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第十八話 『おんぼろギルド長の苦悩』

 晴れて冒険者登録を終えた俺達二人は遂に華々しいサクセスロードを歩むことに!――なんてコトにはならなかった。



「くー」


 可愛いらしいお腹の鳴る音が聞こえた。俺はテーブルの真向かいに座る少女へ目を向ける。

 金髪翠眼の狐少女、テトが頬を染めながら視線を下げていた。

 

「まあ、腹減ったしな……」


 と、言った所で俺も腹がなる。


――ウォオオーン……


 そう言えば、朝、家を出立してから何も食べてないんだった。

 よくもまあ、これだけ保ったものだ。我ながら凄まじい人間の体力に感動していると、クスッと笑う声。


「不思議なお腹の鳴り方するんですね……笑」


 そんな涙目でくつくつ笑わないで欲しい。可愛すぎて昏倒してしまいそうだ。

 

 俺は腹の音で返事をよこした。


――ウォオオー……


 いつから俺はこんな大道芸人みたいになったのだろうか。

 テトがけたけた肩を揺らしながら、椅子から転げ落ちそうになっている。


「わ、ワンちゃんみたいです……笑」きゃうーん


「だろ?」グルルル……


 仔犬と大型犬のような挨拶を腹の音で交わしていると、横から呆れたような声が飛んで来た。


「なーに、馬鹿なことやってんだい、アンタら」


 ぶっとい腕を組んだまま、口をへの字に曲げているのはここの受付婆。

 そして、俺とテトがちょこんと座っているのが、閉店前のギルド内休憩所。恐らく、追い出しに来たのだろう。

 だが、一文無しで腹も空かせ、宿場のアテもない哀れな冒険者二人は捨てられた小犬のような目をする。


 それには流石の彼女も心が揺り動かされたようで、「うっ……」という声が漏れた。そして、盛大なため息。


「あたしゃ、今から呑みに行くんだけど、酌に付き合うってんなら奢ってやってもええで」


「行きます!」「ます!」


 俺が即答、テトが少し遅れ気味に一部省略の不思議な返事をした。


「あの……スイマセン、お名前を……」


「デイジー・マックス」


 ……ん?

 その名前に俺は引っ掛かるものを覚えた。確か、ここのギルドも『マックス』という名前だったような……。


 ついでに聞いておく。


「あの……、確認したいんですけど、ここのギルド長って……?」


「そら、あたしのことさね」


 デイジーさんは何でもないことのように答える。

 なんと、ただの受付パートかと思っていた彼女こそ、このオンボロギルドの(あるじ)だったのだ。


「「ええー!!」」


 テトと俺の驚きの声がハモった。


「なんね、別に普通やろうもん。今は男女平等の時代じゃけの。男なんぞにここを任せられるか」


 半分正論、そして、半分持論が展開された。


「というか、よくお一人でそこまで切り盛り出来ますね……」

 

 気になったことを尋ねてみる。

 実はさっきから彼女以外の従業員を見ていない。

 これだけ大きな屋敷を一人で管理するというなら半ば廃墟化するのも頷ける。


 デイジーさんは「んー……」と言いながら顎をさすった。髭が気になるのだろうか。曲がりなりにも女性のはずだが。


「まあ……、バイトが必要なほどウチは仕事とか入らないからねぇ……。人手が足りなければ、外注って所かね」


 なるほど。それならば、まあ、ナントカやれないこともなかろう。

 しかし、そんなに暇なギルドとは所属員の俺達は大丈夫なのだろうか。


「ま、そのうち大きくなるさ……。さっ、あたしゃ気が長くないんだッ! 三十秒で支度しな!」


 彼女は鷹揚と答えると、パンッと手を叩いて俺達を急き立てた。

 ……。ババア、何でそのネタ知ってる……。

 まさか、こっちにも『セカイノパヤオ』が居るのか?!


「行きましょう! ゆーとさん!」


 テトがキラキラした目でテーブルから立ち上がる。すると、板の陰で見えなかった所からさっき擦りむいた彼女の膝小僧が覗く。

 

 そこにはさっきと比べてある変化があった。

 それは、上から細い包帯がぐるっと巻かれている点。

 俺がひと段落した後、救急キットと水道を借りて、処置してやったあとだ。

 何故かさっきから、テトのやつが仕切りにそこを撫でては、にやにやしていたのは多分気のせいだろう。

 

 ……そんなに変だったかなぁ

 

 柄にもないことをした自分に遅ればせながら耳が熱くなるのを感じる。


 そして、突然、片手に感じた体温に俺は「うっ……!」とみっともない声を上げてしまった。

 その犯人を見ると、テトがにしし、と笑いながら俺と手を繋いでいた。

 彼女はすすっと身体を寄せながら小さな声で囁く。


「ありがとうございますね、ゆーとさん……」


 ごめん、俺今日死んでも良いわ!


