第四十一話 『すちーるぱーんちっ!』
「オイ。追い出されちまっただろが、コノヤロー」
「うるさいなー。さっきごめんって言ったでしょ」
アデレイドの中央道を俺とメルは歩きながら、口喧嘩。
ついさっきまでごっつい店主に放り出されたカフェの前にいたが、通行人の目が痛かったのでそそくさとその場から離れたのだ。因みに、今はストリートを下っている。
人混みが激しくなってきた。そろそろ帰りたい。
「よぉー、メル。俺もう帰っていいか? 大体聞きたいことは聞けたし」
「へぇー、なんか知りたいことでもあったの?」
周囲の喧噪が激しいので、二人とも若干声を張り気味にせねばならない。
「ああ。その制服のヒミツとかなー」
ぎくり、と聞こえた。やっぱり、メルの顔が青ざめた。
ここまで分かりやすい反応を示されると、実に面白おかしい。
案外、表裏のないイイヤツなのかもしれない。なし崩し的に。
「な、ななななんのことかね? フルタニくん」
動揺で語調の震えるメルに、俺は口の端を上げる。彼女を指差して、指摘した。某少年探偵の如く。
「お前、その服、盗んだな?」
彼女の口がぽっかり開く。そのまま動かない。
俺は、ようやく謎が氷解したおかげで、かなり気分が良かった。こう、なんというかルービックキューブの六面を全て揃えられたときのような爽快感がある。
まあ、一面しか揃ったことないから分かんねぇけど。
俺の推理はこうだ。
まず、一昨日。すなわち、俺が異世界転移された日のこと。一緒にこの世界にやって来た高校生らが居た。
男が二名、女が二名である。
女たちは勿論、制服でリアルからこちらに渡って来ていた。
そして、その四人がロイヤルギルドの門戸を叩くまでの途上、おそらく多くの人目にさらされたことだろう。
俺だって沢山の奇異な視線を受けた。だって、どう考えてもこの異世界には、現代服を着ている人間はいやしないんだから。
人々が彼ら彼女らの制服に驚きを覚えたのは言うまでもなかろう。そして、中にはその服に新鮮な魅力を覚えた者だっているに違いない。
どんな手段を使ってでもそれが欲しい、と思う人間も居たかもしれない。
そして、たまたまその魅力に取りつかれてしまった女が、鍛冶場の職人で、長い黒髪で、まあ美少女だったってこと。
それこそが、ことの真相。衣装を自分で作ったなんて真っ赤なウソ。
真実は、盗んだ相手の服を図々しくも自分が使っている、それだけのことだ。
なれば、被害者の目から逃れようとした盗人の行動も理解できようもの。
全てが繋がった――
――所で俺は殴られた。
ドザザァァァァア!
「……?! ……?!」
仰向けに倒された俺の視界には、建物群に切り取られた綺麗な晴れ空が広がる。
遅れて、鼻の下あたりに違和感が。拭う。見る。鼻血だ。
鋼を鍛え続けることで養われた強烈な右ストレートが俺の鼻面に飛んだのだ。
ふと、視界に影が降りる。その主は長い黒髪を垂らしながら、何やら額に筋を立てている。
口元が引き攣っていた。恐いなぁー。
と思った瞬間、胸倉を掴まれ、無理矢理持ち上げられる。
信じられないことに、ほとんど身体が浮いていた。
鍛冶職人メルはそのまま俺を建物の壁まで引きずっていく。背中が壁に当たる感触を覚えた。むんずと服をつかむ腕の握力は凄まじく、まったく外せそうにない。
っていうか締まってる! 締まってる!
「ぐええ……」
とカエルみたいな断末魔を上げて鼻血をブーたれている俺に、メルは滅茶苦茶顔を近付けてくる。ともすれば、彼女の息遣いが鼻にかかるくらい。
いまさら通りかかったのか、何も知らない奥様方は、「あらあら」「やぁねぇ、昼間っから」「若いわねー」と何とものんびりした会話をしている。
どうやら彼女らの位置からはメルが無理矢理、俺にキスしているように見えているらしい。
しかし、当事者としては今すぐにでも誰かに止めて欲しい。
コロされる……
俺の腹部には何処から取り出したのかも分からない『バールのようなもの』が押し当てられていた。
SAN値がピンチである。
一歩でも動けば、ドスリだ。クリスマスを控え、すっかり浮かれ気分のこの街で凄惨な殺人事件が起こっちまう。
「アタシが盗品を着込んでいるってぇ?」
「違うんすか……?」
「ちげぇよ……!」
メルの顔は真っ赤になっていた。対照的に、俺の顔面は真っ青。
もう息が……アレ、視界がぼやけ……
身体からストン、と力が抜けた。それを認識し、段々地面が迫って来るのを感じた時、俺は視界の端に黄色い影を捉える。
小さな身長に、長い金髪。そして、大きな尻尾に、ケモ耳のきつね少女――
――テトがあんぐりと口を開けて硬直していた。
そのポジションはついさっき女性たちがいたところ。
つまり、ちょうどメルが俺にキスしたかのように、見える位置だった。
「ごかい……だァ」
そう呻くと同時に、俺の意識は途絶えてしまった。
次回、『メルの私宅にて』