第十五話 『登録手数料が払えなーい』
さて、彼らと別れた俺は耳よりな情報を手に入れた。
「ほ、本当ですか?!」
俺は目を輝かせる。
「ああ、本当だとも。この街のギルドはあそこだけじゃねぇ」
露店の日陰で果物を売っていたサイみたいな店主が答えた。いや、みたいな、という表現は適格ではなかろう。
大きな人の身体に載っている顔からは一本角が生えており、まさに人外である。
亜人、つまり『やや人である』ということだ。
彼は角についている汚れが気になるらしく、仕切りに布で磨きながら、眉を顰めた。
こうしていると本当に人間のようである。
「なんだぁ? 兄ちゃん。そんなことも知らねぇのか? この街の人間なら知ってて当然のことだと思うが……」
「あ、いやーこの国に来たばかりなもんで……」
ははは、と笑って誤魔化す。すると、サイの店主は「ふーん」と言いながら俺の全身に素早く目を走らす。
「おい、兄ちゃん。珍しい恰好をしているなぁ。アンタ、実はトラベラーの奴か?」
そういえば、と俺は自分の身なりを確かめた。
たしかに、俺のようにジーパンにチェックのシャツという出で立ちの人間はいない。
周りを歩く人たちは黒ローブやゆったりした民族衣装、鎧をまとった人などが多い。
この店主も下は麻でつくったような短パンに上は裸というラフな格好だ。
さっきから道行く人の視線を感じていたのはこのせいなのだろう。
まあ、そんなことは良い。人の注目を悪い意味で浴びることに関しては慣れている。
今は情報収集だ。
「とらべらーって何ですか?」
「なんだ、やっぱり知らねぇのか。神様からこの世界に送って来られた異世界人のことだよ。大体、皆高いポテンシャルを持ってるから、ロイギルに招待されんだぜ? 羨ましいよな」
サイ男は「どうせ俺なんざ、しがない果物売りだ……」とか言いながら自嘲気味に笑っていた。
別に同情したりはしない。
他者を羨み、自らを卑下したことなど数え切れぬほど経験がある。
だが、日がなそういうことに時間を使った所で、後には空虚なやり切れなさが残るだけ。
時間の無駄とはこのことだろう。
「色々教えてもらい、ありがとうございました」
俺は手短に謝辞を述べると、さっさとその場を離れた。
負の空気に当てられると、こっちまでナーヴァスになってくる。
まあ、正に振り切った空気もあまり好きではないが(たとえば、リア充のバカ騒ぎとか)
やっぱり普通が一番!
さて、歩き始めておおよそ30分。
俺はかなり街はずれの所まで来ていた。
まだか?と思い始めてからようやく『ギルドあり〼』というボロい看板を見つけたのだ。郊外にあり、立地は最悪。加えて、案内板は文字が消えかかっている。
この時点でだいぶん嫌な予感はしていた。
そして、そのギルドの建物を目の前にしたとき、その予感は的中した。
「えぇ……」
思わず引いてしまった。
それは三階建ての西洋屋敷のようであり、大きさに関してはまだ文句なしだった。
だが、窓ガラスは所々、ヒビが入っており、汚れている。
屋根にも穴が空いているではないか。
所謂、幽霊屋敷である。
このギルドは殆ど、儲かっていないのだろうか。
お化け屋敷としてアドベンチャー経営した方がかなり利益効率は良いと思うのだが。
しかし、ポジティブに捉えれば、別の考え方も出来る。
ツッコミどころ満載なギルドだが、もしかしたら、これは隠れ蓑かもしれないのだ。
人々から様々な依頼を引き受ける筈のギルドが身を隠すとはこれ如何に、という話だが、そうでもしないと引き受けられない仕事内容なのかもしれない。
例えば、要人暗殺の依頼、あるいは国家機密に関わる案件など。
そう考えると、何だかスパイエリートみたいだ。そういうのも悪くない。