 思わぬ展開に俺の幸せ曲線は今、大インフレを起こしていた。

 ここからデフレしていかないことを切に願う。


 そんな初々しさ全開の彼らを横目にデイジーさんは「ほう……」と感心。


「やっぱ若いって良いわねぇ……」


 実にテンプレなおばはん発言が飛び出た。が、俺もテトもそれには気付かなかった。

 ま、若いってのもそれなりに苦労があるんだよ。


 まだまだ先の長い俺の道先には沢山の山麓がそびえて見える。それはこれからの苦難を暗示しているのだろうか。

 だが、今はそのふもとを夜の歓楽街が煌々と賑わしていた。

 

 そうだよ。旅の始まりこそ華やかでなくては。

 こうして、大きくも小さな冒険の一歩が踏み出されたのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「だっハッハッハッ!! あの森の分断をアンタがやっただああ?? そら随分と大きく出たなあ!!」


 酒臭い息を吐きながら、デイジーさんは爆笑する。カウンターの上ではもう既に大ジョッキが3本開けられていた。

 これで、まだほろ酔いなのだから驚異的だ。


 俺は「いや、本当なんですって……」と自分の正しさを主張するが、デカい一笑にふされる。

 まあ……、証拠も無しに信じてくれって方が無理あるよな……。


 肩を落として、ココナツジュースを飲んだ。あまり美味しいとは言えない。なんか、豆乳みたいだ。つまり、不味い。


 因みに、テトは俺の隣で、焼き魚から骨を取り除く作業に悪戦苦闘していた。

「ホネが……ホネが……」とか言いながら少々げんなりしている。

 困った表情の彼女を見るのも一興あるので、俺は放っておくことにした。

 

 潮流の悪い話の流れを変えるため、違う話題をデイジーさんに挙げる。


「あの、ロイヤルギルドと民間ギルドって何か違うんですか?」


 だが、その作戦は新たな問題を掘り出してしまった。

 さっきまで上機嫌だった筈のデイジーさんの顔色が目に見えて曇る。


「ああ……ロイギルね……。エリート様御用達のギルドだわ……。あそこは軒並み腕の良いのが揃ってるんさ」


 やはり、あれだけ豪華な本部を有するギルドだ。集まる人間も優秀なのが多いのだろう。

 

 あまり栄えていないギルドの長からすると、あまり気持ちの良いものではなかろう。

 俺はなるべくデイジーさんを気遣うように、慎重に言葉を選んだ。


「けど、マックスギルドも結構、立派なお屋敷を持ってませんか?」


 これだ。彼女のギルドが唯一、対抗出来る点。

 まあ、オンボロなのを除けば、対等だという条件付きだが。


「ああ、アレか」


 彼女は木製ジョッキの氷を揺らしながら急に遠い目をする。ああ、これはアレだ。昔話とか始めちゃう流れだ。


「ふふん、ウチも一昔前まではこの街一番のメインギルドとして名を馳せたもんさ」


「へぇー……。そうなんですか?」


 これは意外な事実を聞き出せた。なるほど、今は栄枯盛衰の枯衰にあたるのか。そして、最終的には風前の灯火の如く消えてしまう、と。


 いや、そうされては困るのだが。もっと頑張ってもらわねば。


 自分の心配ばかりしながらも、俺は彼女の話に耳を傾ける。


――ドンッ


 唐突に、デイジーさんがビールジョッキをカウンターに叩き置いた。

 テトが「ふわっ……!」と驚きながら、その衝撃で宙に浮く。綿毛かお前は。いくら何でも軽すぎんだろ……。


 

「ソレが、あの……王立ギルドなんぞが出張って来て、ウチの稼ぎ頭は皆そっちに流れてねぇ……! そんなにアイツらは地位と名誉が欲しかったのかい……!」


 デイジーさんのぶくぶく膨れた手がわなわなと震える。顔が真っ赤に染まっていた。それは酒のせいだけではなかろう。


「ロイギルに入るのと民間では何か違うんですか?」


「何もかもが違うさ。まず、ウチらとかは依頼を達成した所で報酬山分け以外は特に何も無いんさね」


 俺は自分のプレーしていたRPGを思い出す。確か、そのゲームもそんな設定だったか。


「けど、(くだん)のロイヤルは昇進・昇給制度を導入していてね……。特にキャリアを積めば、王国機関の役人か近衛騎士団幹部として一生安泰の地位を得られるんだとさ……!」


 ナルホド。言っちゃ悪いが、それは確かに魅力的なシステムだ。

 向こうのギルド員もさぞかしモチベーションが違うだろう。


 まあ、(はな)から土俵の外に弾かれた俺にとって、そんなのは超絶どうでもよきことなんだが。


 だが、商売敵のデイジーさんにとって、これは死活問題らしい。

 確かに、分の悪い商戦だ。

 例えるなら、こっちは寂れた商店街、向こうは馬鹿でかいワオンモールみたいなもんだ。


 客を奪われ、最終的に潰されるのも時間の問題であろう。


 しかし、これまで面倒を見てきたギルド員達に背を向けられるとは、彼女も哀れなものだ。


 俺はデイジーさんが今の様な無愛想な人柄になる経緯が垣間見えた気がした。

 

「くそ……くそ……あの野郎共……」


「まあまあ……、人生山あり谷ありですよ……」



 人々の活気で賑わう飲み屋の中、俺はむせび泣く彼女を励ますことに終始した。

 当然ながら、メシをゆっくり堪能する暇もなかった。


 得られたものと言えば、暫くの旅の相棒、テトがバカ可愛いということが認識出来たくらいか。


 

 結局、今の所は幸先が良いのか、悪いのかよく分からん。

 


 そんな状況だ。

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