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第十九話 『キツネ少女の思惑 I want to sleep with you.』

 ギルド長、デイジーさん奢りの飲み屋を後にすると、俺達は幸運にも宿を紹介してもらえた。


「なんや、アンタら、寝泊まりする所が無いんだったら、ウチの空き部屋使いなよ」


 身銭乏しい俺とテトのことを知り、彼女は太っ腹にもそう提案してくれたのだ。

 さっきは単なるデイジーさんの愚痴地獄かと思っていのだが、これは仮住まいを確保する上で重要なイベントだったのかもしれない。

 っていうか結構、ストーリー進められてね?!

 俺のゲーム脳は今日一日の攻略具合をそう分析したのだった。


※※※


 マックスギルドに着くと俺はデイジーさんからシルヴァーの鍵を貰った。


「悪いんだけどぉ、三階の部屋は一つしか空いてないんだわ。だから、そこのお嬢さんと相部屋になるけど構わへんか?」


 俺とテトは真顔で顔を見合わせる。

 衝撃の事実が発覚した。


 今夜、彼女と寝を共にせねばならないのだ。

 いや……もしかしたら、これから先も次の拠点が見つかるまでずっと……。

 予想がヤバい方向に進み妄想となる前に、ちょこんと立つテトの方が先に限界に達した。


「ふな……ふぁ……わわ、私はぜぜ、ぜん全然構いまませんよ??」


 全く気にしてない様子を繕っているが、バレバレの演技である。

 大噴火直前の活火山のような状態だ。

 あかん、これは未曾有の大災害を巻き起こす危険が高い。警戒レベル5だ。


「と……取り敢えず、部屋だけ確認しよっか……?」


 俺はどうして良いか分からず、そんなことを提案していた。

 確認してどうするのだ。どっちにしても相部屋の問題が残るではないか……。


「そこの階段上がって突き当たり奥の所だから」


 デイジーさんはそう言うと、ぴしゃりと受付に引っ込んでしまった。

 どうやら案内はないらしい。まあ、ここまで色々取り揃えてくれたことに感謝しよう。

 すっかり人影の無くなった広い一階ロビー。


 二人だけになった俺たちはどちらが言い出すでもなく、階段に歩き始めたのだった。


――ぎし……ぎし……


 木造階段に特有の軋み音が鳴る。途中で抜けたりしないだろうか。

 外から見ても分かったが、この建物、かなりの年代物らしい。


 しかも、階段から先はあまり手入れが行き届いておらず、所々蜘蛛の巣が張り、埃や塵も溜まりっぱなしだった。

 ライトなどはなく、光源は窓の外から差すほんの僅かな月光が頼り。

 残りは不気味な程静かな暗闇で覆われていた。時折、窓の外で飛び立つコウモリの大群が恐怖感を煽って来る。


「ゆ……ゆーとさん……」


 不安げなテトの声がすぐ近くから聞こえた。

 

 気付くと、彼女は俺のシャツの袖を握っている。

 彼女のきめ細かな色白の肌と翠眼が月明りに浮かび、優美な美しさが引き立てられていた。

 そして、青ざめた顔で俺に身体を引っ付けるようにして歩くので、その破壊力たるや。


 なんて恐ろしい子……!


 俺は無意識ながらも男心を鷲掴みにする彼女にズキュゥーンとハートを射止められてしまった。

 ごめん、なんかキモいな。でも、そんだけテトが可愛いってことだ。


 そんなこんなでえっちらおっちら階段を登り切ると、ようやく三階フロアに到着。

 埃っぽくくすんだ長い廊下の先に、目的の部屋が見えた。足元に注意しながら、扉前まで進む。

 ノブの所に、小さな前方後円墳が一つある。この手の鍵穴なら、俺のピッキングでも開けられそうだ。

 

 防犯に一抹の不安を抱えつつも、俺はデイジーさんから預かった鍵でロックを外した。

 ガチャーン、と大きめの金具音がして、木製扉がこちらへ開く。ほんのりと薄暗い空間が俺たちを出迎えた。


「これは……」「狭いですね……」


 狭めな廊下を通った先に、五畳くらいの寝室がある。クイーンサイズのベッドで部屋のおよそ半分は陣取られている。なんで床面積に反して、ベッドがこう無駄にデカいのさ?

 カーテンのない窓からは大きな満月が見えた。廊下脇にはトイレとバスルームもある。お、セパレートか……。これは評価する。

 

 しかし、電気のないこの世界でどういった原理で湯を沸かすのだろうか? まさか、冷水……?

