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第三十五話 『あなたの想いが訊けなくて。 I feel something for you.』

新第三十五話になります。

旧第三十五話は外伝として、後日アップします。

「愛されとるなぁー……」


 夜半。暖色系の魔石ライトが屋内を照らすマックスギルド。

 そこの受付窓口にて頬杖をつきながら、デイジー・マックスは呟いた。

 彼女の視線の先には、とある少女がそわそわしている様が映っている。

 少女の服装は田舎町『アデレイド』においては珍しい、着物だ。ああいうのを巫女服というのだろうか。東洋の神殿では女性修道女はその服装をしているんだとか。


 まあ、昨日、ギルドにやって来た例の青年に比べればマシな方だと思うが。あんな服は初めて見た。一体、どういう技術で作られた代物なのだろうか。

 少女の洗濯物を手伝っているとき、目にしたが、そのラベルには『UNIKRO』と刺繍されていた。たぶん製造した人物の名前だ。恐ろしく修練された技術を持っているに違いない。


 しかし、それ以上に驚異的なのはそのような超高級品を着ていた例の青年である。少女が今、ソワソワと待っている人間というのも、彼のことなのだが、一体何者なのだろうか……?


「まさか王族……?」


 呟いて、いやいやナイナイと手を振った。というか、この国の王家に黒髪黒目の人間など生まれた試しがない。まあ、隠し子という線も考えられるが――


ガラララーンッ!


とそこまで思いめぐらした時、突如けたたましい音がロビーで響く。

 何事かとそっちに目をやれば、金髪のきつね娘が床上にぺちゃん、と潰れていた。横に木椅子が転がっている。どうやら、転げ落ちたらしい。


「おーい、大丈夫け? テトちゃ――」「ゆーとさんっ!!」


 デイジーがかけた声は、狐少女テトの高い声にかき消された。見れば、彼女の狐耳が真っ直ぐに伸びきっている。その超高感度な耳で遠くから近づきつつある馬車音を感じ取ったのかもしれない。


「おかえりなさーいっ!」


 一も二もなく、彼女は布扉をくぐり、闇の中へと飛び出していった。


「ほぁ~……」


 デイジーは感嘆し、和製陶器の湯呑に手をかける。

 そして、その中身をずずっ……と飲み込んだ。寒い晩秋にはよく合う熱燗が喉を流れる。アルコールが身に染みていくのをたっぷりと味わい、彼女は、


「ええなぁ……」


と未だに揺れている出口を眺めつつ再度ぼやいた。



 今朝方通った道を逆走し、そろそろかな?と思い始めた所で街の光が見えた。

 そこの中心部には時計台を有する広場があり、またロイギルの無駄に豪奢な建物も目につく。

 ふと、近くの草原向こうに男女の後ろ姿が見えた。彼らは、何かのお喋りに興じているようで――あ、キスした。


「ちっ! 疲れているときに……」


 俺は苛立ちに顔を顰める。


「くそくそ……」


 二人の逢瀬から視線を外した。

 中高と恋愛方面で全く青春してない自分にとっては、他人の恋路こそ妬ましい。

 だから、と思う。今日の自分はホントにお人好しだったな、とも。

 あんまり身の丈に合わないことは今日限りにしておこう。

 昔に受けた恥の上塗りこそ、愚の骨頂――


「おい、兄ちゃん! 誰か手ェ振ってんぞぉ」


 俺のネガティブな決意が完成される寸前、御者台のおやじが声を上げた。


「え?」


 誰だ、と思い馬車道前方に注目する。これでも視力はA。成績はCを下回ってるけど。

 