俺はミッションインポッシ●ルのBGMを脳内にかけながら、そのギルドの入り口に近付いていった。
大きな屋敷の入り口は立派な扉がついており……というわけでもなかった。
というか、その辺にそれっぽい木扉が打ち捨てられている。既に雨風に打たれ、腐食が始まっているらしい。
ではそこには何があるかというと、カーテンのような分厚い布が代役を果たしていた。
灰色の生地の上には赤のペイントで『入口』とでかでか書かれている。
恐らく裏側には『出口』とか書いてんだろ。
何だか色々と荒っぽい雰囲気に、俺は若干の不安とワクワク感を持ちながらそこをくぐろうとした。
――が、それは突然内側から飛び出してきた者によって阻まれた。
「うわーーーん!!」
大泣きしながら建物より飛び出してきたその人物は女の子だった。
大体、俺の胸の高さくらいしか身長がなく、小柄な体躯だ。
所謂、ロリ娘。
髪の色は小麦畑を連想させるような金髪だ。かなり長く彼女の膝丈くらいまではある。
顔は整い過ぎるほどに整っている。美少女と言って間違いあるまい。芋女ばかりの田舎の地元においては、これだけでも注目を浴びるだろう。
が、それ以上に俺の目を引いたのは彼女の頭から生える大きな狐耳とヒップのあたりでもぞもぞ揺れる狐尾であろう。
ロリ狐っ娘である。
彼女は鮮やかな翠眼に大粒の涙を溜めながら、チラッと俺と視線を合わせ、すぐさまダダダッと敷地外に姿を消していった。
「な、何……?」
俺は暫く茫然。あんなに泣きじゃくる少女を近くで見たのは随分と久しぶりだ。
確か、下着をプレゼンツして亜子ちゃんを泣かした時以来。
というか、隠れヲタとしてああいう萌えの権化を放っておいていいのだろうか。
まあ……いいか。
どうにも、今の自分には人の心配をしている余裕がない。
空は茜色に染まりつつあるし、早いとこ仕事と寝泊まり出来る宿を確保したかったのだ。
俺は先ほどのカワイイ系美少女を振り切るようにして、建物に入っていった。
内側はホールのように天井が高かった。一階と二階の間にある床をぶち抜いた構造。
その天頂では巨大な三日月型の四枚羽がぐるーりぐるーりと空気を掻きまわしていた。
さて、視線を水平に戻すと、入り口から奥に向けて煤で汚れたレッドカーペットが続いている。
そして、最奥の石造り壁には内部に空間が設けられているらしい。
ぽっかり小さく空いた窓の内側に女性が見えた。
横に『受付』と書かれた木版が雑多に立てかけられている。
間違いない。その人物こそが受付嬢であり、俺のこれからの冒険を甲斐甲斐しくサポートしてくれるのだろう。
俺は鼻穴を膨らませて、足を進ませる。
建物内部にはベンチやテーブルなどに色々な種族の人間がおり、見知らぬ顔に奇異の視線を向けていた。
ヤバい、ちょっと緊張する。駄目だ、ゲームの主人公になりきるんだ。
おぼつかぬ足元に喝を入れて、俺は目的地にたどり着いた。
さて、目の前に座っていた女性はと言うと、頬杖をつき、倦怠そうな眼を俺に向けていた。
鼻とかほじっちゃっている。目の前でゲップもしやがった。酒瓶が置いてあるから、飲酒していたのだろう。
――っていうか、ただのババアじゃねぇかぁぁぁ!!
俺がマジでブチ切れそうに、略してマジギレしそうになっていると、受付婆(たぶん嬢という年齢はとうに過ぎている)は一枚の紙を俺にくれた。お前、さっきその手で鼻掃除してただろ。ホンマにブッ飛ばすぞ。
「新規登録かえ? そいだら、ここにアンタの名前書いて、登録手数料を払ってくんないかえ?」
「え? 手数料?」
俺が問い返すと、婆は顎に皺を寄せながら、首肯した。
「占めて、10000ヴァーツや」
彼女の発言は一文無しの俺をどん底に叩き落とすに十分な威力を持っていた。
入口ですれ違った狐っ娘が本作のヒロイン的位置づけでございまっす