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第二十四話 『依頼主は吸血鬼(ヴァンパイア)一家?! ~黒くて蠢いている例のアレ~』

 まだ午前中、陽が最頂点に達するにはおよそ二時間くらい残した南方の田舎町~アデレード~


 その郊外に建つおんぼろ屋敷『マックスギルド』で一人の少女が怪しげな行為に及んでいた。


「すんすん……ふにゃあ……すんすん……ふにゃあ……」


 ギルド内部、厨房横にある洗濯場。

 一人の亜人な少女がぽーっとした目でふらふらと酔っていた。

 彼女がさっきから匂いを嗅いでいるのは、チャックの男物シャツ。この世界では珍しい裁縫の施された衣服だ。

 

 そして、彼女のお尻から生えたキツネ尾はさっきから感情があるようにもぞもぞと動く。

『すんすん』でピョコンと立つ、『ふにゃあ』でリラックスしたようにミョーンと伸びる、という実に愉快なモーションだ。


 しかし、少女がそんなお楽しみの最中とは露知らず、洗濯場に入って来る人間が一人。


「嬢ちゃーん! すまへんがこれも一緒に洗っておく……?!?!」


――どさどさぁっ!


 その人間――ギルド女長のデイジーさんは信じられない光景を目の当たりにし、大量の洗濯物を床に落としてしまった。


「ふぇ……?」


 また『すんすん』をやろうと試みていた少女は、突然の物音に抜けた声を出す。

 そして、目を丸くしたおばさんギルド長と視線を交える。

 彼女の頭の中で様々な電気信号が交錯した。


 What?(何してた?)→ゆーとさんの服の匂いをクンカクンカ

 Situation?(どんな状況?)→それを見られたこと

 Conclusion!(結論!)→これはとっても恥ずべきことだ


 上記のプロセスを辿って、論が結に至った瞬間、彼女の耳が頬が真っ赤に染まる。


「はにゃぁぁぁああ!!」


 咄嗟のことに彼女は、奇妙な叫び声を上げて顔を覆い隠す。

 それを見たデイジーさんは困惑した。

 なんせ、そんなことしても無駄な行為。

 頭隠して尻隠さず。

 それに、バッチリ目撃してしまったのだから、今更どうにもならない。


「え、えと……これも頼むわ……! なんかすまへんかったなっ!!」


 デイジーさんは洗濯物を放ると、ぴゅうっとその場から逃げ出してしまうのだった。

 

「あうアアア……なぁあああ……」


 その場に一人取り残されてしまった少女は、言葉を忘れてしまった人間のように、うつ伏せにぶっ倒れる。


――終わった……、終わりました……。私は完全に変態としてデイジーさんに認識されてしまいました……。こんな有様でゆーとさんを出迎えられる訳が……


 余りのショックに彼女はその場で痙攣。次いで完全にノビテしまった。



 そして、数分後。



「きゃああ! 人が! 人が死んでいるっ!!」



 洗濯場に甲冑を洗いに来た他の女冒険者に発見され、一命を取り留めたのであった。


―――――――――――――――――――――――――――――


 気付くと俺は眠っていた。が、突然の衝撃に目を覚ます。

 ぼやけた視界のど真ん中で、随分と強面な顔が右往左往。


「おい! あんちゃん、起きろ! 着いたぞ!!」


「ふぁ、ふぁいっ!!」


 そして、乱暴な男の声で叩き起こされた。

 ああ……、寝覚め最悪。やっぱ目覚ましはテトじゃないと、俺駄目だわ……。


 そんな愚にもつかぬことを考えていると、ぺしっと頬をヒッ叩かれた。


「な、なんですか……?」


 ようやく覚醒した意識をその張り手の主に向ける。

 すると、麦わら帽の彼は、斜め上の方向を指し示した。


「ほれ、あそこが男爵さんのお屋敷だ。雇われてんだろ? さっさと行けよ。俺は他の仕事があるんだから」


 俺はよだれを拭って、彼の示す所を見る。

 荷馬車の周囲はこんもりした広葉樹で覆われていた。

 しかし、ある一か所だけ脇に逸れる道がある。


 その入り口にはわりと立派な門扉が立っており、妙な彫像が……うわ、趣味わりい……

 思わず退いちゃったのは、吸血鬼を模したような胸像が入口両脇に建っていたこと。

 あんまり、ここの主とは馬が合わなさそうだ。


 まあ、それは置いておくとして、その道はもっと奥へと続いているようであった。

 よーく見ると、うねうねと波打ちながら道は段々、勾配を上げていき……


「おお……!」


 感嘆の声が漏れた。

 視線を45度上げると、そこに見えたのは高い丘の上に悠然と建立されたゴシック建築の屋敷。

 たぶん、サイズ的にはマックスギルドよりもデカい。加えて、綺麗に保たれている。

 あらゆる点でウチのギルドの惨敗である。

 

