第二十三話 『いざ依頼先へ ぐっどらっく!』
「道中、気を付けてくださいねー! ゆーとさーん!」
段々と離れていくギルドの前からテトが快活に手を振る。
ふさふさ尻尾が元気に踊っていた。
俺はこんもりと藁を積んだ荷馬車の荷台から、それに手を挙げて答えた。
フフフ、と俺は優しい笑みを作る。結局、俺が選んだ依頼は
『我が家の引っ越しお手伝い募集中! P.S. 子供が産まれました! 報酬9000ヴァーツ/日』だ。
追伸の幸せアピが、twitterの『今日で彼ピッピと付き合って一か月 (ハート)』とかいうきもツイート並みにうざったいが、それでもその依頼を受けることにした。
そりゃあんな可愛い女の子に勧められたら、もうそれ以外の選択肢なんて見えなくなりますぜ、旦那。
たぶん、彼女は接客業とか向いてる。
あんな天使に「おにーさん、この契約書にサインしてほしーの……」とか迫られたら秒で捺印してしまう自信があるぜ。ついでに婚約届にも署名を求めちゃう。
「俺、このバイトから帰ったらプロポーズするんだ!」
そんな度胸あるわけない癖に俺は晴れ晴れとした顔で彼女のバイバイに応えるのだった。
あれ?! 今の死亡フラグじゃね?!
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段々と遠くなる馬車が見えなくなるまでキツネ少女は手を振り続けていた。
しかし、それも丘を越えるとすぐに陰に隠れてしまう。遂に、あの青年を乗せた馬車が見えることはなくなるのだった。
「すんっ……!」
彼女は肩を落として小さく鼻を啜った。ヒップから生えた狐尾が元気を無くして垂れ下がる。
「そんくらいで泣きなさんなよ……!」
涙を拭う少女を見たデイジーさんがギョッとした表情を浮かべた。
が、彼女は瞳を潤ませ、両手を祈るような形に作る。
「だってぇ……、ゆーとさぁん……。どうかご無事で……」
「単なる引っ越しバイトよねぇ! なんで、そんな今生の別れみたいになるんや!」
両耳をしょんぼり垂れる少女に、デイジーさんはツッコミをいれる。
「うう……。お部屋のお掃除してきます……」
しかし、彼女はそれには取り合わず、エプロンの裾で目尻を拭い、とぼとぼと屋敷に戻っていくのだった。その後ろ姿を見送り彼女は遠い目を作る。そして、もはや姿を消した馬車の方角を眺めた。
一人、ごちる。
「ったく、こんなに愛されて、あのあんちゃんも幸せもんよねぇ……。ちょっと羨ましいわぁ……。あたしも、若かったらああいう男に恋したのかしらぁ」
と。
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「ぶぇぇえっくし!!」
突然のクシャミに襲われた。浮かんだ涙をこする。
なんだ……急激に寒気が――否、悪寒がした。
車酔いとかそういう類の気持ち悪さではなく、ネットリと絡みつくような不穏な気配。
不思議なことにそれがやって来た方角はマックスギルドのある場所と同じだった。
「いやぁー、あんな可愛い娘に送ってもらえるなんて、あんちゃんも隅に置けないなぁ!」
と、ガハハと笑う男の声が御者台の方からした。
俺はワラ山を掻き分けて、そっちまで近付く。そこに座っていたのは麦わら帽のおっさん。
たまたま、仕事を依頼した家族の住む付近に向かう道中だったので、乗せて貰ったのだ。
俺は彼のすぐ後ろまで近付き、ワラ山に腰掛けた。
そして、ふふんと得意満面な顔をつくる。
「羨ましいだろ……」
そう言うと、さっきまで笑顔だったおっさんの顔に急に険な皺が寄る。
「敬語使わねぇと今すぐ下ろすぞ、クソガキ」
細められた赤眼は明らかに何人か殺ってそうな眼光を放つ。
というか、さっきまで気付かなかったが彼の襟元の肌に花柄の刺繍のようなものが見えているではないか。
「すすす、すんません……。東京湾に沈めるのだけは勘弁して下さい……」
「とうきょう……? どこだソレ?」
