第四十話 『くっさ』
「よー、昼飯どーすんよ? ツカサー」
赤い髪の長髪男、あれは飯島淳平。やたら軽々しい喋り方が特徴の男だ。
彼は、隣を歩く背の高い青年に肩を回す。
俺は、鬱陶しそうなそのボディータッチにイラッとくるが、黙って様子を眺める。
「そうだなぁ。まだこの世界に来たばっかりだし、色んなものが食べたいよなー」
のんびり建物の並びを眺めながら、そう返すのは、金髪スポーツカットのイケメンボーイ、鏑木司クンだ。S級コミュスキルという驚異の能力持ちである。
『やっぱ何度見てもイケメンね……』
俺のすぐそばで同じくのぞき見に興じるメルは、ぼそっと呟く。
そりゃまあ、たしかに。俺みたいな冴えない男じゃ、逆立ちしたって勝てない野郎だ。
ハンカチでも歯で食いしばったらサマになるかな?
っていうか今、『何度見ても』って……
俺は、眉をひそめてメルの横顔を見た。彼女は俺の視線に気付きドキリという顔をつくる。誤魔化すような咳払いをした。俺の不審が確信へと変わった。
ははーん、制服のヒミツが分かったかもしれない。この後の白状が楽しみだ。
うろうろ視線を彷徨わせて動揺を隠しきれない彼女を尻目に、俺はまた観測に戻った。
「つーか、ないわ……。いや、ホントまじないわ……。っはぁー、犯人見つけたらタダじゃおかねぇー」
「ま、まあまあ! 気にすることないよ、なーちゃん! それにロイギルのこの制服も悪くないし!」
額に険を寄せながら、怨嗟の声を上げているのは、長谷川菜々子。焦げ茶の髪にグネグネパーマを当てている。たぶん、中学時代に全中のテッペンを取った偉業とか持ってそう。
そして、そんな彼女の横で必死に機嫌をなだめようとしている女が餅田比奈だ。薄い茶髪をストレートに流し、前髪をヘアピンで留めている。知性をおっぱいに吸収されてしまった愛すべき巨乳女である。
長谷川は、隣で健気に愛想笑いを浮かべる餅田をジロッと睨む。
「つーか、アンタ窓際で寝てたんでしょーが? なーんで、そっから入って来たドロボーに気付かないワケェ?」
「い、いや……ごめん、寝てたから分かんなくって……」
そう答えると、餅田は人差し指をつんつんやって「ごめんね、ほんとごめん……」とうつむく。
「……」
委縮してしまった彼女を見て、飯島が何かもの言いたげな顔になったが、行動には移さない。長谷川が相手だとどうも強く出られないらしい。俺に対しては、かなり攻撃的だったくせに。
長谷川は、しおれた餅田を見て露骨なため息をつく。
「はぁー。ヒナってさぁ、いっつもそうやってすぐ謝るから、本当に反省してんのか疑っちゃうんだよねー。なーんか嘘くさいっていうか……」
その言葉に餅田の顔が凍る。
『アタシ、ああいうヤツ嫌いだな』
メルが机の脚を握ったまま一言。
誰のせいだ、とツッコミを入れたくなったが、その意見には賛成。俺も何でもかんでもすぐ他人のせいにするようなヤツは嫌いだ。そういう人間は自分は良いかもしれないが、周囲にとっては害悪以外の何物でもない。簡単に言って、不愉快だ。
だが、今の俺の口元は少しばかりひずんでいた。
いいぞっ! つぶし合え!! そのまま仲間割れするんだっ!