「あれは……」


 丘にぽつねん、と立ったおんぼろギルド。そこの門前で見覚えのある少女がぶいーんぶいーん、と腕を振っていた。


「ゆーとさぁぁぁん! おーかーえーりーなーさーいっ!!」


 旅の仲間、テトがそれはもう晴れんばかりの笑顔で俺を出迎えていた。ふさふさな尻尾が手振りに負けずとも劣らず一生懸命動いている。

 そして、彼女の後ろからデイジーさんも出てきた。


「ご飯出来てるよぉー! お疲れさーん!」


 柄にもなく顔がほころんだ。


「やっぱ……」


呟く、


「たまには、お人好しも悪かねぇかな……?」


と。


 初冬の夜はかなり冷える。

そんな環境で、すっかり体温を失った俺の掌をテトは柔らかい手で包んだ。


「おかえりなさいユウトさん! おかえりなさいっ、ユウトさん!」


 あー。

『ユウトさん』が、『あ・な・た(ハート)』になるのが今から待ちきれへん……。テト・フルタニか……。悪くないぜ……!

 

 俺は妄想に耽溺し、頬を気持ち悪く緩ませる。

 デイジーさんが俺を蔑むような顔をしたが、見なかったことにしたい。


「今日の夕飯はですね~、私もお手伝いしたんですよー!」


 褒めて褒めて、と言わんばかりに尻尾を振りながら、テトがアピってくる。


 そのフリフリ動くモサ尾に、俺は近所の田中さん宅に居た『タロー』を思い出す。

 因みに、タローとは犬の名前である。フルネームで書くと、『田中タロー』である。大学の願書書くとき、凡例欄にコイツと全く同じ名前の奴が居た。どうやら、その大学は犬でも受かるらしい。

 まあ、俺は落ちたんだけどさ……。つまりは、犬以下ってこと★

 

 苦い青春の闇を思考の片隅に蹴り飛ばして、俺はテトの頭に手を乗せた。


「ふあ……」


 テトのキツネ耳がペタンと倒れたと同時に、彼女の肩がピクリと跳ねる。

 

「……」


 俺は無言でその手を離す。

 ピーン、と大きな耳がまた屹立。

 手を乗せる。潰れる。

 離す。立つ。


 乗せる、潰れる、離す、立つ、乗せる、潰れる、離す、立つ、乗せ……


「もおお! 遊ばないで下さいッ!!」


 やり過ぎたか。

 俺は軽く笑いながら、プンスカ怒るテトから手を離した。

 

「ごめんごめん……」


 謝るが、彼女はプイッと目を逸らす。俺がいじくり回した耳を仕切りに撫でては毛並みを整えていた。

 あんまり、彼女の耳で遊ぶのはよそう……


 そう思っていると、ふと彼女が呟いた。


「――てください……」


「え?」


 あまりに小さい声に俺は訊き返す。すると、彼女の頬に、ほんのりと朱が差した。


「ですからっ、もっと優しく触ってください……」


 握った手をパタパタ動かして、彼女は唇を尖らせた。しかし、目は完全にあらぬ方向へ。

 動揺しているのが丸分かりだ。


 ってか、なに? この萌え動物……。こっちまで恥ずかしくなってきた……。


 しかし、無下に断る訳にもいかないので俺は、


「う……む。……おう……」


とか呻いて再度テトの頭に手を乗せた。右手に柔らかな毛が当たる。少々高めの体温が伝わり、心地よい。

 彼女の身体が僅かに震えた。しかし、その口からは何も発されない。

 ただ、待っている――


 俺は彼女の意図を汲み取って、その掌を頭上で動かしてやった。


「ん……んん……ん……」


 その動作に合わせて、彼女は小さく漏らす。気付けば、二人共赤面していた。

 じゃあ、しなければいいのに。

 だが、どっちも何も言わない。


 テトが微笑もうとして、失敗したような不器用な笑みを浮かべる。俺も頬を弛緩させたが、ちょっと引き攣ってしまった。


 まだ距離を測りかねている。互いの想いをおっかなびっくり予想し合っている。


 

 けど、俺はそれでも良いと思う。まだ二人は出会ったばかりなんだから。



 そして、これを恋と言うのか俺は、知らない。

 

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