第三十八話 『スクールガール・イン・アナザーワールド』
田舎町アデレイドでも中心街は活気に溢れている。特に商業街をド真ん中にぶった切ったメインストリートは、人通りが多く雑多な喧噪に包まれていた。
そんな人海を裂くようにして、堂々と足を運ぶ女が一名。黒ロングのストレートヘアーをなびかせながら、颯爽と地を駆るかの如く、彼女は風を切る。
そのロケット弾の如き前進にわらわらと行き交う人々は自然と道を譲っていった。そして、横目にその背中を見送っては、連れ合いと彼女のことを後ろ指差し、
「おい……なんだ、あのカッコ……?」
「ああ、アイツだろ……ほら、裏通りでやってる鍛冶屋の後継……」
「また、トラベラーの真似ごとかよ。飽きねえよな、あいつも……笑」
あっちでこっちでヒソヒソ、ひそひそ。だが、彼女に気にする素振りは全く無く、ガン無視くれている。
女の目的はただ一つ。
今日は石売りの店にかなり質の良い素材が入った、という噂を聞いたのだ。
この街随一の鍛冶場を治める彼女としては、同業に取られる前に手に入れておきたかった。
『ぐうぅー……』
腹が鳴った。彼女は自分のお腹を押さえて、
「なんか食っとこっかなー……」
とつぶやく。
その真っ黒で大きな目で空を仰げば、太陽はもう天頂部に達していた。時間的にも頃合いだ。
道向こうのレストランに目を向けた。屋根、柱、テーブル、椅子、全てがウッド製の店内には、今は木の匂いでなく香ばしい料理の匂いが漂っている。
「うまそうですなぁ」くぉおー……
それに追い打ちを掛けるように、腹の虫が鳴る。ゴクリ。
だが、そんな餓えた顔つきの彼女は店前の行列を目にした。
家族連れやおひとり様、そして、カップル……。その男女たちは二人で何事か楽しげに話し、くすくすと笑いあっていた。
「はぁ……いいな」
もうすぐクリスマス。
だというのに、未だ彼氏の一人も出来たことのない彼女にとって、それは届かぬ幻想。
すぐ脇にあるショーウィンドウを見た。何だか泣きそうな、情けない顔をした少女がこっちを見返す。
別に顔は悪くないのに。少々、前髪の乱れが気になり額に手をやった。
その瞬間、自分の手からツンとした臭いが鼻をつく。鉄工所でついた鉄と油の臭い。
悪臭というほどでもないが、たぶん自分が男たちから避けられる理由はこれ。
今日は仕事終わりにシャワーも浴びず、出てきたので余計にきつい。それに、家に置いてある外着も長年の積りか、鉄の錆びっぽい臭気が染みついている。
「鉄系女子って需要ないよねぇ……」
彼女は呟くと僅かに肩を落とした。
肩にかけた大き目の鞄(因みに、手製)から継ぎ接ぎだらけの財布を取り出す。
チョリーン、という頼りない音を上げてヴァーツ銅貨が何枚か。
とてもじゃないが、レストランで洒落乙にランチなんてきめられる懐具合ではない。
今日も今日とて、路傍売りされている大特価型落ち果物で我慢だ。
ただでさえ、下がっていた肩がさらに勾配を大きくした。
※
「なーんで、20ヴァーツも値上がりしてんのよーっ?!」
テトに頼まれたお遣いの帰り道。
俺は道先でヒステリックに八百屋の店主に詰め寄る女を見た。
目を三角にして怒鳴るその姿には、周囲の人間たちも眉を顰め囁き合っている。
店主は冷や汗を垂らしながら、「いえ、ですから先日の風の大魔術の影響で、輸送が遠回りになりまして、その分の費用がですねぇ」となだめにかかるが、女は全く聞く耳を持たない。
それどころか、店主の胸倉を掴み、
「ああーん?! んなことアタシが知るかっつーの!」
と口をへの字に曲げる。
俺は先を急いでいたので、さっさと歩を進めた。面倒ごとは御免こうむる。風の魔術なんて俺も知らん。まったく、誰だろうな? そんな魔法で迷惑行為を働いた奴は。信じられんよ、うん。
俺は、そのまま喚いている女子高生の後ろをエアーの如く通り過ぎ――
――立ち止まった。
待て? 女子高生だと?
上半身を半回転させ、振り返る。
カッターのシャツに紺のブレザー。そして、ブラックのミニスカに、胸の辺りには赤のリボン。ロングの黒髪と肩脇に抱えた通学鞄らしきものがよく似合っていた。
どこからどう見ても日本の女子高生である。そんな少女がファンタジーな世界でファンタジックな亜人店主を詰る光景は何ともカオスを感じさせる。
「だいたい、こんなのにそんな金使ってたら、鉄器の材料が買えないでしょーがぁ?!」
「そ、そそそ、そっちの事情なんて知りませんよー……。私だって商売なんですからぁ」
「商売仲間ならァ! 身内に優しくすんのが筋ってもんだ――」
「あのぉ、すんません」
件の女子高生が暴論を吐ききる寸前で、俺は彼らの間に割って入った。
女に、ファストフードバイトも真っ青な営業スマイルで尋ねる。
「お金が足りないんですか? 20ヴァーツあればいいんですよね?」
「んぁ? あ……ああ。うん……え?」
さっきの勢いが嘘のように萎み、彼女は俺から顔を逸らして頷く。だが、俺の言葉尻に何やら驚きを覚えたらしい。
急に羞恥し始めた彼女に俺は若干の肩すかしを覚える。しかし、八百屋の店主に金を幾らか差し出した。
店主は目を点にして、唐突な闖入者を見ている。
だが、すぐに我を取り戻して、毎度ありのお礼と共に何個かの果物を布にくるんだ。
「ほれ」
俺は、店主から受け取ったそれらをまとめて女に渡す。
すると、彼女の瞳孔が広がり、眉が上がった。
「い、いいのか?」
オトコみたいな口調で訊いてくる。外見に似合わずボーイッシュタイプの女のようだ。
「ああ、別にこんくらい? はした金だし。ま、後で見返りは貰うけど……」
色々と訊きたいことがある。一体、どこから来たのか?とか。同じトラベラーなのかの確認もしておくべきだ。やはり、異界においては同じ境遇にいる者と知り合っておくのは、強力なカードになる。
俺は彼女の全身を足元からてっぺんまで細かく目を配っていく。
肌が飛びぬけて白いことを覗けば、美人な日本人女性である。年齢は多分十代くらい? にしても、えらく制服姿が似合っている。まるで、ついさっきまで電車で通学中だった高校生女子をそのまま異世界転移させた、そんな風貌だ。
「ちょっと、あんまり見ないでよ……」
じっくりと観察する俺の視線が気に障るのか、彼女は細い前髪をいじって唇を尖らす。
そして、伏せ気味な目をすっと俺の方へ向けた。
何だか不審がる表情。アレ、なんでこの子、こんなごみでも見るような目つきになってんの?
頭に浮かんだ疑問は、自らにとある嫌疑が向けられていると悟る。
果たして、その疑いとは……
「ってか、見返りって……。アンタ、もしかして、エンコー?」
彼女は小声で尋ねてきた。
瞬間、ピキッと頭が切れる。ホント、女子高生って奴らは頭の中がパンケーキとフラペチーノでしか出来てない。恩知らずにも程がある。だから、俺は、
「ちっげえわ!」
と怒りの大音声を轟かせるのだった。