第二十二話 『ゆーとさんのいじわる……』
まだ早朝のマックスギルドロビーには、一人も他のギルド員は居なかった。
昨日の夕方辺りには割と多く休憩所スペースで歓談している者達が居たから、いつもそれくらいの時間に人が集まるのだろう。
「なーんか、フツーな依頼ばっかだなぁ……」
俺は『御依頼案内版』と書かれた掲示板の前で肩を落とした。
そこにはまばらに何やら書かれた依頼要項が数枚ピン止めされていた。
そのうちのいくつかを紹介すると、こんな感じ。
『迷子のペット探してます。体長十メートル近くの蛇です 発見報酬50000ヴァーツ』
『我が家の引っ越しお手伝い募集中! P.S. 子供が産まれました! 報酬9000ヴァーツ/日』
『旅行につき、書店の世話を頼みたい 報酬25000ヴァーツ 期間五日間』
『夫がぶっ倒れた。隣り町まで商品の移送代行者求ム 報酬100000ヴァーツ 五日以内※実行期間短縮につき、順次昇給アリ』
「けど、こんなもんなんかねぇ……。ロイギルにはどういう依頼が来るのか若干気になるところだな……」
そうやって案内紙と睨めっこしていると、遠くから俺を呼ぶ声がある。
「ゆーとさーん。ご飯出来てますよー」
テーブルに腰掛けたテトが、大きく手を振っていた。
彼女のつく卓には、幾つかの料理が並べられている。
「おー」
俺は短く返事を返し、その掲示板から離れた。
寝起きで少々、気怠い身体を伸ばし、欠伸をかみ殺しながら彼女の向かいに座る。
そして、朝食のメニューを把握した。
「おお……!」
感嘆の余り声が漏れる。これほど美味しそうな朝食を摂るのは久しぶりだ。
こっちに来る前は毎朝食パン一枚でやっていてた俺にとって、かなりのグレードアップである。
まず、植物で組まれたようなカゴに、スライスされた褐色のパンと、飴色の光沢を見せる丸パンが計四つ。
次に主菜として、白い底浅なプレートに鮮やかな赤白緑。
スライスチーズに沢山のハム、黒ソーセージ。見慣れぬものではサラミもある。キャベツと赤トマトが絶妙に肉とのバランスを取っていた。そして、中央にはエッグスタンドに載せられた鶏卵。生卵とゆで卵。どちらであろうか……。
俺は生唾を飲み込んだ。
「テト……。これ、お前が作ったのか……?!」
目を見張りながら問う。
すると彼女は少々、バツの悪そうな顔で俯むいてしまった。
「い、いえ……。私が作ったのではなくてですね……」
「え……?」
ぽけっとしている俺にテトはぺこぺこと何度も頭を下げた。
その光景に呆気にとられていると、横尻から呆れたような声が掛けられる。
「何があったか知らへんけど……朝から、女の子に頭下げさせるってアンタどういう神経しとんのかねぇ?」
目を向けるとそこにおはするのは金属盆を前に抱えるデイジーさん。
「ハッ」と俺を見下していた。
「い、い、い、いえ! これは誤解というか! 俺もそんな気はなかったというかですね——」
俺は焦って身振り手振りに、釈明しようとするがそれはテトの哀しげ声に遮られる。
「デイジーさん、ゆーとさんを責めないで下さい……。私がお料理出来ないのが駄目なんです……。ごめんなさい、ゆーとさん」
すっかり意気消沈、といった様子でうなだれるテト。
そして、顔を下げた彼女は「私はダメな子……私はダメな子……」とぶつぶつやり始めてしまった。
「てて、テト! よせ、気にすんなよ! 今どき料理の出来ない女子なんて珍しくもないからさ……! あっ、そうだ! それも萌え要素の一つだよ!!」
「もえ……?」
テトは今にも泣きそうな顔で首を傾げる。デイジーさんも何言ってんだこいつ、という目で俺を見ていた。どうやら、こっちの世界ではあまり浸透していない言葉らしい。
「すっごく可愛いって意味だよ!」
俺はニコニコと言葉の意味を教えてあげる。
「じゃ、じゃあ……料理のお上手なデイジーさんは萌えないんですか……?」
が、軽い誉め言葉に少々不満を覚えたのか、ぷいっと彼女はそっぽを向く。
「うん! あり得ないな! 萌えというよりは怖えだなっ!」
