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第二十話 『月下の閑話 I was saved (thank)s to (you). 』

「は……? はああ?!」


 夜中にも限らず大きな声を出してしまった。

 すると、間髪入れずに「うるさーい!」という大声が何処からともなく飛んでくる。テトが「ひゃうっ……!」と小さな悲鳴を上げて飛び跳ねた。 そして、青ざめた顔で入り口の方を振り返る。

 

 勿論、そこに声の主はいない。

 恐らく階下で、デイジーさんが怒鳴ったのだろう。


「っと……」


 俺は慌てて声を潜めた。

 どうやら彼女の大きな獣耳では、音が必要以上に増幅されてしまうらしい。

 真後ろにデイジーさんが居るとでも思ったのか、彼女はしきりに背後を気にしていた。

 今度は迷惑にならない程度の声で彼女を諌める。


「何言ってんだテト……! 男と相部屋だぞ……。良いのか……?!」

 

 そう言うと、テトは床に視線を落としてしまった。

 金糸のような前髪で、顔にカーテンが掛かるが、その向こうに垣間見える白磁の肌には朱が昇っている。

 大きな瞳が落ち着かなく揺れていた。


「そ、その……ちょこっとなんですけど、ここに一人は恐いっていうか??」


 彼女は、両の人差し指をツンツン(・・・・)合わせながら、首を右に傾げる。

 何かを誤魔化すような態度。

 そのあまりの可愛さに、俺は『ツンツン(・・・・)デレ』という新しい萌え用語を思い付いてしまった。


「それに、ゆーとさんがベッドで寝られないというのも、大変申し訳ないといいますか……」


 赤面したテトが俺を上目遣いに見る。

「察してよ! このバカ丸! あんぽんたん!」脳内で勝手にアテレコしてしまった。


 ハア……マジで天使過ぎる……

 感動のあまり涙が出そうだ。俺なんて地べたで十分なのに。

 しかし、折角、女の子が勇気を出して勧めてくれたのだ。据え膳食わぬは男の恥かもしれん。


「い、いや! まあっ、て……テトが良いって言うなら……うん」


 声が上ずり裏返る。やべぇ、自分キモすぎ、笑えない。舌噛んで死にたい。

 キョドった対応しか取れない自分に嫌気が差すが、彼女の反応は晴れやかだった。

 くるりくるりと彼女のヒップで揺れていたモサ尾が嬉しそうに、モフっと跳ね上がる。


「じ、じゃあっ! 今日は、もうすることもありませんし!」


「そ、そうだな……」


 彼女の勢いに押されるように、俺は寝床の準備に入った。

 といっても、ベッド上の埃を払うだけだが。何度も言うが、一文無しの俺達に寝間着などはないのだ。だから、着替える必要もない。


「やっぱり、明日掃除しないとな」


 俺はベッドシーツを廊下で、ばしーんばしーん!と(はた)きながらそう言った。

 隣りで、その様子を眺めるテトが「そうですね」と相槌を打つ。

 ゆらゆら揺れるシーツに同期して、彼女のフサフサ尻尾がふりふり。何だか瞳が怪しく惹き付けられている。

 

 やはり、獣の血が入っている以上、動くモノに過敏な反応をしてしまうのだろうか。

 そんなことを考えながら、俺は背後の部屋の中を見た。

 散らかった家具の全てに雪のような埃が積もっている。


 ホント、こんな絶世の美少女を塵と埃まみれの部屋に寝かせて良いのだろうか。

 否、断じて許されるべきことではなかろう。

 

 気持ち、綺麗になったシーツを敷いたベッドに寝転がりながら誓う。

 きっと彼女を幸せにしてみせる、と。

 そして、この一瞬だけは重大な事実を俺は忘れていた。俺と彼女のパーティは期限つきであることを。ある程度のお金が溜まれば、二人はまた別れることも。

 

 まあ、翌朝には約束を思い出して懊悩とするんだけど。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「テト、もう寝たか……?」


 俺は自分の隣で横になっている筈の少女に問うた。

 二人はベッドの上で背中合わせに寝ており、真上から見ると、ちょうどXみたいな恰好になっている。

 

 しかし、返事は返ってこない。

 もう寝たのだろうか。であれば、少しほっとした心持ちになる。


 正直、女の子と同じベッドで寝るなど、童貞ボーイの自分には刺激が強すぎたのだ。とてもじゃないが、安眠なんて出来る余裕はなかった。

 だが、彼女が先に寝てしまったのなら幾分、緊張もとれる。

 後は、かなり可愛い抱き枕か何かと思っていればいいだけだ。……何言ってんだ俺?


――ほーほー


 外でフクロウの低い鳴き声が聞こえる。

 俺はゆっくりと起き上がり、手近な椅子に腰かけた。裸足の片足を上げて自分が抜け出したベッドの上を見る。

 

