第二十六話 『依頼主は吸血鬼(ヴァンパイア)一家?! 〜コワい部屋〜』
バロン男爵邸は外見だけでなく、内装も一流を極めていた。
ほんのりと蝋燭により明かりを灯された廊下を進む。
道々に、大きな油彩の絵が展示されていた。恐らく時価ウン百万ヴァーツ。
『何でも鑑定したるさかい』を毎週欠かさず見ている俺が言うのだから間違いない。
オークションとかに出せば、もっと値がつくだろう。
しかし、男爵はそれらを痛く気に入っている様子で、
「良いだろう? この絵は東方の山河をイメージしているんだ。それであっちは王都の雑踏を描いていてね。あっ、こっちは……」
などと忙しく解説していた。
俺は半分、聞き流すようにして彼の先導に従う。
さっきから足元の注意で手一杯だった。
なにしろ、この館、昼間だっちゅうに薄暗過ぎる。
やはり、コウモリと縁の深い彼のようなヴァンパイアは光に弱いのだろうか。
などと、考えていると、前方で彼が止まる。
ひょこっと彼の肩口から前を見れば、何やら大きな両開き扉。男爵はその手すりを掴むと、躊躇せずそれを押し開いた。
——ぎぎぃいー
軋むような悲鳴を上げて、正面の木扉が開く。
果たして、その先の空間もやはり薄暗かった。
長方形の広いその部屋には、白いクロス掛けのされた長テーブルが鎮座している。
随分、立派なシャンデリアが宙ぶらりんとしているが、これは使う機会とかあるのだろうか。謎である。
「ここはダイニングだ。流石にここまでのモノは見たことがなかろう?」
男爵が少々、胸を張るようにして問うた。
「え、あ……まあ……」
だが、俺の方は肯定とも否定ともつかぬ曖昧な返事で濁す。
いや、見たことあんだなコレが。まんま大人気シリーズ『ハリー・ポットー』の組分けの部屋じゃねぇか。
まさかここで俺は、お喋り帽子に仕分けられちゃうのだろうか?
……2位じゃ駄目なんですか?!(裏声)
そんな益体のないことを考えていると、男爵が何やら気まずそうにコホン、と咳払いをした。
彼は先ほど俺達が入って来た入り口近くを草食動物のように怯えて見ている。
「……げ」
ちらりと振り返ってみれば、奴が居る。すっかり眠りこけた赤ん坊を揺りかごのようにあやしているのは、カーミラ婦人。
その抱き腕は慈愛の思いに満ちているのに、俺らに向ける視線は険しいことヒマラヤの如し。
怖い、怖いよ。
何でそんなにギャップが激しいの?
『私、赤ちゃん抱いてるとき、人殺しの目になっちゃうの〜』
『えぇー、カーミラちゃんこわーい! ぽよよ〜』
とかそんなぶりカワ女子トークで脚色してみても擁護しきれんモノがある。言動ではなく、動動が一致してねーだろ。あと、怖い。
彼女は少し様子を見に来た程度のようで、長い髪を揺らすと、風を切って何処かに行ってしまった。
カツカツカツ、という音が遠くなるのを確認し、俺と男爵は大きく息を吐き出す。
ふと隣に立つ彼のほうを窺った。
その縮こまった態度は、両肩に重荷を背負っているかのようだ。
――この人も大変だな
俺は今日だけのことだから、別にこの程度のプレッシャーは乗り切れる。
だが、この人の場合はこれが毎日だ。
一体、どのような社畜精神でこんなブラック屋敷で暮らしていけるのだろうか――あ、薄暗いって点でもブラックだわ
俺は他人事のようにうそぶいた。
「バロンさんも大変ですね……」
すると、彼から溜め息ともつかない陰鬱な吐息が漏れる。
「いやね……アレでも昨年の、子供が生まれてくるまでは良かったんだ……。直前に離婚したてだった僕にはその笑顔が眩しくてね」
ナニソレ、なんの昼ドラ?
意外な事実が彼の発言から明らかになった。
あの人でなしにも人当たり良い振る舞いをしていた時期があるらしい。果たして、何が彼女を闇へと落とし込んだのだろうか? 続きはCMの後で!
……それよか、男爵バツイチかよ。
随分、高貴な血筋のようだが、そのキャリアはあまり芳しくないらしい。少しばかり同情する。
俺が細めた目に憐憫の色を乗せていると、
「君も結婚すれば分かるよ……」
男爵が何だか遠い目をしながら言った。
結婚か……。
俺が仮にテトと挙式することになったとして、彼女は婚後どのように振る舞ってくれるのだろうか?
