第十二話 『前門の虎、後門のリア充』
「ふむ……」
俺はにぎにぎと右手を閉じたり開いたりする。
いたって何でもない、少々楽をし過ぎて綺麗なままの怠惰な手だ。
そして、先ほどそのマイハンドから放出された豪風の爪痕を見た。
それは紛れもなく、ありありと目の前に残っており、通り過ぎた破壊の強大さを物語っている。
「んんん……?」
首を傾げながら、もう一度その右手を突き出してみた。そして、「波ァッ!」という掛け声と共に力を入れる。
『しーん』という擬音が正しいのだろうか。今度は全く何も起こる気配がなかった。
つまりこれは、アレだろうか。
さっき、空から落ちてきたときもそうだったが、ピンチな時しか発動しないとかいう条件付きの異能なのかもしれない。
少々、枷のある能力だが、俺はその推測に一人小躍りした。
「これは……無双出来るかもしれん……」
まだ自分に備わったチカラの全貌が分からないが、取り敢えずこの能力が飛びぬけて強力なのは素人目にも分かる。
だって、この大森林を分断しちゃうんだよ? モーゼかよ。
思わぬ棚ぼたに俺は顔をほころばせながら、歩き始めた。
向かうは自分が先ほど作った道の先。
――市街地だ
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「おいおい……」
「何じゃこりゃー」
「やば……」
「何これ……?」
四人の男女が思い思いの反応で眼下に広がる景色を眺めていた。
彼らが居るのは丘上の、せり出した崖のような所。
そこは周囲を取り囲む森林一帯がよく見えた。富士の樹海並みに広大で雄大な大自然が広がっている。
そして、コンクリートジャングルで育ってきた彼らにとってはそれだけでも十分な驚きだが、今はそれ以上に彼らの目を引くものがあった。
それは深々と刻まれた森林の地割れ。真っ直ぐ、うねるようにして遥か向こう側へと続いている。
「これ、さっきの竜巻だよな……?」
鏑木がゴクリと息を呑むようにして喋った。
「間違いねーよ……巻き込まれなくてよかったぁ……」
飯島が胸を撫で下ろすようにして、彼の発言に応じる。
「けどさー、この道通ってったら外に出られるんでね?」
長谷川が金髪の横髪を指でくるくるやりながら、言った。
すると、餅田が
「それ、あるかもー! ナナちゃん、頭いいー」
と彼女を褒めちぎる。言われた本人は「だしょ?」と得意げな顔でふふん、と笑っていた。
実は鏑木と飯島も同じことを考えており、『別に今のは誰でも考え付くと思うのだが……』と内心で思っていたのだが、空気を読んで黙っていた。
但し、それを頭がぽぽぽぽーんな餅田が本気で言っていたことまでは気付かなかったが。
「じゃあ、早いとこ街に行ってラクスさんの言っていたこのギルドに向かおうか?」
鏑木がズボンのポケットから一枚の紙片を取り出し、それを彼らに示しながら提案する。
「さんせーするっしょ」
「せー」
「うん!」
十色の賛成が彼に返る。
なんだかんだ仲の良い四人組であった。
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「ふおおお……」
感動した。
俺の目の前に広がっているのはいつもRPGでやっていたあの世界。
冒険者の街だ。
そこは路面に石畳が敷かれ、せり立つ建物の殆どが石と木材で組まれた如何にもな街並みだった。
高層ビルやマンションなど欠片も見当たらない。
このような風景を見るのは間違いなく生まれて初めての体験だろう。
これだけでも随分、衝撃的だったのだが、しかし、それ以上に目を引くのは通りを歩く人々の姿である。
何とゲームでしか見たことないような亜人種達が目の前を悠々と歩いているのだ。
あっちには尻尾とヒゲの生えた猫女みたいなのがいるし、こっちにはリザードマンのようなものもいる。
お、向こうにはヒグマのおっさんもいるじゃないか。チョット怖いな……。
リアルなファンタジック体験に俺は若干ドギマギ。
こ、言葉とか通じるだろうか……?
