第二話 『俺氏、脅される』
取り敢えず、お互い初対面だからってことで、自己紹介から始めることになった。
「鏑木 司です。宜しくお願いします」
「俺っち飯島 淳平ってんだ。よろしくなー兄弟!」
「長谷川 菜々子どぅぇーす」
「あ、餅田 比奈です……」
ふん。そうだすか。
金髪イケメンが鏑木で、赤髪DJが飯島。そして、ヤンキー女が長谷川で、茶髪ビッチが餅田っと……。
最近は猿にも人間っぽい名前が与えられているんだなーと俺は素直に感心する。
――え? 彼らも人間だって? ははは。何を言っているのかね、君。
日がな「うぇーい(笑)」と騒ぐくらいしか能の無い彼らは、崇高にして孤高にして絶なる存在、我々『ぼっち』とは住む世界が違うのだよ。
さて、自己紹介も済んだことだし、さっさと探索に戻るとするかね。
俺がテキトーな愛想笑いを返して、また霧の中に突っ込んでいこうとすると、突然誰かに肩を掴まれる。
「あ、あの……貴方のお名前は……?」
金髪イケメンの鏑木が少々、焦ったような顔で聞いてくる。『あれっ? この人、名前教えてくれないの?』と顔にハッキリと書いてあった。
ふん、『君の名は?』と尋ねたら、返事が返ってくるとでも思ってんのか。生憎、俺は黒髪の清楚美少女が相手じゃないと名乗る気が起きなくてね。
大体、俺のようなぼっちにそんな会話のイロハが備わっているとでも思ってんのか? ゆとり世代舐めんじゃねぇぞ。
若干、逆切れしそうになりながらも、俺は勿体ぶって口を開く。
フッ、名乗るほどのものではないさ。
世間を忍び、夜な夜な、電子の海に蠢く数多の見えざる敵たちと戦うヒーロー
……ってそれただのニートじゃねぇか。
まあ、そんな中二病じみた名乗りが彼ら相手に出来るはずもなく、
「古谷悠人です……」
と、もにょもにょ返答した。
が、声が小さかったのか、あるいは彼の耳が遠いのか知らんが(たぶん、後者)ワンモアプリーズという意味で「えっ?」と聞き返される。
いやあ、日本語って便利だね。
英語ならスリーワードも要るところを、我らが日本語はたったのツーワードで表現出来ちゃうんだから。
だから、俺ももう一度、リピートアフタミー。
間違った英語を思い浮かべながら、今度は少し声を張って
「古谷 悠人です。大学生やってます」
と答える。年上アピも忘れず、しっかり威嚇をしておいた。
俺様はお前らよりひと足早くオムツを卒業したんだぞっ! という大変オツムの悪い攻撃だったが、効果はてきめん。
「あ、やっぱり年上の方なんですね。良かったー敬語使ってて」
彼は今度は聞き返してこなかった。
ああ、よかった。
ホント、ああいうのやめて欲しいよね。さっきみたいな八の字眉毛で「えっ?」なんて言われたら、コミュ障は胸に釘を打たれたような気持ちになっちゃうんだから。
暗い高校時代の古傷が疼くが、それを必死に顔に出さないようにして俺は歩き出した。
すると、鏑木も俺の隣を並走し始める。残るリア充達三人も金魚のフンのように俺――否、鏑木の後をついてきた。
なに? お前ら、俺の名前だけじゃ足りないの? やっぱり財布差し出さないと解放してくれない感じ?
俺がズボンのポケットに手を突っ込んでなけなしの諭吉を差し出そうとすると、鏑木がぼんやりと誰にともなく呟いた。
「やっぱりここって天国なんですかねぇ。でも、にしては妙にリアル感がありますよね?」
敬語だから、俺に向けて話したんだろう。口を開きかけると、バカ女――失礼。長谷川さんが髪を弄っていた手を止めて、きゃはは、と甲高く笑う。
「はあ?! マジ、何ソレ! ウチら死んだん?! っはー、ないわー。一生、お花畑で過ごすのかよー」
大丈夫や、長谷川! おまんの頭の中はとうにお花畑やないけ!
と、俺は頭の中で江戸っ子風に、下ネタを織り交ぜつつ秀逸な突っ込みを入れる。
口に出さないのは彼女のデリケイトゥな精神を慮っての采配だ。別に恐いからとかそういうのじゃない。
「えーっ?! でも、何か良くなくない?! 私、花とか大好きだよ~」
茶髪ビッチこと、餅田さんがきゃぴきゃぴと黄色い声で騒ぐ。
花が好きとか(笑) どうせ十年後にはお金が好きに変わってるから。
ちなみに俺はお前の上半身にあるその双子山が好きだゾっ☆
餅田はきゃー、とか言いながら長谷川に軽くボディタッチ。だが、身体前面に張り出した膨らみのせいで、胸タッチになっていた。俺にしてくれぇ!
長谷川は鬱陶しそうに彼女を振り払う。若干、険悪そうな顔。
なるほど、彼女のようなまな板カップにとって、それはこの上ない侮辱に等しかろう。
リア充文化の、ぼでータッチも一筋縄ではいきませんなぁ。
評論家気取りで暫し、餅田の巨乳に目を奪われていると、肩に突然、重みを感じた。
この齢にして四十肩に――という訳ではなく、誰かが俺の肩に腕を回している。
ナニヤツ?と首を回せば、そこにはきしょいニヤニヤ笑いを浮かべる赤髪チェケラ、こと飯島。
水素並みに軽いマシンガントークが俺の耳元で炸裂した。
危ない、引火したらどないすんねん。
「よーっ、パイセぇーン! パイセンもここ、天国だと思いますぅ?」
「Uh……。 少なくともさっき落ちた海の中ではないと思う……けど。Hmm……」
バベルの塔レベルに高い彼のテンションの為か俺の言語が混乱してしまう。
どうしよう、国が出来ちゃう……///
「かーっ! そういや、今日、海行く予定だったんだー!!」
あべし、と飯島は自らの額を叩く。
少しイラッとした。
ていうか、人の話くらい聞けや。なんなん、こいつ? 先輩を敬うっていう常識とか、学力とか色々足りてないんじゃないの? つか、パイセンとかイマドキ、使うかよ。この時代遅れが。
ビーチの波にも、時代の波にも乗り遅れた彼を俺は冷めた目で見た。
俺の刺すような視線に気づいたのか、飯島はふと笑みを浮かべて、突然、俺の耳にぐいっと顔を寄せた。
低い声が耳元で囁く。
「つーか、お前。今、ヒナの胸見てただろ?」
唐突に豹変した彼の口調に俺はブルッと身震い。
え? こういうキャラなの?
こ、こ、ここわ恐……恐……おこわ……おこわ弁当。
「いや、見てない……けど……」
つっかえつっかえ、それだけを答えると、彼はふーん、と鼻先で返事する。
「まあ、いいけど……でもわりいけど、アレ俺の女だから。手ェ出したらマジぶっ飛ばすかんな」
「ひゃ、ひゃい……」
震え声で了承の意を示した。
もとより、餅田に手を出すつもりなど毛頭ないのだが、こんな番犬が近くに居るという事実は更にその可能性を押し下げたのだった。