最初は良くても、時間が経った頃に「こっちジロジロ見ないで下さい。不快です、死にます」とか言われちゃうと、俺は舌噛んで自害してしまう自信があるぞ。
顔を曇らせていると、男爵が気を持ち直すように両手を叩いた。
「ま。まだ若いからそんな想像の気苦労に頭を悩ませるのも意味が無かろう! 今はそんなことより手を動かした方がいいさ」
「そう……ですね」
何だか煙に巻かれたような理論に俺は取り敢えず、肯定だけしといてやる。
「そうだとも。というワケで、君は二階の部屋からモノを運び出してくれないか? 我輩は、一階を受け持つからさ」
「ベッドとか、棚とかそういう重い家具はどうするんですか?」
問うと、男爵が目を瞬かせる。その辺、あんまり考えてなかったのだろう。
だから、あんな地雷女と結婚してしまったのだ。
しかし、俺の予測とは違い、彼が面食らっていたのは他の部分にあった。
「我輩はベッドではなく、棺で寝るんだがね……。まあ、荷重のある家具類は魔法で運び出すよ」
そう言うと、彼は後ろの長テーブルに向かって指を鳴らした。
すると、突然見えないチカラに引っ張られるようにしてソレは宙に浮く。まるで大学の俺みたいだ。
「君は、浮遊魔法は扱えないのかな?」
「え? ……あ、ああーどうでしょう……」
俺は頭を掻いた。
それっぽい異能が使えない、という訳ではないのだが、如何せんコントロールの仕方が未だ不明。
下手なコトしたら、この屋敷も瓦礫の山にしかねないのだ。
だから、安易な手は選ばない。
まあ、制御どころか出力の方法も知らないんだけどね。
「たぶん、魔法は使えません」
「そうか……それじゃあ運べる分を頼むよ」
「というか、そんな魔法があるのでしたら、僕必要ありましたかね?」
仕事貰っといてどの口がほざけ、と思われるだろうが、『働かない=正義』と思っている俺にその論法は通用しない。
「必要だったさ。それに、屋敷中の家具類全部を外に運び出すのも凄く魔力と体力を消耗するからね」
ふーん……。
意外と魔法も万能ではないらしい。ハイテクが生活に根付いた元の世界でも、何でも出来る、というわけにはいかなかった。
その辺り、この異世界は何処か通ずるものがある。
「分かりました。じゃあ、下の階はお任せします」
そう言うと、俺はダイニングを後にしたのだった。
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「何だこれ……?」
俺は二階のとある部屋の扉前に立っていた。もう殆どの荷物は運び出しており、残るはその部屋だけなのだ。
だが、そこだけ何故か他所よりも異彩を放っている。
具体的に言うと、その木扉に描かれたペイントだ。
人間の瞳をモチーフにしたような禍々しい絵がペンキ塗りされている。
『入るな』
と、そんなメッセージを外側の人間に向けているようだった。
だが、俺は一切の躊躇を挟まず、ノブを引く。
こっちは仕事なのだから、そんなコトで臆するメンタルは持っていない。
外向きに開いた扉を潜ると、そこはおよそ六畳間くらいの空間であった。
「なんじゃこりゃー……」
またしても驚きの声が漏れる。
その部屋には色々なモノが置いてあった。色々なモノと言っても、その内訳がヤバいのだが、まず例を上げれば、沢山の生き物の死骸。
ネズミやカエルなど、種々のものが瓶詰めされて、黄緑の液中にぷかぷか浮いている。
他にも、床や壁などに白チョークで所狭しと書かれたよく分からん言語やなんらかの魔法陣。
何かの儀式召喚でもしていたのだろうか?
俺はただ突っ立っていることしか出来なかった。何か誰かに『触っちゃ駄目』と咎められているようで……
と、俺は部屋の隅にとある物体を見つける。
それは高さ的に俺の背丈程はあり、横幅もそれなりにある。
つまり、棺桶のそれが非常に近い。
大きさの違う台形を二つ組み合わせたような形をしており、漆黒の色合いが変なオーラを放っていた。
「死体とか……入ってないよな?」
俺は恐る恐るその物体に手を触れた。途端、ガタッ!と棺が揺れる。
「ぬあっ?!」
サッと距離をとった。
――ガタガタガタガタ……
俺が離れてもそれはなお揺れ続け、そして、遂に蓋が落ちる。
中身が露わになった。
「――何だ、もう生け贄を喰らう刻限なのかの?」
そう言って棺から不機嫌そうに出て来たのは、古風な喋り方の少女であった。