 小柄な少女がこちらに薄い背を向け、小さな寝息を立てていた。すーすー、という吐息に呼応するように、身体がゆっくりと上下。

 少々はだけた上着から白いうなじが見えている。おみ足がもぞっと動いた。

 そして、この時ばかりは忙しなく動く例のフサ尻尾も、あるじを起こさぬよう静かにしていた。


 しかし、時折思い出したように力無くパタンパタン、とシーツを叩く。凄くモフりたい。


 俺は、掌をわきわきさせながら、視線を外し、ぼんやりと窓の外に目をやった。

 薄鼠色の澄んだ空が四角に切り取られている。その枠の中に満月が静かに浮いていた。

 静かな月夜だ。

 こういう所は殆ど現実世界と変わらないらしい。普段はちゃんと見ない夜空だが、こうやってじっくり見ていると何だか得も言われぬ気持ちになる。

 所謂いわゆるもののあはれ、というヤツだろうか……。

 もう少し、古典とか勉強しておけばよかっただろうか。


 あと、部活とかもしておけばよかったかもしれない。

 何かうちこめるものを見つけておけば良かった。

 友達つくれば、少しの勇気を出せば、好きだった子にちゃんと告白しておけば……


 寂しい青春の日々は今の俺を百の後悔で押し潰そうとする。

 だが、いくら悔やんでも過ぎ去った中高時代は返って来ない。

 制服というアイデンティティを失い、現在地味な私服での大学通い。典型的な理系の地味大学生だ。

 大学デビューなんて出来なかった。

 ある日、トイレの鏡に映った冴えない顔の青年に、仕事でクタクタになった将来の自分の姿を想像し、悪寒が走ったものである。

 

 こうして後悔を重ねながら、自分は大人になっていくのだろうか。

 そんなことを考えるうちに、殆ど無意識な独り言が出た。

 

「明日は、何をしようか……?」


 過去を悔やんでいてもしょうがない。

 思い出アルバムをめくりながら、あーだのこーだの懐かしむことは何時でも出来る。

 今は明日の生き方に意義を探るべきだろう。

 

 さて、今後の予定だが、特に何も考えていないわけではない。

 まず、お金を溜めないといけない。いつまでも、デイジーさんに奢ってもらうわけにもいかないからだ。

 それに、最低限度の装備を整えるのにも、また、金がかかる。

 

 次に、この世界の全容についての把握だ。間違いなく、ここは俺が求めていた異世界。

 ならば、その世界で過ごしていく前に、よく知っておく必要がある。

 俺は未だ、この辺りの地理を知らず、また、この街の名前すら分からないのだ。

 本当に言語が通じたのだけは幸いだった。

 

 そして、もう一つは俺に宿った謎の力の解析。今は全くその正体を掴めていない。

 森で起こしてしまった竜巻のように、コントロールがままならぬと、周囲を危険に巻き込む恐れさえある。明日からはテトもすぐ近くで行動するのだから、細心の注意を払わねば。


 あとは、その力の周囲への露見も控えるべきか? 悪目立ちが良くないってのは、現世で痛いほど分かってるしな。 

 しかし、さっきも危なかったが、テトに俺の力を悟られるのも時間の問題であろう。

 それとも最初から彼女にだけ教えておくべきか……


 俺が思考の海に耽溺していると、唐突に涼やかな声で意識を引っ張り上げられた。


「明日はお部屋を片付けないといけませんね……」


 突然のことに俺が驚きながらそちらへ目を向けると、彼女がゆっくりと寝返りをうった。

 目を薄く開けたまま、嫣然と微笑んでいる。


「眠れませんか?」


「ああ……ちょっとな。悪い、起こして」


「いえ……。明日、デイジーさんに他の寝具を貸してもらいましょう」


「そうだな……うん、そっちの方が良いかも」


 実際、そうでないとドキドキで眠れそうにない。

 例えるなら、修学旅行の夜。枕投げして床についた時の雰囲気に似ている。

 ああ、俺枕投げには参加してないんだっけ。消灯したら、速攻、寝たフリしてたな。


 苦い青春エピに胸を痛めていると、テトの小さな口がまた動いた。


「あの……。ゆーとさんは、もしかしてトラベラーの……方なんですか?」


 彼女の細まった翠眼がじっと俺を見つめていた。

 真っ直ぐな眼差し。少し迷った。だが、誠実にその問いに答えることを選び取った。


「トラベラーもどき……。そういう表現が近いと思う」


「もど……き……?」


 彼女は不思議そうに緩々と復誦ふくしょうする。さっきから彼女の反応が鈍くなっているようだ。今にも眠ってしまいそう。


「俺は本来、こっちの世界に来る資格のない人間なんだ」

 

 天井を仰いで、サイの店主が説明してくれた『トラベラー』という単語を思い出す。

 どうやら、この世界の人にとってのトラベラーとは、随分とスペックの高い人間のことを指すらしい。つまるところ、俺とはノットイコールの存在だ。

 だから、転生に成功しているけど、『もどき』

 自分はニセモノなんだという結論に達したのだ。


「この世界の人も使えないの寄越されて、迷惑してるかもなぁ」


 乾いた笑いが出た。慣れていたはずの自虐に少しばかり胸が痛む。

 だが、それは静かな、しかし、断固とした声に否定された。


「いいえ。少なくとも……、私はゆーとさんに出会って……とても、救われました……」


 俺が目を見張って顔を下げると、穏やかな笑みを浮かべるテトと目が合う。

 彼女は枕に半分顔を沈めながら、ぽつりぽつりと言葉を零す。


「だから、ゆーと……さんが、私たちの世界にやって……来たことには、意味が、あったんだと思います……」


「そうかな?」


「きっと、そうですよ……きっと……」


 消え入るように繰り返し、そして、彼女は再びの深い眠りへと落ちていった。


「ありがとう、テト」


 彼女が夢の世界に旅立つのを見送った俺は、一人そう呟いた。

★第二十話 『月下の閑話 I was saved (thank)s to (you). 』タイトル解説




 サブタイ英字I was saved thanks to you.とは、「私は貴方のお陰で救われた」というテトの気持ちを表します。

 そして、thank youをカッコで(くく)ったのは、その発言へのユウトの感謝を表現する為です。

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