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YES/NO『青春デビューに失敗した人間が、異世界デビューを成し遂げられるか?』  作者: 志島踏破
第参章 君のハートをスチールっ★ 〜鍛冶職人系女子メルの依頼〜
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第四十七話 『私のものです。誰にも譲りません』

「うぁあー! 助けてぇ、助ヶてぇ!!」


 手錠を掛けられ、両脇をがっちり固められたメルがこっちに叫ぶ。


 ごめん、無理……。


 俺は両手を前に出しながら、苦笑い。こっちも窃盗容疑をかけられるのはごめんだ。


 彼女を連れて行く前に、長谷川の奴が俺をひと睨みし、「邪魔したら、アンタも共犯だから」と圧を加えてきたのだ。ようやく生活に慣れてきた矢先、そんな面倒ごとに巻き込まれたくはない。

 

「ごめんなさいー! ごめんなさいー!!」


 メルはわんわん泣きながら、謝るが餅田が「お、お話しは支部でうかがいますから、ね……」とたしなめて、彼女らは遠くへ行ってしまった。

 ふぅ、と俺はため息をつく。


「帰るか」


 メルが移送されたロイギル方面を見る。西日の差す方向に向かって、「ガンバレ」と何とも他人事な感想を吐いた。



 マックスギルドに着く頃には、既に空は闇が迫りつつあった。朱色が紺に侵食される様子は何だか嫌な予感を感じさせる。

 なんか、重要なことを忘れているような……。

 しかし、ついさっきのてんやわんやですっかり忘れてしまった。

 んー?と首を傾げつつ、ギルド入口の布を開く。


「ただいま戻りましたぁ――ってのわッ」


 突如、身体が浮上した。

 服の背中部分が引っ張られていた。そして、叩き落ちる雷のような怒鳴り声。


「ごらぁあああ! お前はテトちゃんになんしたとかぁぁぁぁ!」


「へ?」


 見上げると、すぐ間近に血管を浮かせたデイジーさんが。一瞬、赤鬼に見えた。……いや、般若そのものである。


「な、なな……」


 物凄い力に逃げることも出来ず、俺は言葉に詰まる。

 そして、彼女の口から出た『テト』という単語から全部思い出した。

 そうだ、俺はあいつに妙な勘違いをさせてしまう現場を見られて……、


「ちょっと待ってくださいッ! 誤解です! 誤解なんですッ!」


 今にも食っちゃらんとする迫力のデイジーさんに俺は弁解する。

 だが、彼女に聞く耳はない。


「ああん?! そんな言い訳が通用すると思ってんのかえ?!」

 

「ええ……いや、ホントですから」


 埒があかない。どうすれば……。

 と、そのときふと俺をぶら下げる巨体が揺れた。


「今日という……今日……は……ホン……マ……に……」


――どずーん!


 ゾウかよ、と突っ込みたくなるくらいの衝撃を起こしながら、デイジーさんは地面に落ちた。


「な、何が……?」


 ぎりぎり転倒に巻き込まれるのを回避した俺は、よろよろと立ち上がる。

 さっきまで血気盛んだったデイジーさんがいびきをかきながら、眠っていた。

 すると、頭を掻きながらこちらに近付いてくる男がいる。


「やれやれ、やっと薬が効いたか……どれだけタフなんだよ、この人は……」


 頭に緑のバンダナを巻いた、これといった特徴のない男。年齢は二十代くらいか?

 あまり手入れしてないのか、顎ヒゲがちくちく生えている。


「あんた……は?」


「なぁに、通りすがりの冒険者だ。そんなことより、お前さん早くあの子んとこに行かなくていいのか?」


 そう言いながら、男は親指で階段の方を指差す。バンダナに半分隠れた目を茶化すように緩め、

 

「女の子を泣かせるたぁ、情けねぇ話だなぁ」


と一言。


 少々、イラつく。だが、デイジーさんの魔の手から救ってくれたのも、この男なので何も言い返せない。

「どうも」と短く礼を言って、部屋のある階へと急いだ。



「テトー……ただいまぁ……」


 部屋の鍵は開いていた。つまり、例の男が言った通り、彼女はもう買い物から戻っているはず。

 中は随分と薄暗かった。ここは建物の陰になる部分で、夕方でも夜のように暗い。

 だから、僅かな日照を頼りに進む他ない。

 テトが、電灯を消しているのは就寝中だから、というのは希望的観測に過ぎるか。


 そして、不釣り合いに大きなベッドが占有する部屋に辿り着いて、俺は肩を落とした。

 足元には散乱した買い物袋。乱雑に脱ぎ捨てた小さな靴がふたつ。

 恐らく、帰宅してそのままベッドに飛び込んだのだろう。


 寝具の上には、こんもりとした山が出来ていた。

 裾野の方から狐尾が生えている。

 それだけで、毛布をかぶっているのが誰か分かった。


「寝てる?」


 部屋に踏み入ったとき、僅かに山が動いたので、起きていることは知っている。

 少しつついてみるが、無反応。無視を決め込む腹らしい。


 じわり。


 俺の中の嗜虐心が少し刺激された。

  

