第二十七話 『召喚部屋の主は厨二病』
「えぇっと……」
俺は目の前で「ふふん」と言いながら決め顔をする小柄な少女に反応が遅れる。
まず、最初に分かったのは彼女が人ではない、という事実。
吸血鬼に見られる犬歯が覗いている。
そして、背中にはのっぺりした黒い翼。腰辺りからは細い尻尾が生えている。先っちょでスペードを作っており、さながらジョーカーに描かれる小悪魔だ。
しかし、そんな邪を司る精霊の特徴を持っていながらも、髪は雪のように透き通って白い。
網目の黒カチューシャがコントラストを作り、後ろ髪は優美に靡いている。
そして、黄金色に輝く瞳がその姿を見た者全てに強烈な印象を植え付けた。
胴体はしなやかなラインを上から下に描き、そして、ばふっと薔薇のように広がった漆黒のスカートが華を添える。スカートから伸びた内股気味の形良い脚はモノクロのニーハイを穿いている。
こういうのをゴシック調風味というのだろうか。
何れにせよ、そういった格好がとてもよく似合う突き抜けた美少女であった。
一つ違和感のあることと言えば、その言動くらいか。
「くっくっく……どうした貴様。うつけた顔をしおって……。まあ大方、我の放つ甚大な量のBlack Waveに恐れをなしたというところであろうが……」
『ブラックウェーブ』を流暢に発音した彼女は額を三本指で支えながら瞑目。頭が痛いのだろうか。
そして、そのまま天井に顔を上げた。ジョジョ立ちみたいになっている。バァァアン、という効果音が聞こえてきそうだ。
暫くして、唐突に彼女は覚醒。目玉だけをギロリと動かし、俺に焦点を結ぶ。
いちいち挙動が不審なヤツだ。
「――だが、案ずるな少年。我は己より小さき者に手は出さん……。それこそが混沌の覇者たる我と貴様らが交わした契約よ……」
……何言ってんだこいつ
彼女は俺を『小さき者』と揶揄したが、実際はその逆だ。
この訳の分からない少女の頭は俺の胸付近にあり、ひじ掛けとして便利そうだ。
ふんぞり返っているが、見上げるような体勢になり、苦しげな態勢だ。
「う……くぬ……」とか呻きながら、彼女は身体を垂直に戻した。そして、少々悔しげな顔でこちらを睨み上げる。なんか怒っているっぽい。
はあ、めんどくせ……。顔は悪くないが、こうも痛々しい発言が目立つと対応するこっちも疲れる。
俺は急に心が冷え切って来る心地になった。頭が冴えてきて、ついつい言葉に棘が混じる。
「あのー、こちらのお部屋にあるゴミとか運び出したいんですけど……」
「ゴミではない。これは我が眷属の召喚に必要な供物だ」
俺の丁寧口調なディスりに彼女は明らかに気分を害した表情をつくる。なるほどそういう設定だったのか。まあ、典型的な中二病だ。
「――それと、我の頭に置かれたこの手は何だ?」
そして、彼女はさらに不機嫌な顔をつくる。
彼女の頭上には俺の右手が乱雑に引っ掛けられていた。ひじ掛けの完成である。
乱歩先生は『人間ひじ掛け』とかいう作品を作ったほうがいいかもしれない。
「ん、ああ。すみません、ちょっとゴミが乗っていましたので……」
そして、俺は金属で出来た妙な形のかんざしを抜き取る。
「熊を模ってんのか……? へぇ……良く出来てるじゃん」
予想以上に精緻に作り込まれたその仔細に思わず見入ってしまった。
「あっ!」
すると、自分の頭の上にあった筈のものが奪われたことに気付いたのか、彼女は焦ったように声を荒げる。素が出てしまっていた。
「ちょっとお、なんするとね! それはウチのやろが!! 返せ!!」
彼女の普段の口調はどうやら博多弁らしい。
顔を紅くしながら、キイキイと必死に喚く姿に俺はにやにや。
「やだよー、ほれほれ取ってみろ」
「あああ! ふざけんな、きさんッ! こんのっ――」
ヒールで思いっきり脛を蹴られた。
「ぎぇあああ!!」
俺は絶叫してその場にうずくまる。その拍子に手から零れ落ちた、かんざしを彼女は、また頭に止めなおす。
そして、ツンとそっぽを向いた。
「なんや、お前は……いきなり人の部屋ばノックもせんと入って来て。……常識がないとね?」
どっちがだ、と俺は涙目で彼女を睨む。
くっそ、滅茶苦茶痛ぇ……。流石は弁慶さんでも泣いちゃう人間の弱点。
こんなにか弱い女の子然とした奴でも、ロールキックされれば充分なダメージだ。
――んっんー!
