第四十五話 『逮捕しちゃうぞっ☆』
「オイ、どうすんだよコレ……」
「いやー、どうしよっかぁコレ……」
俺とメルの足元には火釜から『救い出した』――うんにゃ――『掬い出した』モノが横たわっていた。
それが制服であることは辛うじてリボンが残っていることから分かるが、それでも最早着ることは出来ないだろう。黒焦げセーラー服というのは需要……ねぇか。
二人でうーん、とか唸っている間にも店の外からは「オイ、ごらぁ! 開けろやぁああ!」と巻き舌気味の怒声が響いてくる。その振動はまさに大地を揺らさんとする勢い。
ただでさえこんな状態の彼女にこの『お焦げ制服』を返却したらどうなるだろうか? キニナル。
「アンタ、俺にはカンケーねぇしって顔してるわね」
メルが眉を寄せながら、こっちを睨む。
「そりゃそうでしょう。俺は拉致られた被害者なんですからマスカラ。カンケーねぇし」
「さっき助けてくれたのは……」
「見返りを期待した」
「えぇ……クズじゃん」
唖然とする彼女に俺は今頃気付いたのかよ、と哀れに思う。
なんだ、俺が正義の味方かなんかにでも見えてたのか、コイツは。見る目がねぇな。
その点、中高時代の女子たちはちゃんとその辺よく理解していたと思う。
一部を除き皆、俺のことを『変態』か『童貞』か『ハンザイシャ』と思ってたみたいだからな。
全部当たってるよ、このクソ。いや、犯罪というのは七つの大罪のことですので、通報はやめてね? マジで。変態も最近は抑え気味だから。
……。
しかし、まあ童貞の方は一生卒業出来なさそうだ。
テトをそーいう不純な目で見るのは公序良俗的に云々(うんぬん)なわけだし、というかまず俺とテトは旅の仲間なだけで、それ以上でもそれ以下でもない。であるから、一生チェリー。
これは何だか社会人を生涯、卒業出来ないのと似ている気がする。
然るに、向こうの政府はいい加減世の中のモテナイ童貞クン達のために、若い女の子たちを派遣する介護サービスを実施すべきだと思いました。あああああ!(怒)
ふすーっ、ふすーっと鼻息を荒くする俺にメルは励ますべきか、貶すべきか迷うような微妙な表情を浮かべている。
「何だかごめんよ、君」
「そんな憐れむような目で見ないでくれ……」
『オイ、居るじゃねぇか』
ヤンキー女こと長谷川菜々子さんが鬼の形相で登場した。
「あ、すいませーん。勝手に入っちゃって……って、あ――」
長谷川の背中からBitch!こと餅田比奈が首をBitch?という効果音と共に伸ばした。そして、その間抜けな瞳が俺を捉える。その目は暫く開いたり縮んだりして――んん……?と首を傾げた。おい、まさか……。
「あ? 誰だよ、テメエ。この店の人間は女だけって聞いてたんだけど」
長谷川が全て代弁してくれました、ハイ。
いやー、名前忘れられるってこんなに悲しいことなんだね。いい経験になったよ、アリガトゥー!
けど、おっかしいなぁ。つい先日お会いしたばかりだと思うんですがね……。
彼女ら『リア充女』という生き物はやたらスイーツやブランドの名前は覚えている割に、俺のような爬虫類系男子のことはすぐ忘れてしまう。なら、俺も『HURUTANI』という社名で自分をブランド化すればいいのだろうか。たしかに、お洒落だ。パリコレに出品されてもおかしくなかろう。
「オイ、そこの。盗んだもん返せ」
長谷川がメルをじろっと睨む。餅田が彼女に追随するように「そ、そうだそうだ! なーちゃんの大切なものなんだからねっ!」と可愛く抗議してくる。
が、メルの「あァ?!」という威圧で餅田は、「うっ……」と委縮してしまった。
『盗人猛々しい』をここまで体現できる人間がいるとは……。被害に遭った餅田にちょっと同情。
因みに長谷川の方は片眉上げただけで、ビクともしていない。流石はヤンキー崩れ、メンチの切り合いには手馴れている。
「アタシの名前はそこのじゃねぇぞっ」
「あん? じゃあ、何だってんだよ」
険悪な女同士の睨み合い。早くこの場から逃れたい。っていうか、どうでもいいだろ……。なんでそんなどうでも良いことに拘んだよ……。職人気質ってやつ? メンドクサー……。
俺がげんなりしていると、メルはふっと笑った。
「退けい、ロイギルの犬よ。ここにおわす我をどなたと心得る」
何故かその態度は変に堂々たるもの。あれ、なんだろう……このセリフどっかで……。み、水戸……。
ふっふっふ、と笑いながら彼女は薄汚れたレリーフを服の内側から取り出す。
槌のようなものが模られていた。
ソイツを長谷川と餅田の前に見せびらかしながら、
「この紋所が目に入らぬかっ?! 我は恐れ多くも、かの偉大なる神技師ヘーパイストスの末裔、メル・ヘーパイストスであるぞッ!」
と朗々と名乗った。
しーん。
長谷川が隣の餅田にぼそっと尋ねる。
「ヒナ、知ってる?」
「ん、分かんなし」
そんなやり取りを交わした二人は何故か、俺にチラッと視線を寄越す。ワシも知らんがな。
「あ、アレ……?」
メルのとびっきり決めたドヤ顔が不意に崩れる。
彼女を取り巻く視線はかなり痛々しい。そりゃそうでしょうよ。
知らない人からいきなり「俺は偉いんだぞ! だから敬い崇め奉れ!」なんて怒鳴られてもこっちとしては困惑するだけ。ともすれば、頭のオカシナ人だと通報しちゃう勢い。
「ちょっ、えっ、嘘でしょ?? あの、ヘーパイストスだよ? ねぇ」
「なんか知んねぇけど、さっさと私のセーラー返せよっ! あれは大事なもんなんだよ!」
声を張る長谷川。どうやらそのまま流してくれたらしい。俺ならそのネタで数時間はイジる。案外、優しいのかも。
と、餅田が長谷川をツンツンと叩く。
「あ? 何、ヒナ。今大事な話を――」
「なーちゃん、あれ……」
震える声で餅田が指さしたのは、メルの後ろで横たわっている残骸。
乙女を女子高生たらしめるものである大切なコスチュームの破片だ。
「ヒナ、アレだして」
「うん」
沸点を突破してしまった長谷川の顔からは表情が消えていた。
餅田がロイギルの制服の内側から取り出したのは、二つの鉄の輪。いわゆる『手錠』ってやつ。
ガチャーン!
メルの両手首に冷たい拘束具が取り付けられた。
「え? え? え?」
未だ困惑覚めやらぬメルは俺に助けを乞うような目を向ける。俺は瞑目して、首を横に振った。
「じゃ、じゃあ行きましょうか……」
餅田が自分の上着を脱いでメルの頭の上にかけた。
――メルが、メル被告になってしまった……。