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第二十九話 『汝、悔い改めよ』

「ひとつ昔話をしようか」


 バロン男爵は座り直して、脚を組んだ。懐からおもむろにパイプを取り出す。

 それはウッド製で、お洒落な模様が描かれていた。

 こういう細々したものへの拘りはやはり貴族特有のものか。


「カーミラが嫌がるのでね。外でしか吸えないんだ」


 苦々しく笑うと、男爵はこなれた手順で火皿に点火した。暫くして、紫煙が細く立ち昇る。

 彼は遠い目をしながら、語った。


「その昔、マリアという名前の女がいた。彼女はとても賢く、誰にでも人当たりがよく、そして、何より見目麗しく美しかった。銀糸のような白髪は光を放ち、黄金に輝く瞳はまさに天上の存在を彷彿とさせた」


 俺は黙って彼の話に耳を傾ける。

 そのマリアという女性はある人によく似た容姿であることに薄々気付く。

 だが、それこそが話の要となるのでないか、と当たりをつけて男爵に先を促した。


「当時……片町の貴族学校でのことだ。そんな美貌を有する彼女と瓜二つの少女が居た。その娘はカーミラという名前だったという。さて、似た者同士が同じコミュニティーに放り込まれた時、周りは彼女らをどう扱ったと思う?」


 俺はちょっと首を傾げながらも、一般的な見解を述べた。


「そりゃ……、周囲から担ぎ上げられたんじゃないですか……?」


 そう言うとバロン男爵はこくりと首肯した。


「皆が口々に二人を褒めちぎった。だが、それが一年も経過し始めると、周りが飽きてしまったのか、あるコトを始めたんだ」


「あるコト?」


「採点だよ」


 遠雷が轟いた。

 こっちは雨が降っていないが、かなり離れた山向こうに雨雲が見える。今頃、そこでは強い雨が地を叩き付けているだろう。

 それらは地上に根付くものたちの事情など露知らず、ただ気紛れに降り注ぐ。

 そして、また飽きが来ると、何処かに行ってしまうのだろう。


「二人は学校、街、その他ありとあらゆる所で比較をされるようになった……。それは美醜に限った話だけではなく、個人の気質まで評価の対象になったそうだよ」


 それは随分と末恐ろしい話である。

 外を歩けば、あっちでごにょごにょ、こっちでコソコソ。


 マリアの方が……、カーミラは……、


 こんな会話が二人の少女の周りでは頻繁にされていたのだろうか。

 それはかなりストレスフルな環境だ。美人も一筋縄ではいかないらしい。その点、殆どの学生時代に人の注目を集めなかった俺はかなりツイているのかもしれない。


「結局ね、総合評価ではマリアの方がカーミラより優れているという結論になったんだ」


「それは、カーミラさんにはとても迷惑な話だったでしょうね……」


「まったくだ」


 そう言うと、バロン男爵は少々苛立ちげに小さな舌打ちをした。


「連中はなにも分かってない。本来、人に優劣などつけられようもない筈なのに。(やから)が彼女らをなんと揶揄したか分かるか?」


「さあ……」


「——白金しらかねの神魔——と呼んでいたんだよ」


 俺はその言葉に考えを巡らす。

 神——女神の如き振る舞いをしていたのであろうマリア。

 そして、その対として挙げられたカーミラ。さながら、その存在は魔女に見えたか。


「カーミラはもともと人付き合いをしたがらない性格の子でね。それが彼らのお眼鏡に適わなかったのだろう。まあ、そんなコトが囁かれて以来、彼女は露骨に周囲から避けられるようになってね。彼女の性格が荒むのも無理はない」


