第四十四話 『ロイギルの逆襲』
――死んでない。
それは未だバクバク唸る心臓の動悸で把握した。
恐る恐る目をこじ開ける。
「ア……!」
すぐ目の前で剣が刃を自分に見せていた。まさに紙一重の距離。
すんでで斬撃は防がれたのだ。何に?
シールドに。
身体表面に蒼い電流が走った。薄い膜のようなものが張り巡らされ、その防御の陣と白刃がぶつかっていた。
「なっ……!」
俺に剣をぶち当てた男が信じられない、という驚きの表情をつくる。だが、それ以上に驚愕していたのは、こっちのほうだ。
制御、できてる……?!
なれば、とダメ元でまたも念じる。
『吹き飛ばせッ』
瞬間、俺が目を向けた男の身体から重力が消えた。ぶわり、と巻き上がったかと思うと、彼の身体は路地奥の樽山に突っ込んでいた。
「なァッ……!」「ま、魔術師……」
残りの二人は俺を見て、開いた口が塞がらないらしい。が、それ以上に仰天していたのは、俺。
出来る……?! コントロール出来るっ……!
そこからは圧倒的な蹂躙劇だった。
一人はハリポタみたいに宙を舞い、数メートル近く吹っ飛び、もう一人は地面から出現したゴーレムの腕で壁に叩き付けられた。全部、俺の指令通りに起こった怪現象である。
アインズ様もこういう気持ちだったんだろうか?とその時ふと思った。
「お、おのれ! 貴様らただで済むと思うなよっ」「今日の所は勘弁しといてやる!」「置いてかないでぇええ」
雑魚敵にありがちなテンプレ捨て台詞を残して、彼ら三人は逃げて行った。
ふぅ、と呼吸を整えると、尻餅をついたメルに手を差し伸べた。彼女は、目を丸くして、じーっと俺を見上げている。
「おーい、大丈夫か? お前」
「え、あ、うん――あり……と……」
「んぁ? 何?」
語尾が上手く聞き取れず、問い返す。が、彼女は、「なんでもないっ」とそっぽを向いてしまった。
その横顔は妙に赤かった。
※
「……けど、ちょっと驚いた」
炎を溜め込んだ鉄釜の火を調整しながら、メルは呟いた。
気温五十度はありそうな熱赤外線飛び交う作業現場でも彼女は顔色ひとつ変えてない。
対して、俺は風通しのよい窓の近くで涼みながら、「ああ」と答えた。
彼女が何に驚いたのかは言うまでもない。つい先ほどの乱暴者たちを撃退した魔術のことだろう。
「無属性の魔法を扱える人って私初めて見たよ」
そう言うと、彼女は俺の方を振り向いた。無属性とは、先のシールドや浮遊を引き起こした魔法のことであろうか。勉強になる。
「そんなに珍しいのか?」
俺が問うと、メルはゆっくりと頷いた。
「珍しいも何も万人に一人しか発現出来ない高等魔法だよ。というか、なんでアンタ、こんなさびれた町にいるの?」
不思議で仕方ない、とでも言わんばかりに彼女は眉を顰める。
と、言われてもねぇ……。
今の俺があるのは殆ど成り行きみたいなもんだ。ただ、その途上でテトみたいな大切にしたい仲間と出会えたのは幸運だったと思うが。
「ま、どうでもいいだろ! そんなことよりさ――」
話を切り替えるように俺はオーバーにジェスチャーを作る。
『可愛い女の子がいるから、この街を動けませェーん!』なんて言えたもんじゃないし。
もしかしたら、テトは「どこへだって付いていきます!」と言うかもしれないが、マックスギルドに加入してしまった以上、暫くはあそこの冒険者として活動せねばならない。それに、デイジーさん曰く、「あ、言い忘れてたけどウチと契約した以上、暫くは解約できないかんね」とのことらしい。消費者庁もビックリの後だし条件、なんたる悪徳商法か……。
メルの不審げな目線から逃れるように俺は話を逸らす。
「――メルは何で俺をここに連れてきたんだ?」
「え……?」
俺の質問に彼女は炉に薪をくべていた手を止め、そして、思い出したように「あ!」と大声を上げた。
「そーだよっ! 何の為にアンタをここまで引っ張てきたか忘れてたわ!」
「え……あ、お……おう」
思った以上に食いつきの良い反応に俺はたじろぐ。
だが、そんな俺を気にも留めず、彼女はどたどたと別の部屋に走り去り、「なんだ……?」と理解する間もなく、戻ってきた。
「ほらこれ!」
彼女が俺に突き付けてきたのは、二ペアのブレザーとシャツ。
胸元に同じ校章が入っていて、片方が半袖、もう片方が長袖のシャツという所以外は全く同じであった。
半袖は、例のヤンキー女が着ていたので、長袖の方はメルが自分専用に裁縫したのだろう。
そういえば、向こうとこっちでは季節が逆だったな……。
「あんた、さっきアタシが盗んだもの着てるとか言ってたでしょ? けど、コレ見たら分かるよね??」
非難するような顔で彼女は距離を縮めてくる。
「あ……お、おう。なぁるほどね、悪かったって」
正直、そんな発言とうに忘れていた。だが、どうやらそれはメルにとっては耐えがたい侮辱だったらしい。
だから、あんなに怒ってたのか……。
俺は彼女に殴られたときの激痛を思い出して、ぶるっと震えた。
苦笑いで誤魔化そうとするが、彼女の目付きは厳しい。
「ホントに分かったの?」
「おう。お前のことなら全部理解したぜ」
「嘘くせーなぁ」
おっと思ったより敵は手ごわい。
テトがレベル1だと、こいつはレベル10くらいはありそうだな。
それなら、と更なる弁舌を巻こうとしたが、彼女は「ま、いっか」とあっさり引き下がってくれた。
ぺしっ
俺の頭が軽くはたかれる。
「さっき助けてくれたから今のでチャラ!」
悪戯っぽく笑む彼女に我ながら、少しドキッとしてしまった。
二つの制服を肩に引っ掛けて白い歯を見せる彼女に、俺は問う。
「で? 失敬した方の制服はどうすんだ?」
「んー? ああ。もちろん返すよぉー」
「早めにな。じゃねぇと、あのヤンキー女何しでかすか――っておいそれっ?!」
随分メルの後ろが明るいなーと思っていたら、彼女が持っていた制服が燃えていた。
「――へ? あっ?! なんで!」
メルはどんどん炎を大きくする制服片手に狼狽する。たぶん、作業場に飛び交う火の粉が引火したのだ。
「おいッ! 地面に捨てろ!」
「無理ッ、汚したくない!」
「ハァ?! んなこと言ってる場合か! 早く鎮火しねぇと!!」
「熱っ! 熱ぅっ!!」
メルが悲鳴を上げると同時に女子高生の制服が二着宙を舞った。
それらは綺麗な上凸の放物線を描いて、着地――否、地獄の窯に吸い込まれた。
『ぎゃああああ!』という悲鳴が聞こえてきそうなくらいの火炎が膨れ上がる。
「「……」」
俺とメルは唖然と制服の断末魔を聞いているしかなかった。
――どんどんどん!
「おいッ?! 制服ドロボー居るかぁああ!! 出てこいやぁああ!」
折悪く、玄関から誰かの声が轟いた。それは口調の端々に怒りが滲んでおり、どっかで聞き覚えがあるなぁと呑気に考えるまでもなく、ロイギルの例のヤンキー女だった。