 俺が狭いバスを覗きながら、色々と思いを巡らしていると、寝室の方からテトの声がした。


「あ、ゆーとさん。ランプがありましたよ」


 俺は彼女のいる所に向かう。そこには、壁際にあるランプ用インテリアを指さしながら、ひょこひょこ尻尾を振るテトが居た。何だか宝物を発見したかのように嬉しそうな顔。

 もう俺の萌えバロメーターはとっくに振り切れてるんだが……。


「けど、火種がないな……」


 俺が呟くと、くすっと彼女は笑った。


「こうするんです!」


 テトはふふんっと得意げな顔をしながら、人差し指をランプの蝋燭に当てる。そして突然、その指先が橙色に発火。


「どうだ、明るくなっただろう……!」


 彼女はまるで、お札で足元を照らす成金貴族のような変声で、えっへんと胸をそらした。

 そういうことしちゃうと、改めて、彼女のチッパイを認識させられてしまう。

 まあ、まだ若いから、そのうち……ね? ……しかし、今の現象は……


「魔法か?」


 訝しむように尋ねた。

 それは現実世界では起こり得ず、異世界においてのみ行使可能となる不思議な力。

 程度にもよるが、訓練を積めば、誰でも扱える異能だ。


 俺の問いに、テトはにこっと笑いながら、首肯を返す。しかし、すぐにちろっと舌を出して自分の額を小突いた。


「まだ、初級しか扱えないんですけどね……。私より凄い魔法が使える人はこの街に沢山居ると思いますよ?」


 まあ、ライターくらいの火しか起こせないんだったら、まだぺーぺーの魔法使いだろう。

 因みに、俺も未だに童貞なことから素人魔法使いだったりする。本当にカノジョが出来ないのはマジカルだ。

 どうでも良いけど、素人って何かエッチいものがあるよね。俺だけ?


 そんな愚にもつかぬことを考えていると、テトが窓の外を見やりながら、思い出すように話す。


「さっき、街の人達が話しているのを聞いたんですけど、森向こうで凄い風魔法の跡がつくられたみたいです。あの大森林が丸ごと分断されたんだとか……。環境保護区がかなりの被害を受けたみたいです。酷いですよね……。でも、この街にそんなに凄い魔法を扱える人が居るとは俄かに信じられないんですけど……」


 テトからその話を聞いた瞬間、俺の背中を大量の冷や汗が伝った。間違いなくその犯人は自分だ。

 っべーよ……これ。損害賠償とか来ちゃう感じ? この歳にして莫大な借金背負うとかマジ勘弁なんですけど……。あかん、これは口外しちゃいかんことだな。デイジーさんは信じなかったから良かったけど。


 テトもさっきの飲み屋で俺が話していた内容は聞いていなかったらしい。

 その顔はあくまで他人事といった感じだ。

 君の目の前に居るよー、その凄い魔法を扱える環境破壊者。


「……ゆーとさん?」


 俺がダンマリしていたので、テトが心配そうに眉根を寄せた。


「もしかして、疲れましたか? あ、そうか私を街からここまで、だ……抱っこしてくれたから……」


 照れるくらいなら言わなけりゃいいのに。俺は耳を赤らめて顔を伏せる彼女の小さな額をビシッとチョップする。テトは「あいた」と言いながら額をさすった。


「あれは不慮の事故だから忘れてくれ。俺も恥ずかしくって死にそうだ」


「で、ですよね……不可抗力なら仕方ありませんよね……!」


 あはは、と誤魔化すように彼女は笑う。だが、その結論にはどこか納得いかない、そんな表情がふっと見えた。

 しかし、俺はあまりああいう怪我の巧妙でこじらせたくない性分だ。あくまで、その論で押し切る。


「ん。そう思ってくれるとありがたいな。けど、流石に今日はちょっと疲れた。俺は一階のベンチで寝るから、テトはそこのベッドで寝たらいいよ」


 だだだっと喋ると、俺はすぐさまきびすを切ってその場を立ち去ろうと試みる。

 何だかこういう駆け引きは苦手なのだ。リラックスできない。

 が、片腕をぐいっと引き戻された。

 何事、と振り返ると、テトが俺の腕を両手で掴んだまま顔を伏せている。

 前髪に隠れた口が小さく動いた。本当に囁くような声。


「あ……あの、一緒に寝ませんか?」


 聞き間違いではなく、たしかに彼女はそう言ったのだった。

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