プロローグ 『リア充って猿なん?』
俺――古谷 悠人はさっきから足の震えが止まらなかった。
その振動は俺の乗っている快速バスの揺れのせいではない。真夏日のガンガン効いた車内クーラーのせいでもない。
人はそれを『貧乏揺すり』という。
そもそも、この言葉の由来には諸説あるが、Wikki先生によると「貧乏人がせかせか動いている様に金持ちには見えるから」ということらしい。
しかし、俺は貧乏人なわけではない。家は光回線を引いているし、マイパソはあるし、ラノベの蔵書に至っては優に百冊を超えている。
まあ、中流と呼んで差し支えあるまい。
更に、俺は今朝がた家を出るときも特に「せかせか」していたわけではなかった。
むしろ「わくわく」していた、という表現の方が正しかろう。
その原因は俺が小脇に抱えるリュックの中身にある。
クリップ付きクリアファイルに厳重保管されたるは、夢の国へのチケット。
上部には「声優トークショー参加券」と印字されている。
なんと本日、八月一日、世間で言うところの夏休み開始日に、海沿いのライブ会場「マリンハウス9」へお気に入りアニメのヒロイン役声優がやって来るのだ!
もう、昨晩からwktkが止まらなかった。お陰で睡眠時間は4時間くらいしか確保出来ていない。
その為かいつも以上に神経過敏になっている。些細なことで額に筋が走るくらいには『俺ラシアプレート』の歪みが拡大していた。
「クソが……。何で、夏になると毎年ああいうのが発生するかねぇ。猟友会は何やってんだよ……」
目尻に大きなクマを作った俺は、ねめつけるようにして、バス内前方を睨む。
そこには、黄や赤の毛並みをした元気なお猿さんたち。
何故か、夏の学生服を着ていた。
占めて四匹はいる。
彼らは、ウキキー、ウキャキャーと思い思いの鳴き声を上げながら騒いでいる。
その畜生劇を人間語に翻訳すると大体以下のような感じ。
「てかさー、今日海行った後、ボーリング寄ろうぜ! ボーリング!! 俺マジ最近ナマッてんだわー」
「ええー、私は皆でカラオケ行きたいし! ザイルやろうよザイル!」
「うわ、まーたひなっちのザイル愛、聞かされんのかよ……。ダルっ」
「ははは。まあ、そう言うなって、なーちゃん」
はてな、カラオケハウスに山麓などあっただろうか。
まあ、最近はサービス業も進化しているから、そういうこともあるのかもしれない。
しかし、まあそれにしてもたかが登山ロープ如きにあそこまで熱い愛を語れるとは。あのメス猿やるなぁ。将来はきっと大物の登山家になるに違いない。
あ、そもそも山が生息地か(笑)
――とまあ、これくらいな感想を述べちゃうくらいに今の俺には不機嫌バブルが到来していた。
さて、ここでそんなベテラン評論家、俺のスペックを簡単に貴様らへ紹介してやろう。
※※※
・名前……古谷 悠人 男 (19)
・職業……大学生
・顔……好きな子にLINEしたら既読をつけて貰える位にはイケメン(因みに、返信が来たことは無い。多分、余りに俺が美青年過ぎて緊張しちゃってる)
・好きなモノ……二次元
・嫌いなモノ……三次元
・資格……死角? 特にありません。……まあ、強いて言うなら漢検三級ですかね。
・特技……気配を殺して歩く(癖になってます)
・友人関係……SNSに友達が百人以上居ます。皆、プロフィール画像が可愛いアニメキャラです。発言に表裏が無く、素敵な人格者の方々です。また、皆さん初対面の自分にも敬語ではなく、タメ口をきいてくれる位には気さくなお人柄です。
・座右の銘……天上天下唯我独尊
※※※
いやー、改めて書き並べると俺のスペックってやっぱすげぇわ。
これなら異世界転移されても無双出来るんじゃね?
昔、とあるネット小説サイトに俺と同等の能力を有する主人公を立てた小説を投稿したが、摩訶不思議なことに、あまり人気は出なかった。
きっとそのサイトの読者達は皆、目にものもらいでも出来ていたのだろう。
あまりに不憫過ぎて俺は彼らにスーパー抗菌目薬EYE-SHOTを買ってあげたい、と心底思ったものだった。
……まあ要約すると、リア充爆発しろってことだ。