試しに、道行く人に話しかけてみた
「は、はろー?」
しなやかな身体の上背なお姉さんが俺の呼びかけに立ち止まる。青い瞳に、白髪のストレート。
現実世界なら十分、美人として通用するだろう。うちの大学なら、ミス何とかかんとかも狙えそう。ただ、人間ではないのだが。
彼女の頭頂部からは黒ぶちがかったケモミミが出ており、鼻も猫のようである。
顔全体は白い毛が生えているが、右目周りの毛だけ黒く染まっていた。
シロクロ猫と人間の亜人といったところか。お尻から生えた尻尾が悪戯っぽく正弦波を作っている。
その仕草の可愛さに危うく、俺との婚約届へのsinを申し出てしまいそうだった。
「にゃんですか?」
おうふ、いきなりこう来たか。やはり、猫コスの喋り方は何処の世界も同じでござるな。
ていうか、思いっきり日本語じゃん。その辺の設定気になってたけど、ちゃんと配慮されてるのね。
「あの冒険者ギルドを探しているのですが……」
「ああ、それにゃら……」
そう言って、彼女は「あっちの方にゃ」と指で向こう側、街の中心部を指し示す。
正直ほっとした。
異世界にはギルドなる冒険者支援団体がつきものだが、自分が召喚されたこの世界が本当にそのテンプレに則っているかは甚だ疑問だったのだ。
しかし、その辺の問題も早々と解決されてしまった。恐ろしいほど順調な攻略に逆に不安になりそうだ。
俺は親切な町娘Aに礼を言うと、急ぎ足でギルドに向かったのだった。
※※※
さて、彼女の言っていたギルドはここだろうか。入口両脇に虎のような獣の彫像が、がおっている。
そして、随分、豪華な鉄扉に『Royal Adventures Guild』とシャレオツに銘打たれていた。Guildとあるので、ここに間違いなかろう。
Royal——王立、という意味の単語が少々気にかかるが……
俺が一抹の不安を抱えながらもその門をくぐろうとすると、突然、壮年の門兵さんに道を阻まれた。
「何でしょう……?」
「失礼。入場許可証をお見せ頂けますかな?」
「へ?」
何ソレ、美味しいの?みたいな顔で俺が首を傾げると、門兵さんも同じように首を捻った。
「新規冒険者の方ですか? でしたら、推薦書をお見せ下さい」
はてな、水洗所とはなんのことであろうか。トイレ? んなもん持ち歩いてませんけど。
それとも、俺が肉便器とかいう彼なりのジョークだろうか。だとしたら、笑えない冗談でござるな。
HAHAHA~ 先生はトイレではありません!(笑)
そんなことを考えながら、俺が首を傾げていると、段々相手の顔が険しくなるのが分かった。
「失礼ですが、推薦書なき場合はこれより先への通行を禁止致します。どうぞ、お引き取り下さい」
極めて冷静に事務的な口調で告げると、門兵さんは守衛所に戻っていった。
俺は一人、阿呆のように取り残される。
なんてこった。第一関門から躓いちまったよ。これはつまり、こういう状況だ。
数学の大問で(1)から分からず、その後全てがワカラナイという大変ヤバい事態。
因みに、これは実体験に基いている。俺様を落としやがったあの大学め。末代まで祝ってやる。
しかし、どうするよ。
冒険者登録も出来ない限り、俺は住所不定無職の童貞だぞ。
しかも、大学ぼっちで禿予備軍とかいうトリプルコンボだドン!
こんなん一生結婚できませんわ。
あまりに絶望的な展開と先行きの見えぬ未来に俺が嘆いていると、後ろから底抜けに明るい声が掛けられた。
「あっ! 古谷さんじゃないですか!」
あん?
俺が底意地の悪そうな目で振り返ると、そこには同じ転生者のリア充高校生が居た。