベだな……」


と感想を述べている。

 デイジーさんに至っては、「ウーン……!」という断末魔と共にぶっ倒れてしまった。

 ホント、今朝から災難なこと続きである。

 

「すきぃー、だいすきぃー。ひぃっく」


 寝転がったままのテトが、俺の足に頬を擦り付けてくる。

 惚けた顔の彼女に対して、俺は完全に表情を失っていた。今なら、散歩中の犬にマーキングされる電柱の気持ちもよく分かる。

 そうして突っ立っていた所へ、マックスギルドに慌ただしく入って来る者が。


「ちわーっす! マックスギルドの『フルタニユウト』様にお手紙ですー!!」


 赤い長髪で、軽い口調。

 なんかどっかで見たことある顔が飛び込んできた。


「タニフルさんいらっしゃいますぅー?! タニフルさーん!!」


 人の名前で遊んでんじゃねぇよ、ヴォケ。

 若干イライラしながらも、「はい、僕です……」と主張する。


「うおっ?!」


 こっちを見た彼は仰天する。

 なんだ、コイツは俺のこと覚えてくれていたのか。

 しかし、一番、印象が良くなかった相手だけに、ちょっと複雑なキモチ。


 「狐人間じゃん……! すっげぇー!」


 注目は俺の足元に転がる黄色い物体に向いていた。

 クズの飯島いいじま君も、俺のことを覚えてくれてはいなかった。

 鏑木かぶらぎは覚えてくれていると信じたい。


「あ、これどーぞ」


 飯島はしゃがんで、物珍しそうにテトを見たまま、俺宛ての封筒を渡してくる

 受け取った封筒を裏返した。その間、飯島の阿呆がテトに触らないよう、脚で妨害しながら。

 コイツが、ナノ単位でも触った瞬間、その顎を蹴り飛ばす準備が出来ている。


 安全を確保した状態で、俺は封筒の隅っこに差出人の名前を見つけた。


――メル・ヘーパイストス


 嫌な予感が。

 上の方を破って、中身を取り出す。

 そこには、カタカナで恐ろしく、短い命令が書きなぐられていた。





『イマスグキテ』





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