満面の笑みで言うと、脇腹に怒りの鉄拳が突き刺さった。
椅子から吹っ飛ぶ直前に見たのは鬼神の如き面相のデイジーさん。
やっぱり、怖え。
「やはり僕は正しかった……」
俺、Lは自分の表現の正しさを再確認しながら息絶えたのであった。
※※※
「大変申し訳ございませんでした」
床からゾンビの如く起き上がった俺はその場で正座。
そのまま額を地面に擦り付け、「ぐぅう~……」とか言いながら土下座も開陳した。
すると、流石にその姿に赤鬼も情けを感じたのか
「もうええよ」
と免罪してくれたのだった。
「うぃー! あざーっす!!」
俺は一瞬にして椅子に戻る。そのあまりの切り替えの速さにテトもデイジーさんも呆気にとられていた。
ずずーっとデイジーさんがテーブルに置いたコーヒーを啜る。因みに、テトの手前にはコップに入ったリンゴジュースが置かれていた。俺もそっちが良かった……
羨ましげに目を細めていると、不穏な気配を察したのか、ささっとテトがジュースを引き寄せる。
そんな不安げな上目遣いをしないで欲しい。自分凄くイケナイことしているような錯覚に陥っちゃう。
「アンタって、ほんまうちの亭主によう似とるわ……」
「それは楽しそうな夫さんですね……」
「まあ、もう死んでんねんけどな」
「唐突な死亡フラグやめてもらえます?!」
俺は含んだコーヒーを思わず噴き出しそうになる。
「さっきから何言っとるねん……。馬鹿なことせんと、さっさとメシ食って依頼の一つでも受けたらどうや?」
デイジーさんは太い親指でくいくい、とさっきの掲示板を示す。
俺はハムとパン、チーズを口に突っ込みながらその指先を追う。
「うぅーん……。ふぇど、部屋の掃除もしないとひへませんし……」
俺は昨晩、テトがそれを提案していたことを思い出す。
「あっ、あの……お掃除だけでしたら私だけでも構いませんよ?」
おずおず、といった調子でテトが小さく挙手した。
「良いのか……?」
「はい……! それにお金がないことには、ご飯にも困りますし……」
俺は彼女の返答を聞いてごくん、とパンを飲み込んだ。
「んー。テトがそう言うなら何か受けようかなぁ……。デイジーさんはどれが良いと思います?」
「人に判断を委ねなさんな。自分で選びよし」
彼女はすげなくそう断ると、のそのそと厨房に戻っていった。
俺は肩を竦めて、卵を叩く。
ゆで卵だった。ゆで卵と言えば、例の芸能人を思い出した。
そんな俺を前にテトは「んー……」と形のよい顎に人差し指を当てながら何事かを思案していた。
もぐもぐしながら、そういう仕草をされると、萌え過ぎて死にそうだ。
彼女はこくんと飲み込むと、ついっとオレンジジュースを喉に流し込む。
ぷはっ、と実に美味しそうに惚けた顔をテトは見せる。企業は彼女をCM起用するべきだと思いました。まる。
「私もさっき見ましたが、お引越しのお手伝いとかどうでしょうか?」
彼女は両手でコップを持ちながら、ぱちくり瞬きする。
言外に何かを訴えているかのような表情だ。
「なんで?」
俺は取り敢えず、そう思った理由を問うてみる。
だが、彼女はコップで口元を隠し、
「だ、だって……し、暫く……さんに会えなく……とか嫌だもん……」
とごにょごにょ言葉を濁す。何を言っているのか俺には聞き取れなかった。
しかし、彼女がそれ以外の依頼を俺が受けることを嫌がっている、それだけはよく分かった。
「オーケー、テト。決めたよ」
少々、行儀悪いが、口にものを入れたまま席を外し、俺は掲示板に向かう。そして、貼り付けられた一枚の紙を取り外した。
ぱしっと再度その内容の確認。うん、これにしよ。
そして、不安半分、期待半分にその様子を見守るテトの元に戻っていった。
……テト。俺は結構ひねくれてるんだ……。あまりに不遇な青春を送らされたせいでな。
だから、必ずしもお前の期待通りにコトが進むとは限らないんだぜ。
「これにするから」
ぴらっと依頼用紙を彼女に見せる。
その内容にテトの目は驚きに瞠られるのであった。
★通貨単位設定
この国では
ヴァーツ ≒ 円
くらいの価値があります。