もし、仮にこの一件で奴らが仲間割れしたらそのときは大チャンス。
あのおっぱい美人を我がパーティーへと組み込むのだ。それこそは念願のハーレム結成への第一歩となる。
しかし、そんな俺のワクワクを裏切るように、彼女らの会話に割って入るものが。
「はい、そこまで。なーちゃん、良くないよ? 他人のせいにするのは。ひなだってワザとじゃないんだよ?」
鏑木が少し屈んで、長谷川の口の前に人差し指を立てる。
すると、彼女は口を引き結び、ふ、ふんっ!と踵を返し先を行こうとする。が、鏑木に腕を掴まれて引き留められた。
「こら、逃げるな。ひなに謝りなさい」
「だ、だって……」
いくら喧嘩上等、夜露四苦ヤンキー女でも男の腕力からは逃れられない。
途端に女の子っぽく、顔を俯かせてしまった。たぶん、これが俺だったら、「触んな、ゴミ」とかきっついこと言われちゃうんだろうなー。
世の不条理に俺が負のオーラを拡散していると、隣にいたメルが少しこっちとの距離を取りやがった。彼女の顔には、『うわあ……』という明らかな忌避感が現れている。長谷川のヤツもだいぶだが、コイツも大概だな……。
「ツカサがチューしてくれたら、謝る……」
『?!』
そんな声が聞こえて、睨み合っていた俺とメルは同時に目を瞠る。
慌てて外を見れば、唇を尖らせて頬を紅くした長谷川が視界に入った。鏑木の方はというと、困ったような笑みを浮かべている。飯島と餅田も呆気にとられていた。
鏑木は、断るだろうな、と思った。だが、彼は頬を指で掻きながら、
「え、と……そうしたらひなに謝ってくれるのか? なーちゃん」
と問う。長谷川はコックリと頷いて肯定した。
鏑木は肩で少し嘆息し、彼女の両肩を握った。ピクッと長谷川の身体が震える。
彼の唇が一気に彼女の頬に近付き、刹那のキス跡を残した。自分で頼んでおきながら、長谷川の頭は爆発していた。
『チィッ!!』
珍しく俺とメルの反応が同期した。
いきなりラブシーンを見せつけられた飯島と餅田はだいぶ気まずそうにしていた。
こんなときはスルーしておくのが、賢いやり方だと思うのだが、愚かな飯島は餅田に、
「俺たちもやっとく……?」
「ごめん、ムリ」
とすげなくフラれた。若干、スカッとした。やっぱ飯島はキョロだわ。けど、ケッコー好き。
「ごめ、ひな。もう言わない」
ついさっきまで餅田を非難していた手前、素直になれないのか長谷川は顔を横に向けたまま謝った。ツン、としながらではあるが、そういう彼女の性格をよく知っているのか、餅田は、
「うんっ!」
と顔をほころばせた。
ここで、「土下座しろ」と言えば百点満点だったろうに。マイナス91点。けど、胸デカいからプラス20000点だな。あ、長谷川のカスは完全に赤点な。けど、ツンデレ要素が少々萌えるので、罰として俺の放課後授業だぜ。あのお高いプライドをボロクソに貶めて、俺の犬にしてやりたい。
妄想している内に彼らは、適当な店に入って見えなくなってしまった。
「ふぃー、やれやれ」
メルがクロスを上げて、猫みたいにテーブル外へ這い出る。俺も自分の席に身体を出し、椅子の背もたれに深々と体重を預ける。
「俺、どうもああいう連中は好きになれん」
腕を組みながら、そう感想を言った。
すると、メルも苦笑しながら、頷く。
「まあ、分からんでもないわねぇー。アタシだったら、あんなクソ女、工具で殴ってるけど」
「冗談に聞こえないから、笑えねー」
あっはっはっは、と互いに笑いあっていたとき、俺たちはテーブル脇の人影に気付いた。
「お・きゃ・く・さ・まぁ?」
青筋を浮かせた店長らしきオッサンがそこに立っていた。
俺とメルは顔を見合わせ、首を傾げる。
どうしたらよいか分からなかったので、取り敢えず、
「あ、飲み物お替りお願いします」
「アタシもー」
空っぽのコップを彼に押し付けた。
なぜか俺達二人は店から叩き出されてしまった。