 ため息とも笑いともつかない吐息が漏れた。何処の世界でも集団の意思というものは身勝手極まりない。

 憶測と偏見と冤罪で個人を弾圧し、魔女狩りにかける。

 そして、ちょこっと出たボロをこれでもかと糾弾し、火あぶりの刑にかけて傍観者としてのエゴイスティックな正義に耽溺しようという腹か。


 男爵が短い咳払いをした。


「これはカーミラの話だ。反対にマリアはとても周囲から愛されてね。――かく言う私も彼女に惹かれた人間の一人だ」


 途端に彼は申し訳なさそうな顔をする。

 集団の考え方と同じな若かりし頃の自分が許せないのだろう。

 だが、結局マリア婦人と結婚できたというならその恋慕の思いはホンモノか。


「しかし、よくお付き合い出来ましたね? すごい倍率だったでしょう?」


 俺は少し身を乗り出して尋ねた。すると、男爵は苦笑する。


「いやはや、吾輩もまさか受け入れてもらえるとは思わなくてね。二人になった時に聞いたんだ。『どうして私などと付き合ってくれたのか?』って」


 何かを思い出したように彼はふふふ、と可笑しそうに笑う。


「マリアさんは何と……?」


「ああ。曰く、『貴方がヴァンパイアだったから』だとさ」


「え、そんな理由で?」


「うむ、そんな理由でだ」


「それはまあ……分かりやすくて……。でもどうして?」


「吾輩も気になって少々手を尽くしてみたんだ。すると、当時彼女ら令嬢の間でとある書物が流行っているのが分かってね。その本の主役というのが吾輩のような吸血鬼だったんだ」


 少しばかり肩を落とすバロン男爵。彼は自らの中身を彼女に見て欲しかったのかもしれない。


 しかし、それにしても、異世界にもそういう作品はあったか。

 俺は女ではないから知らんが、やはり彼女らには颯爽と現れて自分を(さら)っていく存在に心ときめいてしまう何かがあるのかもしれない。


「まあ、でも人を好きになる原因なんてそんなものかもしれないね。吾輩も彼女の容姿が好意をもつ一助になった、なんてことは否めないし……」


「そうですか……。でも、確かに僕も女の子は顔で判断していた所がありましたね……」


 だから、未だに童貞。

 

 いや、まあ可愛い子にしか興味のないリア充も居るだろうが、彼らはその分モテるための努力という代償を払っている。

 具体的には髪を美容院で整え、会話スキルを極限まで高めて、女の子を楽しませる。

 彼らと同じことをやってきたか?と問われるとグウの音も出ない。

 

 結局、容姿や性格の問題に逃げるのは非モテ男の言い訳に過ぎないのだ。

 確かに、世の中には大して労せずとも女子の人気を独り占め出来るモテ男が少なからず居る。あの鏑木かぶらぎとか言う高校生もたぶんその口だ。


 だが、世間の大半のカノジョ持ち男には大抵そんな突き抜けた魅力はない。

 極論すれば、ただの人。

 そんな彼らでも恋人を持つことが出来たのはやはり自分から動いたから、という事実に他ならない。

 

 時折、なんでこんなブサイクがこれ程の美人と腕組んで歩いてんだろう?と不思議に思うことがあるが、それこそ容姿を言い訳にしてはならぬ証左。

 彼には他の男には無い、それこそ顔の整ったイケメンにも及ばぬ何かがあったのだ。

 それが年収なのか、学歴なのか、それとも飛びぬけたコミュスキルなのかは分からない。


 だが、いずれにしても本人が努力で勝ち得たものだ。そして、そういう男性には自然と洗練された女性が集まって来るのだろう。


 だと言うのにそんな魅力の欠片もない連中に限ってワガママだ。

 テレビで綺麗な女性タレントが出演しても、ふんぞり返ってあれやこれやと難癖つける。そして、『この女はクソ』と暴論を振りかざすのだ。そんな自分達に振り向いてもらえる可能性などほぼゼロに等しいのに。


 結論すると、自らを全く省みずに異性を外見で判断することこそ巨悪だ。

 火あぶりにされるべき罪人だ。それこそ七つの大罪にも数えられる『怠惰』の具現に違いあるまい。


 カーミラとマリアの両名を勝手に批評した人間にその自覚はあったのだろうか。


 そして、中高とモテない青春を送った俺にその意識はあったのか。


 過去に犯した罪はこれからも俺を嘲笑いながら影の如く付きまとう。そんな恐ろしい気配に俺はタチの悪い悪寒を覚えたのだった。


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