そっか。こっちの世界の人が日本の首都なんて知っているわけないか。
俺は自然な咳払いで誤魔化した。
「ああ、あの……目的地まではどれくらいかかりそうですかね……?」
「んあ? んん……地図なんてあんま見ねぇからな……」
俺の問いに彼は眉をしかめ、尻ポケットから乱雑に畳まれた厚紙を取り出した。
「……んと、まあ、この距離なら大体三時間くらいで着くかねぇ」
彼はそいつをバサッと広げて、唸る。俺はソレが広がった拍子に舞う砂塵にまたしてもクシャミをしていた。
鼻水をすん、と啜りながら彼の後ろよりその紙を覗き込む。
所々、黄ばんだ大判の紙の中央に、どでん、と緑や茶で彩られた一つの国が構えている。
それは内陸部にあり、四方の国境線を他の国や山脈と接している。
何だか内陸は水資源に困りそうなイメージがあるが、北方の大山脈から沢山の河川が流れてきているので、そういう心配も要らなそうだった。
おっさんのぶっとい人差し指がその国内の南方付近をウロウロしている。
数秒後にその動きが止まり、ある街を指差す。
そこには『アデレード』と書かれていた。
「ここがさっき出てきたとこだろ?」
「はい」
おっさんの問い返しに、首肯を返したが、実際今その街の名前を知った。
国内にある他の街々と比較すると、かなり小さめ。
まあ、中心部から郊外まで本気で走っても10分もかからんので妥当な事実だろう。
しかし、田舎町のクセに『アデレード』などと随分、カッコいい名前を付けられている。
近年流行りのキラキラネームか何かかな?
「んで、ここがアンタの言っていた男爵様のお屋敷だろ?」
おっさんはまた確認するように聞いてくる。彼が示したのは森林地帯と思われる深緑の密集した区域だった。随分と依頼主は辺境にお住まいのようだ。
この引っ越しで都心部に移ろう、という魂胆だろうか。
「ほいで、直線距離にして、人差し指の第三関節くらいまであるから、馬車で大体三時間って所だな」
滅茶苦茶アバウトな計算方法だった。いや、まあシンプルなのは大変いいことなんだけども。真面目に聞いていたので、カクッと倒れてしまいそうだ。
しかし、気を取り直してちゃんと解説のお礼を言っておく。
「なるほど、よく分かりました。……すみませんが、少しだけその地図を見せてもらっても宜しいですか?」
そして、ついでに地図の借用も頼む。もう少しじっくりこの国の地理を把握しておきたかったからだ。
おっさんは「ああ、いいぞ」と親切にも二つ返事で了承してくれた。
随分といかつい強面だが、根は良い人なのかもしれない。
小さく頭を下げて、そいつを受け取る。そして、ばふっと後ろのワラ山に寝転んだ。
沢山のワラが服に引っ付くが、特に気にはならない。
なんせ、着ている服がかなりの安物だからな。
ブラックで荒めな生地の長ズボンに、ごわごわした白シャツ。ちょっと寒いので黒のコートを上から羽織っていた。
しかし、それも裾の方が破れかかっている。デイジーさんから貸してもらったヤツだ。なんでも生前、旦那さんがよく来ていたんだとか。
着心地は現実世界から持ってきたジーパンとチェックシャツの方が遥かに良いのだが、テトが「私が洗います! ます!」と言って聞かなかったので脱がざるを得なかったのだ。
必死な顔で俺に詰め寄っていた彼女を思い出してニヤニヤ。どうして、あんなに可愛いのだろうか。可愛すぎるだろ。ああ、なでなでくらいして出立すれば良かった。あの大きなケモ耳をモフりたい。帰ったら、しよ。
「へへへ……」
下卑た笑い声をひっそり上げながら笑う俺を見ておっさんが
「あの嬢ちゃんも大変だなぁ……」
とごちる。だが、その声は車輪の喧しい音に掻き消され、俺の耳には届かなかったのだった。
その代わり、もうかなり距離の離れたマックスギルドにて――
「はっくしゅん!」
――何の因果か、テトがクシャミをしたのであった
次回、『依頼先は吸血鬼一家?! ~黒くて蠢いている例のアレ~』