「起きてる?」


 今度は若干強めに突っつく。やっぱり無反応。


「そっか、そっか……」


 俺は呟くと、わざとらしく手荷物の音を立てた。中身を手近なテーブルに載せる。

 葉で巻かれたとある食べ物を皿に盛った。


「せっかくテトの大好物買ったんだけどなぁー。食べないんだったら、俺が平らげようかなぁ」



 たぶん、今彼女は想像もできない葛藤の中にいるのだろう。

 ひとり不機嫌を演出している手前、俺のこんなトラップを踏むわけにもいかない。その毛布を取り払ったが最後、厳しい態度は緩んでしまう。

 

「お酢が染みとおったヤツを買ったんだけどなー。美味しそー」


 わざと聞こえるように声を大きくする。俺が何か発言するたびに山が動くから面白い。

 だが、それでも彼女は耐え忍ぶ。


 俺はひとつため息をついた。さすがにここまでされると、もう手が無い。

 ならば、最後の手段――


「おりゃおりゃ!」


 俺は山に手を突っ込んで、くすぐった。


「……っ?! ……っ!!」

 

 小さな身体が無言で暴れ、くすぐり地獄から逃れようとする。

 少し可哀想だが、容赦はしない。

 一歩的な蹂躙に、とうとう彼女はベッドから転がり落ちた。


「……」


 ぼさぼさの金髪がふわりと重力に引かれる。

 俺はベッドに腰掛けたままその狐少女を眺めていた。

 さて、毛布という城壁を壊された主はどう動くのか?


 テトは俺に背を向けたままテーブルに寄った。

 そして、俺がお皿に盛っていた『油揚げ』を両手でもぞもぞ食べる。お腹が減っていたらしい。相変わらず食欲には忠実だ。

 だが、一番の好物を食べているにも関わらず、狐耳や尻尾は力なくへたっていた。

 計三つの揚げを完食したテトがこちらを振り返る。


 目元が少し赤くなっていた。たぶん、いや、間違いなく泣いていた。


 俺は女の子にこんな顔で睨まれた経験が無いため、言葉を失ってしまう。

 半ば目を逸らしてしまうが、テトのじとっとねめつける視線からは逃れられない。


 両者の間に重い沈黙が流れる。何か冗談でも言って場を和ませたいが、こういうときに限って碌なアイデアが浮いてこない。

 しかし、こちらから動かねば――そう思っていた矢先、テトが動いた。

 二歩と歩かず、俺の前に辿り着く。


「……立って下さい」


 小さな声。だが、断固とした命令。


「はい……」


 俺は一も二もなく了承し、身体を持ち上げる。

 テトがこれから何をしようとしているのか分からず、表情で探ろうと試みる。

 だが、長めな前髪に隠され、その意図はつかめない。


 突然、彼女が腕を広げた。重心が揺らぐ。



――ぎゅうっ



 静かな抱擁の敢行。

 頼りない細腕が必死に俺の身体を巻き取ろうとする。

 彼女は顔面を俺のお腹に押し付けていた。


 何も語らない。俺も口を開かない。というより、開けない。

 何も訊くな、と言われている気がした。


 暫く、彼女は離れなかった。俺も好きにさせた。

 だが、こちらも腕を回すほどの度胸はまだなかった。


――ゴトッ


 ふと、入り口の方から物音が。反射的にそちらを見ると、白黒のおっさん二名と見慣れたバンダナが一名。

 ずっと物陰から見物していたらしい。

  

 なんだ? あんなかっこいいこと言っていたわりにやってることは、それかよ……


 俺は不愉快な表情で彼らに「出ていけ」と目で指図する。

 だが、何を勘違いしたのか彼らはニヤっと笑んで、立ち去った。



 この後、俺が事の詳細をテトに説明し、全て誤解であったことを教えるのだが、そのときの動転具合といったら(笑)


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