随分と控えめな咳払いを彼女がした。そして、腕を組んで尋ねてくる。
「お主、名前は……?」
まだその設定生きてんのか……
もうさっきの、なまら訛った喋り方で全て台無しだろうに。
が、そこをほじくり返すのも徒労な気がして取り敢えず答えてやる。
「ユウトだ。フルタニ・ユウトだよ」
「ほう……良い名を持っているな貴様」
この子何でさっきから上から目線なんだろう。何度も言うけど、こっちはどう見ても年上なんだが?
俺はゆらりと立ち上がる。
そして、あっという間に彼女の背丈を超えた。
さっきまで見下しながら偉そうに振舞っていた少女が、急に俯き加減の迷子みたいになってしまう。
「み、見下ろすな! 人間! 我は混沌の覇者であるぞ!!」
ムキーッと小さな犬歯を剥いて怒る彼女。
だが、必死な人間の姿を見ると、ついこちらの諧謔心がそそられる。
皆もあるよね? 小さいクセに威嚇するカマキリを指で弾きたくなる気持ち。あれと似た感じ。
俺の強烈なでこぴんが炸裂した。容赦はしなかった。なんせ俺は男女平等主義者だからな。
「ぎゃん!」
額に赤い箇所が出来、彼女は衝撃でのけ反る。
後ろ足を踏み出して、ぎりぎり倒れることを回避。ふらふらしながら上体を起こす。
そして、手でデコを押さえながらきゃんきゃん吠え始めた。
「ななな、なんするとかぁぁぁ、きさんはぁぁ! ばり痛いんやけどおおお!!」
目尻に涙の粒を浮かべながらも、睨むことはやめず。
いいねぇ、その反抗的な態度。
ますますイジメたくなる。
「はっはっは、ごめんごめん。なんか、手が滑ったんだ」
「そんな理由でウチを弾いたんか……!!」
「いいじゃん、別に」
「こ、このクズ男……!」
信じられん、という表情で俺を見る彼女。
さっきまでの見下したような瞳に、さらに蔑みの念も宿りつつあった。
まあ、こういうのも悪くないな。
けど、俺はどっちかというとイジメる方が好きなんだよねー。
そして、俺がもう一発彼女のデコに食らわそうと指に力を加えたとき、彼女の険しい目線が急に自分の背後に向けられたことに気付いた。
「アガサ」
同時に、底冷えしたような無感情の声が背後からする。
「……?」
振り返ると、そこに居たのは白髪金眼の雪の女王——カーミラ婦人
静かな目で俺たちを観察していた。
自分のゲスな行為が見られていたと分かり、俺は必死に言い逃れようとした。
「あっ、いえ! これはですね、スキンシップと言いますか! まあ、奨学金みたいなもので!!」
焦っていたためか文脈に脈絡がなくなっている。ていうか、奨学金はスキンシップではなく、スカラシップだろうに。
しかし、そんな俺の言い訳をまるで無視するかのように婦人は口を開いた。
「アガサ、私とルーカスちゃんはおウチの馬車で王都に向かうから。アンタは輸送馬車に乗って来なさい——ここ、交通費置いておくわね」
冷たい口調で彼女はそう言うと、沢山の中二病グッズが載ったテーブルに幾らかの金銭を置いた。
そして部屋からの去り際、背中で小言を言う。
「ホント、あの女の娘は私に似てるわね。会うたび虫唾が走るわ……」
そう言うと彼女はカツカツ、と遠くに行ってしまった。
俺は口をあんぐりと開けた状態でただその様子を眺める。
と、突然視界の端で白いものが勢い良く横切った。それは扉まで一瞬でたどり着くと、婦人の背中に向かって容赦なく罵声を浴びせる。
「誰がお前みたいなババアと一緒に行くかっ! バァァァカッッ!!!」
大声でそう叫んだその人間こそ、『アガサ』という名前の中二病少女だった。