第十六話 『くひっ』
「なんや、アンタ金ないのかい……」
俺がしどろもどろになりつつ、視線を泳がせていると、婆が「うへぇ」と落胆するような顔を見せた。
マズい、ここで追い出されるような事態は避けたい。
俺は出来るだけ愛想の良い態度をつくりながら、彼女に妥協案を提案してみる。
「はい、あの……。後払いとかは……」
「後払いはなしや」
「ですよねー」
ゲームの世界が現実世界のように融通きかないことなど、プレイヤーは知っていて当然。
それは異世界においてもだ。
婆は眼を伏せる俺を細い目で見て、あからさまに大きなため息をついた。
「ったく……、さっきもアンタみたいな文無しが来たわよ。民間ギルドなんだから、金取るくらい当たり前やろうが……」
『民間ギルド』とは聞き慣れない言葉だ。さっきのロイヤルギルドとは何か異なるのだろうか。
いや、まあ資金面で見てかなり貧窮しているギルドというのは分かるが。
というか、さっきも俺みたいなのが来たとか言わなかったか?今。
俺が彼女の言葉とさっきギルドから飛び出していった女の子を結び付けていると、彼女がずいっと身を乗り出してきた。
婆は「んー」とか唸ると、狭い窓口から窮屈そうに太った身体を押し出す。
「アンタ、ソロだろ? 仲間見つけてきなよ。そしたら、手数料はチャラってことにしてもええで」
彼女は壁脇にピンで留められた張り紙を指さした。この位置からはよく見えないので、俺は彼女に押されるようにして、壁際に近寄る。
そこにはこうあった。
『
~仲間と共に最強を目指せ!!~
<<マックスギルド特別割引サービスに関するお知らせ>>
ギルドに登録して、新しく冒険を始めたいけど、お金がない! というそこのあ・な・た!
マックスギルドでは現在、特別割引を実施しております。
このサービスを利用すれば、入会料はタダ! 念願の冒険者に無償でなることが可能なのです!
※対象となるのは二人以上のグループです。
さあ、急いで仲間探しに出掛けよう!!
★サービス期間
ドミティアス/1日~21日閉店迄
』
何というぼっち殺し。
俺は「うああ……」と情けない声を上げながら後ずさった。
思い出すのは大学入学の春。似たような糞サービスに頭を抱えた。
大学というのは学期始めに、講義の教科書を生協という売店的な所で買うのだが、そこが『教科書共同購入割引』というサービスを実施していたのだ。
つまり、何人か友達同士で徒党を組んだ輩には教科書を数十パーセント割引で売ってくれるのだ。
なぜ、そういうことをするのか俺には分からない。
たぶん、一人で買いにきた哀れな仲間外れを笑うためだろう。
ホント、前の世界はぼっちに厳しかった。
結局、友達の居なかった俺はそのサービスの恩恵に与かれず、個人購入をして10000円近く損した。後に生協のアンケートボックスに匿名の恨みレターを投函したがな。
そして、今。またしても、このお友達サービスが立ちはだかる。
俺は頭から血が抜けていく感覚に襲われた。
周りを見回してみる。どれもこれも如何にもな荒くれ者ばかり。
しかも、皆、ごにょごにょ、と仲間内でひそひそ話をしながら、ぼっちの俺を笑っていた。
うん、無理。
話かけるのも難しいが、それ以上にああいう屑共と仲間なんぞになりたくない。
俺が窓口に戻ると、婆が穴から元に戻れず、四苦八苦していた。太り過ぎだ。
「ぽんっ!」という間抜けな音がして、彼女は内側に戻る。
「あてはあんのかい?」
「まあ……頑張って探します。その前に今夜寝泊まりする所を探しているんですが紹介して頂けませんか?」
俺が問うと、彼女は『何言ってんだこいつ』とでも言いたげに目を細めた。
「あんた、ちゃんとあの紙見たのかい? ドミティアス/21ってのは今日のことだよ」
「はあッ?!」
俺は素っ頓狂な声を上げて張り紙に走り寄る。
『★サービス期間
ドミティアス/1日~21日閉店迄』
確かに、彼女の言う通りに書いてある。そういえば、鏑木に見せて貰った推薦状も日付欄に『ドミティアス/二十一』とか書いてあったか。
くそ……! 誰得だよ、この伏線……。
俺はぎりぎりと唇を噛む。
ダダダッともう一度婆に駆け寄り尋ねた。
「ここ何時に閉まりますかっ?!」
「19:10」
ウチの近所のコンビニかよ!
俺は田舎特有の半日営業の店舗を思い出しながら、壁に掛けられた時計を見た。
『今は18:10ナリーwww』
丸い古時計が、チックタックと面白可笑しい音をたてながら、秒針を回していた。
あと、一時間しかねぇ!
