第十三話 『リア充しか入れないクソギルド』
さて、絶望的な状況に肩を落としかけた俺に声を掛けた人間は例の金髪高校生——鏑木だった。
彼は人の好さそうな笑みを全面に湛え、にこやかに俺へ軽い会釈。そんな突き抜けたイケメンスマイルは、しかし、ブ男の俺に不快感しか与えなかった。
コイツ、絶対人生の苦労とか知らねぇだろ。こういう糞が、某有名私立大学のアグリーアウトソーシングアジェンダ学部とかいう意識の高い(笑)所に推薦入試で入っちゃうんだろうか。水洗に流されちまえば良いのに。
頼むから、twitterでイタイこと呟いちゃう勘違い君とかにならないでね。あと、就活失敗しろ。
それとも、テキーラで新入生の女の子酔わせて、良からぬことに手を染めちゃったりしちゃうのかな? かな?
まさかそんなことしても、就職デキーラとか思ってないよねっ? ねっ?
あと、就活失敗しろォ!
と、地方駅弁の二流大学生にありがちな僻み根性MAXで毒づいた所で、初めて彼以外の存在に気付く。鏑木の後ろに、金魚のフンこと、飯島、餅田、長谷川の三馬鹿トリオが揃っていた。
彼らは一斉に
「っれー、タニフル先輩じゃーん」
「こんにちはー」
「ちわーっす」
と、もの言う。だから、俺は聖徳太子じゃねぇんだからさ。順番に話せよ。
ってか、今、マイネームがインフルエンザ治療薬みたいになってたのは気のせいか?
あと、まともに挨拶出来てるのが、餅田しかいねぇ。このパーティの先行きが心配だ。
明日、全滅しろ。
わりと本気の上っ面で彼らの心配をしながらも、俺様は猫を被るにゃん。
「おっす……。君らもここに用があったの?」
誰に視線を合わせたら良いのか分からず、取り敢えず、ボス猿っぽい鏑木に問う。
すると、彼は「あ、そうなんですよー」と言いながら、ズボンのポケットより二つ折りにされた青い紙を取り出す。
広げて、俺にも見せてくれた。そこには慇懃な文言で次のように連ねられていた。
『
ヴァーツ王国
ロイヤルギルド経営戦略部門
ユリウス暦/千五百十六年/ドミティアス/二十一
推薦状
鏑木 司君は、私が管轄する区域の学徒の中でも特に優秀な人材です。
在学中は誰とでも容易に打ち解ける愛想良い人格者として皆から慕われ、また、団体競技ではレギュラー選手として、チームに多大な貢献をしてきました。
加えて、彼は持ち前の明るさと協調性で、社会コミュニティの中でも常に中心的な存在であり、また、細かな所にもよく手が回る大変気配り上手な人間です。
彼こそまさに御ギルドに名を連ねるに相応しい人物でありましょう。
どうぞ、ご高配賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。
敬具
ヴァルハラ界第八〇三管区
管理人
ラクス・ラ・テール
』
「……」
おっと、危ない危ない。うっかり、鼻紙に使っちゃうところだったぜ。
しかし、あのヒゲ爺。俺のことはガン無視くれやがった癖に、こんなチャラ男に賛詞を綴るたあ、どういう了見だ。
第一、この書面でこいつの学業成績について全く触れられてねぇじゃないか。
何? 冒険に筆記試験の点数は関係ない? あるから、超関係あるから。微分積分しまくるから。
俺は悔しさのあまり、不自然に顔を引き攣らせながら、御ギルドに相応しい人物――鏑木君を誉めてあげた。
「へ、へぇー凄いじゃん」
すると、彼は後頭部に手を回して白い歯を見せながら笑う。癖なのだろうか。褒められ癖か。随分と羨ましい半生を送ったんだなぁ! このリア充がァァ!