 「ほええ……」とか言いながら、かの建物に見惚れていると、またしても頬に掌打が飛んできた。


「俺は他に仕事があるんだが……?!」


 おっさんの目が逆三角形に鋭くなっていた。

 だから、その人を殺ってそうな目で睨まないで下さい……

 怖すぎですから……


「すいません……! すぐ降ります……!!」


 顔を青くした俺は急いで、その荷馬車から飛び降りた。

 そして、地面に立つと、もう一度御者台の彼に向き直る。


「あの、ここまで送って下さり、本当にありがとうございました」


 俺は慇懃に頭を下げる。

 荒っぽい扱いを受けたとはいえ、一応ボランティアで俺を運んでくれた人だ。

『ありがとうさぎ!』の精神が叩きこまれたジャパニーズボーイは感謝の心を忘れない。


 シュボッという妙な音が頭の上で起こった。

 ハテナマークを浮かべてちらっとそちらを窺うと、葉巻で一服やってるおっさんが一人。

 彼は俺を見ながら、目だけを細めてこんなことを言う。


「いや、まあ乗車賃はあらかじめ、あのギルド長から受け取ってたんだけどな」


「は……?」


「だから、あんちゃんは俺の客だったというわけや」


 おっさんは猪木のように下あごを出して、鼻と口の両方から煙を吐き出した。

 前言撤回。

 こんなカス野郎に頭なんか下げてしまった自分が恥ずかしい。

 俺は怒りの表情を浮かべるが、彼は全くこちらに目もくれずにぴしっと馬に縄を当てた。


『ひひぃーん』とマヌケな声を出して、そいつは進み始める。牽引される荷馬車もごとごと、ついていく。


 取り残された俺は、何だか詐欺にでも遭った気分だった。


「あのクソ、今度会ったらタダじゃおかねぇ!」


 俺は地面を思いっきり蹴りつけて屋敷に足を向けたのだった。


――――――――――――――――――――――――――――――


「でか……」


 男爵さんのお屋敷を目の前にした俺は小学生並の感想を漏らしてしまった。

 え? そうやって小学生になぞらえるのは彼らに失礼だって?

 じゃあ、君に問うが、


『うーん、この構造力学的観点から見て、非常に合理的な建築様式が僕のお気に入りだね……。まあ、昔はゴシックなんて蔑称として使われてたみたいだけど、後に再評価される風が出て幸いだよ。僕はこの建築で特に内部空間のシュバルツシルトを彷彿とさせる造りが好きだね』


とか弁舌垂れる評論が小学生並の感想だとでも言うのかね。

 そんなガキンチョ出木杉くん以外に居ねぇだろ。ってか、恐いわ。


 良いか? 小学生ってのは溶解ウォッチやボケモンとかできゃっっきゃ言うようなとても愛らしい動物なんだ。

 そう、アホ可愛くて、非常に度し易い生き物なのである。


 まったく、小学生は最高だぜ!!


 そんなことを考えながら、俺はドアノッカーをかんかん、とやる。

 流石にインターホンとかは無いらしい。まあ、当然か。

 

 一分待つ。誰も出てこない。

 三分待つ。音沙汰無し。

 五分待つ。以下同文。


「あ?」


 俺は眉をひそめて、もう一度、かんかんした。

 しかし、屋敷の住人は一向に出迎えてくれない。

 もしかして、自分から入ってこい、とかいうパティーンだろうか。

 だとしたら、まあ……舐められてんな。


 俺は額に険を寄せながら、大きな扉を勝手に押し開けた。

 普段はこういう失礼なことをしないジェントルマンなのだが、この時ばかりは馬車の一件でイライラしていたのである。

 だから、しょうがないこと。

 内心言い訳しつつ押し開けた扉の先は真っ黒な暗闇だった。


 いや、これは……


「ヒィッ!!」


 そいつの正体を認識した瞬間、俺はゾッと背筋を凍らせたのであった。


次話『依頼主は吸血鬼(ヴァンパイア)一家?! 〜尻敷かれ男爵の新妻〜』

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