「すいません! また来ます!!」
俺は婆に大声で言うと、その場から駆け出した。
後ろから婆の張るような声が飛んでくる。
「登録のときは本人がいないと出来ないからねぇー!!」
「分かりましたぁぁぁ!!」
そして、奇行種のような走り方の男がマックスギルドを飛び出していったのだった。
――――――――――――――――――――――――――
「終わった……」
俺は石畳の広場でうなだれたように噴水縁に座り込んだ。
八戦八敗。勝率ゼロパーセント。
街の中心部で話しかけた人たちには悉く仲間になることを断られてしまった。
パーティを組む以上、ある程度実力のありそうな奴がよかったが、それは彼らも同じ。
俺が話しかける度に、「何か魔法が使えんの?」とか「お前、体力なさそうだしなぁ(笑)」とか言われて拒否られた。
それに、全員顔が半笑いだったから、端から俺と組むつもりはなかったらしい。全員、餅詰まらせて市ね。
魔法ならさっき森で飛び切りデカいのを行使できたが、如何せん枷つきの能力。
命のピンチにでもならない限り、俺はただの人だ。
「はぁー……。もうこの際、何処かに雇ってもらおうかなぁ」
労働者として、職を手に付けるのは不本意だが、背に腹は変えられない。
暫く、それに身をやつして、あの婆が請求した10000ヴァーツという金を溜めるほかない。貨幣価値的にこの国のヴァーツという単位は円とほとんど同じくらいらしい。
果物屋で売られていたリンゴが、一個辺り150ヴァーツという金額設定されていたことから導いたテキトーな推測だ。
あれが、高級品だってのなら、結論もだいぶん軌道修正がいるが、まさか路傍で売られる代物にそんなハイグレードなものもあるまい。
八割方これくらいの認識で正しいだろう。
となると、日雇いのバイトとかで……。
俺がソロでのギルド加入の算段をつけていると、視界の端にとある人影を捉えた。
長い金髪。小柄な体躯。そして、頭からひょこっと生えた狐耳。ふさふさ狐尾が元気なくだらん、と垂れているが間違いあるまい。
さっき、マックスギルドですれ違った狐っ娘だ。
俺はすっくと立ち上がり、とぼとぼ歩きの彼女を追う。
なぜ、その時ばかりは積極的になれたのか今でも分からない。
だが、今ここで手をこまねき、見送ると一生後悔することになる、と頭の隅に雷光の如く閃いたのだ。
「ねぇっ! 君!」
思いのほか大きな声が出た。もう、色んな人にフラれまくって若干ヤケを起こしていたのかもしれない。
果たして、その少女は俺の呼びかけに瞬に反応する。
彼女はビクッと弾かれたように背筋を伸ばした。恐る恐る……という調子でそーっと俺の方を振り返る。
長い前髪に隠れがちな鮮翠の瞳が俺を捉えた。
さっきすれ違ったときは一瞬だったから、あまり意識しなかったが、こう真正面から相対するとかなり緊張する。
アイドルの握手会なんて目じゃない。
彼女はもっと美術館のガラスケースに展示されているような精緻な美しさと華奢なガラスじみたものを有していた。
俺はとっくに立て終わっていた推測から会話を切り出す。
「君……さ。もしかして、冒険の仲間とか探してない……?」
俺が問うと、彼女は「……!」という無言の驚きを顔に顕わにした。
そして、数秒遅れて勢い強めにこくこくと何度も頷く。
その反応を見て安堵した。間違ってたら、ナンパとして警察的組織に引き渡されていたかもしれなかったのだ。
因みに、この推理はいたって単純だった。
単なる状況証拠でしかないが、彼女は俺より一足先にマックスギルドに来ていた。
そして、恐らく登録手数料が払えなかったのだろう。
それは受付婆のあの「さっきもアンタみたいな文無しが来たわよ」という発言だ。
時間的に見てまず間違いなくこの少女だったのだろう。
そして、極め付けは飛び出してきた彼女が泣きじゃくっていたこと。
多分に苛烈な例の婆だ。金が払えないと知れた時に、何か気に障ることでも言われたのだろう。
こうして俺は自分とパーティを組んでくれるに相応しい、あらかたの理由をこの少女に見出したわけである。
だが、まだ条件が足りない。詰めに入るにはまだカードを切る必要がある。
俺はなるべく、彼女が提案に応じやすいように畳みかけた。
「じゃあ……さ。最初だけ俺と一緒にパーティ組もうよ。それで二人ともお金が溜まったら、もう一回別々に登録しなおすってことでさ」
これだ。これが俺の切る最強の切り札。
「やめたくなったら、すぐやめられるから」
売人が一般の人にヤクを売るときの常套句。非常に阿漕なやり口だが、この交渉術に関しては捨てたものでもない。
あくまで逃げ道を用意することで獲物を安心させ、罠にかけるのだ。
……まあ、俺に女の子をずっと縛り続ける度胸なんてないんだけどね。
さて、俺が緊張の面持ちで見守っていると、彼女は、あわあわと目を泳がせた。
正面から向かい合わせになることに慣れていないらしく、視線が下がる。
シャイガールか?
それでも俺は辛抱強く待ってあげる。
恐らく、相手は年下。肌の張りや背丈などの要素を鑑みても、年齢的に中学生くらい。小学生って言われても頷けるかもしれない。
っていうか、これ完全に俺が不審者じゃん?!
誰か見ていないかと俺が周囲を警戒していると、不意に玉を転がすような声が前方からした。
「あ、あの……是非、お願いします……!」
俺が目を丸くして、その少女を見ると、彼女はぺこっと頭を下げる。
そして、彼女は小さな上体を上げると、「くひっ」とぎこちない笑顔を見せて首を傾げたのだった。