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YES/NO『青春デビューに失敗した人間が、異世界デビューを成し遂げられるか?』  作者: 志島踏破
第壱章 異世界転生がなんか思ってたのと違うんだが
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第九話 『異世界ダイビング!』

「ミーツケタ……」


 ねっとりと絡みつくような怨嗟の声が背中越しに届く。


 これなんてホラゲ?!


 あわあわ、と俺は口を半開きし、色を失った。

 

 振り返れば奴がいる。


 運慶快慶力作の金剛力士像の如きキャリアウーマン。

 神様の遣い。地獄の遣いと言われた方がよっぽど得心がいく。


 ヤバい。


 どういう原理か知らんが、長い髪がスーパーサ●ヤ人みたいに逆上がっている。

 相手が放つ濃密なまでの殺気に俺の龍玊は、きゅっと縮んだ。


 ってか、さっきからトイレを我慢していたんだった。人生に幕を下ろす前に盛大に失禁してしまいそうである。

 命が終わる前に、人としてオワリそうだった。


「わああ! わああああ!」


 俺は泣きながら、目の前に(そび)える壁をドンドンと叩く。


「死にたくない! 死にたくない! もう死んでるけど、死にたくないィ!!」


 人間、追い込まれると、意味不明な言動をとるものである。

 俺はみっともない醜態を晒しながら、ただひたすらに壁を叩き続けた。


「無駄無駄無駄無駄無駄ァ!」


 どこかで耳にしたことがあるセリフを連呼しながら、彼女は確実に俺とのディスタンスを詰めてくる。


「オラオラオラオラオラァ!」


 俺は一縷(いちる)の望みに掛けて、ただ叩く。

 

——トンネル効果

 

 以前、とある量子力学の講義で紹介されていた現象である。

 曰く、「ポテンシャル障壁がどうじゃのこうじゃので、壁をすり抜けることが出来る」とハゲの教授が言っていたのだ。

 普通に考えてそんなことあり得ないのだが、こんな八方塞がりの状況に味噌もクソも知ったことか。

 恥も外聞もかなぐり捨てて、俺は一心不乱に巨大な壁へと体当たりを食らわした。

 

 進撃の古谷、ここに極まれり。だが、人類に希望はまだ残っていた。


「おおおおおおおお!」


 絞り出した渾身の掌打を俺が壁に繰り出した次の瞬間——




——身体が壁にニュルンベルクッと吸い込まれたのだ。



「おおっ?!」


 叫んだ時には既に視界は真っ暗。ただ何か高密度な物質の中をグイグイと進んでいく感触が残った。


 コレが壁の中に居る時の感覚か……。


 知りたくもない知識が余計に増えてしまった。まあ、命が助かったからそんなことは些末なことだが。


 しかし、俺が一息つこうとした時、途端に肌に感じる感覚が激変する。


「寒っ! てっ……エッ!!」


 急落した気温にブルッと身震いしたのも束の間、視界が突き抜けたように広がっていた。


 上空には眩いほどの光を放つ太陽。そして、眼下には真っ白なでこぼこ海。澄んだ水色がその他背景を彩っていた。


 俺はフフッとキザに笑う。


 ていうか、ここ空じゃん。


 耳元で風がぴゅうぴゅう鳴っている。そう、自分は今、真っ逆さまに空を落っこちているのだ!


 さながら、ジ●リの映画であった例のシーンである。

 俺、あの石持ってないんですけどね!


「のわああああ?!」


 流星の如く成層圏から自由落下運動。

 白い雲海にズボッと突っ込むと、綿のような感触が次々と俺を殴りつけた。

 が、それも一瞬で終わり、今度は雲の下層に出る。


「あぁァあァ、アレばばばばば?!」


 風に叩かれブルドッグのような顔面になりながらも俺はその眼下に映る景色を確認する。


 何処までも広々と続く大地。その殆どが新緑に覆われている。そして、幾つかの山や丘陵地帯も見えた。

 所々、平地になっている箇所には人工的な建造物群も見える。

 街だ。


――と思った時、数百メートル先に俺は異質な生物の鳴き声を聞いた。



『ギシャーーーン!!』


 

 何事と思ってそちらに目をやれば、随分馬鹿でかい怪鳥が雄々しく飛んでいる。

 黒い鱗にその身体は覆われ、頭部からは乳白色の角が伸びている。

 パッと見、トカゲに似ているが、エラーを起こしたかのように巨大な体躯だ。


 俺はこのような生物を生で見たことはないが、しかし、ゲームやアニメでは幾度となく目にしたことがある。


――ドラゴン


 そう、ファンタジーのセカイで種の頂点として君臨する最強の生物だ。

 そして、逆説的に言えば、彼が居るということは、ココは……つまり、このセカイは……


 

「いせがいだァァァァアア!!」



 発音が伊勢貝のようになってしまった。何だかとても美味しそうである。

 日本酒と一杯やったら旨かろう。


 まあ、そんなことはどうでも良い。取り敢えず、この状況を何とかせねば……



 俺が愚にもつかぬことを考えている間にも、高度はグングンと下がっていた。


 気付けば、近くに居たドラゴンも何処かに行ってしまい、俺は落ちるに任せるだけである。


 普通に考えれば、このまま自分は地面に激突し、ご臨終。増幅された運動エネルギーで小クレーターとか出来るだろう。

 その時は是非とも、古()と名付けて欲しいものだ。あ、『オールドヴァレー』とかちょっと良いかも。

 

 しかし、もしかするとそんな痕すらも残らないかもしれない。

 トマトを落としたら、ソイツがべシャリと潰れるように俺も同じ運命を辿るのかもしれない。


 そんな想像に至ると、人間末恐ろしくなるものだが、不思議と俺は落ち着いていた。

 というか、まだ夢の途中なんじゃねぇかと疑っている。確かに、感覚は鮮明だが、そんな夢も時にはあろう。


 だったら、今までの経験則的に地面と衝突すると同時、俺は目が覚めるのだろう。

 

 寝ションベンとかしてねぇよな……


 そんなフザケた不安と共に、俺は地面へとJOJOにJOJOに接近していく。

 この(ぶん)だと数十秒後には地上へ辿り着く。


 それでこの夢もオシマイ。

 目が覚めたら、また友達の居ないツマラナイ学生生活に戻るのだろう。

 

 ヤバい、ちょっと泣きそう……


 夢であって欲しいと切に願いながらも、心根は真逆を望んでいた。




 俺は落ちていく。

 

 知らぬ大地に(いだ)かれるように。


 しかし、俺は知らない。


 これが醒めやらぬ夢であることを。

 もはや、それはもう一つの現実と言っても良いのかもしれない。


 こうして、俺――こと古谷悠人はアナザーワールドに転生したのであった。

 

ふう……朝からナンパされちまったぜ――



――という妄想をしながら、毎朝社畜通学しております(切実)

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