「いやぁ、僕なんてほんと大したことありませんよ。ラクス様もオーバーに書きすぎなんですよね(笑)」
彼はそう謙遜する。
なんだ、分かってんじゃんか。そうだよ、お前は全然大したことねぇ人間なんだよ。
ちょこっと顔が良くて、背が高くて、運動も出来て、友達が大勢いる……す、すげぇぇエエ!!
俺をひっくり返したら、こんな風になるんだろうな。
こいつには勝てねぇ。そう思った俺は他の三人に水を向けることにした。
アレだ、将を射んと欲すれば何とやらってヤツだ。
「そう言えば、君らの名前が載ってないけど、どうするの?」
俺は意地悪く目を光らせた。
どうせ、こいつら碌な人間ではあるまい。
恐らく、この三人には推薦状など書かれていないだろう。
一人だけがロイヤルクソギルドとやらに、招聘されてそれを機に仲間割れでも起こせばいいんだ。
「俺達も書いてもらったんすよー」
「何か……、恥ずかしーよね……?」
「あのジーサン、良いこと書くじゃん?」
しかし、俺の目論見は、彼らがゴソゴソ取り出した紙片によって敢え無く霧散してしまった。
んだよ、テメーらも貰ってんのかよ! あの、ヒゲェ!
もはや、誰でも良いんじゃねぇの? 何で、俺じゃダメだったんだよ?! 成人目前にして、大学童貞ぼっちな所か? それは俺が悪いんじゃねぇよ、周りが悪いんだよ!
※※※
俺は、講義初日のエピソードを思い起こす。あれは、第一回目のオリエンテーションでの出来事だった。
高校三年間、殆ど友達が居らず、また彼女の一人も居なかった俺は息巻いていた。
『今度こそ彼女を作ってやる』と。
友達などはもう要らなかった。その程度はもう耐性が出来上がっていたのだ。無駄に群れて、行動範囲を縛られるよりも、ソロ行動の方が気が楽、と悟っていた。
しかし、そんな強靭な精神を持つ俺様でも生物の本能には抗えない。
俺の内に潜む九尾が唸ったのだ。女をよこせ、と。
清楚で可愛くて優しくて、俺の良さに気付けて、駄目な所さえも全て寛容に受け入れてくれるような天使をよこせ、と。
これは、偉大なる性染色体XYの命令だ。逆らえば、たぶんYがXに変わったりして、俺は俺でなくなり、ワタシになっちゃうところだった。
だから、従った。
そうでもしないと、俺は天涯孤独のハゲリーマンとか言う悲惨な社畜への道を確約されそうだったからだ。
教授の指示で自由トークの時間が設けられたとき、思い切って隣に座る茶髪ボブの眼鏡っ娘に話しかけた。
「あ、あにょ……、高校どこ? 俺、××なんだけど」
『あの』が上手く発音出来てなかったが、我ながら完璧な初弾だったと思う。これで、彼女が俺の地元じゃなかったら、そこをネタに突く。割と近い所だったら、内輪ネタに盛り上げる。
かの天才軍師、孔明でも思いつかないような妙策だったとその時は感じていた。
だが、俺は重要な下地を敷き忘れていたのだ。
「えっと……?」
その女の子が俺に顔を向けて戸惑うような反応をした。
随分横顔の可愛い彼女は正面から見ても可愛かった……と思う。
実はその時恥ずかしくて、その女の子を直視出来なかったのだ。
視線は双曲線を描く彼女の胸の谷間に向けていた。
顔を朱に染めながら、この子、結構あるな……と何カップか知るがために、微小区間に区切りインテグラル。
しかし、その子から飛び出した思いもかけぬ発言に思考は中断された。
「もしかして……、古谷くん……?」
なんと、びっくら仰天。
偶々、大学の講義で隣り合わせた彼女は俺が中学の時に下着をプレゼントした件の想い人――亜子ちゃんだったのである。
ドミティアス=十月って設定
この世界はユリウス暦採用ですが、西暦同様、一年十二か月あります。
つまり、ドミティアス/21とは今日のことですね
※wiki検索なんで、細かい差異についてはご容赦を。