第三話 『俺氏、またしてもハブ』
「揃ったようじゃの!」
唐突に俺たちの上からしわがれ声が降って来た。声に反応する形で俺たち五人は皆、上空を見る。
しかし、今思ったのだが、現実世界で「~じゃ」などという喋り方をする老人を見たことがない。
つまり、今までの俺の経験則から帰納的に考えて、この声の主は現世の人間ではあるまい。
そして、この神聖な雰囲気漂う場所とを勘案するに彼こそ大本命。この天界の主だ。俺は期待に胸膨らませて上空からゆっくり降下する者を視界に捉えた。
一人は白いローブに身を纏い、右手には大きな木杖。長い顎鬚が風に揺らされ波を作っていた。おそらく、この人が神様だろう。如何にもな風体だ。
そして、彼と共に隣に並んで舞い降りてくる者がいた。
その人物は毛先のパーマがかった茶髪を後ろになびかせている。服装は白シャツの上に1ボタンの紺ジャケット、下は同色のタイトスカートという出で立ち。
ニーハイが美脚のラインをこれでもかと誇示していた。
――つか、どう見ても、大学帰りに電車とかでよく見かけるOLじゃねぇか。こいつも俺たちと同じ口か?
――お、パンツ見えた。黒のガーターですか。良い趣味してんじゃねぇか、グヘヘ。
俺が怪訝な顔をしているうちに神様とOLは高度を下げ終わり、地面に降り立った。
「ラクス様。当初の予定より10分遅れております」
「うむ……」
化粧品か焼き菓子みたいな名前の神様だ。こういう名前はもっと萌える女神様にこそ相応しいだろうに。
OLが神経質そうに縁なし眼鏡をくいっと上げる。
今のやり取りで分かったが、どうやらこのOL、神様の秘書とかいう立場らしい。
元来、神様の遣いと言うと天使がやるものだが、この女、全くメルヘンチックでない。
というか、リアルに忠実過ぎるくらい上手く再現されている。近頃は、天界にも資本主義的価値観が蔓延しているのだろうか。
天界はさすがにホワイト運営だよな……。
俺が一抹の不安を感じていると、
ラクスという名前の老人が重々しく口を開く。威厳のある渋い声が流れ始めた。
「揃ったようじゃの。よく来おった。勇者ツカサ、ヒナ、ジュンペイ、ナナコよ」
『勇者』という単語に俺たち五人は皆、頭を捻ったが、その後に呼ばれた名前の所で俺だけ頭を二度捻りした。
っていうか、今完全に俺の名前言い忘れただろ。
俺はラクス様とやらを不満げに見つめるが、彼は全くこちらに気付いてない。
目線は自分の持つ原稿のようなものへ。あんたは報道アナウンサーかよ。
「あ、あの……勇者って何の話でしょうか? っていうか、いきなりこんなことになって色々と訳が分からないんですけど……」
鏑木が皆の疑問を代表をするように質問した。出来れば、俺の名前が飛ばされた点にも突っ込んでほしかったが。
「それはこれから私が説明します」
OLが仕事人然とした態度で彼の問いに答えた。
彼女は細い目で彼ら四人の顔を一つ一つ眺める。何故か、俺だけ視線を外された。
……おい、完全に空気扱いかよ。まあ、慣れてるんだから良いけどよ……。はあ、涙でそう。
「貴方がたは先ほどの事故で亡くなりました」
OLが極めて事務的にそう告げた。リア充四人組の反応は様々。
鏑木と長谷川の反応は薄い。肝は据わっているらしい。
飯島は「まじ……?」と顔を青ざめさせる。
餅田は「ひんっ!」とかいう可愛らしい声を上げた。結婚してくれ。
さて、俺はと言うと、特にその事実に感慨を感じたりすることはなかった。ベタっぽい言い方をすれば、現実に未練などなかったからだ。
早く綺麗な姉ちゃんとニャンニャンしたい、それしか頭になかった。
そんな思い思いの想いを抱えつつ、俺たちはOLの話に耳を傾ける。
「さて、本来であればあなた方は輪廻の理に従って、来世への転生を約されますが、今回は特例の案件です。まず、あなた方は個々に与えられた寿命を全うしておりません。にも関わらず、生まれ変わりを敢行するのは天界規定第9条に抵触する行為です」
彼女はよどみなくつらつらと分からぬことを述べる。まるでドラマによく出てくる女弁護士だ。俺はこの手のキャラはあまり得意ではない。
何故なら、小学生のとき、クラスの委員長的な女子にクラス会議で俺の遅刻を弾劾されたから。丁度、今目の前に居るOLみたいヤツだった。
——ああ、思い出しただけで泣きそうになる。同窓会なんて一生行かねぇ。あのクソ眼鏡
まあ、でもハイヒールで踏まれながら罵ってもらえる場合はこの限りでない。By 古谷憲法第5条。
「では、僕たちはどうすれば宜しいのでしょうか?」
さっきからずっと黙って話を聞いていた鏑木が口を開いた。さっきまであんなに戸惑っていたのに、もう落ち着いている。やはりコミュ値マックスキャリーオーヴァーは伊達ではないらしい。
彼の発言を聞くと、OLクソ眼鏡の銀縁がキラリと光った。
「魔王を倒していただきたいのです」
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長いOLの魔王うんぬんかんぬんの話が終わった。因みに、俺は弁慶の如く立ったまま死んでいた(寝ていたとも言う)ので内容は聞いていない。
鏑木と長谷川は目を丸くしている。飯島は瞼をしばたたかせた。餅田は何言ってんだコイツ、という微妙な表情を浮かべている。俺は屁を我慢していた。……やべ、ちょっと出た。
と、ここでラクス様が俺に視線を向けた。怪訝そうな表情。屁の音を聞かれた、という訳ではなく、どうもたまたま彼の視界に入ったらしい。
今頃、お気づきになられましたか、神よ。我こそは古谷悠人でござい。名前を飛ばすとはこれ如何に?
ふむん、と若干ドヤ顔気味の表情を浮かべると、ラクス様は益々、眉を顰め、皺を寄せる。
「ときに、おぬし……。ぬしを呼んだ覚えはないぞ?」
「へ?」
間抜けな声が出た。
呼んだ覚えは無いぞ、よんだおぼえはないぞ、ヨンダオボエハナイゾ……
頭に反響する声。その声に呼び覚まされるようにして甦るは小学6年生のあの記憶。
友達の家にて皆で遊ぶことになり、嬉々と訪ねたら、家主の佐藤君に「えっ? 呼んでないけど……」って当惑された甘酸っぱい青春の思い出。
どうも自分はナチュラルに集団からハブられる体質らしい。(因みに、この特性を俺はTHE 村八分と呼んでいる)
気付くと、ラクス様がまるで酷く憐れな生き物を見るかのような目になっていた。
……おいおい。リア充達まで同じような目つきになってんじゃねぇか。
なんなの? 君ら。
空気に流されないと生きていけないの?
鯉のぼりかっつーの。
「ちょっと裏まで来て下さい」
OLが俺の腕を引っ掴む。
あ、これアカンやつや。
シチュ的には、『高校の昼休み、俺に想いを寄せる後輩女子が校舎裏で遂に告白を』という所まで妄想出来るが、これは違う。
俺クラスのプロ童貞になると、身体接触があっただけで、相手の思考を九割方把握出来てしまう。
因みに、現在の彼女はこのように考えている。
『キモいなー』
やめて、俺のライフはもうゼロよ。
……いや、良い。何度倒されても、ドン底から貞夫の如く這い上がってやる。
何度だってやり直してやろう。
そう、俺の異世界生活はここから始まるのだから。