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最終話【前編】  最後の対決――生還――そして・・・

 □◆□◆


 ◇


 武瑠をあざ笑うかのように、ギガンストルムは政木を海へと放り投げた。


「武瑠くんッ!」


 状況を悟った一颯が、下から政木が落とした投げナイフを放り上げた。

 それを受け取った武瑠はギガンストルムへと振りかぶる。が、ギガンストルムは皆本を前に突き出して盾にしてくる。


 足場の悪いなか、潜り込むように皆本を避けた武瑠。跳ね上がるようにして皆本を掴む腕へと切りつけた。

 皮膚の薄い内側を切られてさすがに痛かったのか、ギガンストルムは絶叫と同時に皆本を放す。


 武瑠は手を休めることなく、今度はギガンストルムの眼へと狙いを定めた。


 どんなに強力なバケモノといえど生物である以上、脳を破壊されては生命活動を維持できないというのは実戦を通じて経験済みである。

 小さなナイフではあるが、その小ささを利用して目を刺し、奥の脳を破壊するつもりだ。


「直登の、みんなの仇だあああッ!」


 ナイフがギガンストルムの眼を捉えようとしたその瞬間、波で揺れた船に足を取られて狙いが外れてしまう。まぶたを傷つけることは出来たが、それでは不十分だ。


「くそッ、今度こそ……ッ!」


 もう一度振りかぶった武瑠の手をギガンストルムが払う。

 そのバットで殴られたような衝撃でナイフを落としてしまった。

 船体で跳ね返ったナイフを再び手に取ろうとするが、


「ぐがッ!」


その前に首を掴まれて持ち上げられてしまった。


 ギガンストルムの怒りが、鋭い歯を剥き出しにしたその醜悪な表情から伝わってくる。


 なんとか解こうともがく武瑠だが、その太い腕の力にはビクともせず、じわじわと首を絞めつけられる。


 ギガンストルムにとって武瑠を絞め殺すことなど造作もないことだろう。もがき苦しむ武瑠を感じて喜んでいるに違いない。


 眼を潰された、恨みのある相手への復讐。

 そんな人間っぽさが仇となって油断したのだろう、ギガンストルムは皆本への対応が遅れた。


「神楽を離せッ!」


 跳ねたナイフ。武瑠が取れなかったそれ手に収めていた皆本が、ギガンストルムの足首へと切りつけていた。


 アキレス腱を切られたギガンストルムは体勢を崩し、武瑠もろとも海中へと落下する。


「神楽! 神楽あああッ!」


 身をのり出す皆本。

 そこに武瑠の姿はなく、海の中からはいくつもの空気の泡が浮かんでくるだけだった。



「武瑠くんがどうしたの!?」


 一颯が顔を出し、そこに武瑠の姿がないことを知って青ざめる。


「皆本くんっ、武瑠くんは!? 武瑠くんはどうなったの!?」


 皆本はその問いに答えられない。


 ハッチから上がった一颯は、皆本と並んで海面を見つめる。


 今すぐに海へと飛び込んで助けに行きたい衝動をグッと抑えた。武瑠はそうすることを望んでいないと、危険を承知で助けに来た姿を見たら悲しむと知っているからだ。

 むしろ、逃げられるならば今のうちに逃げてほしいと思っていることだろう。


  武瑠くん……お願い、戻って来て……


 浮かんでくる泡と一緒に、武瑠が顔を出してくれることを願う事しかできない。武瑠ならばきっと戻ってくる……。

 それだけを信じ――願っていた。




 ◇



 意外な事に、運動神経抜群なこのバケモノにも弱点はあるらしい。



 海へ落ちた途端にあっさりと武瑠を放し、浮かび上がろうと必死にもがくギガンストルムを下に見て、


  泳げないんなら、こんな所まで追って来なきゃいいのに……


武瑠はそう思った。


 本当に追ってくる意思があったのかはわからない。

 漂流物に掴まっていたら、たまたまこの船まで来ただけなのかもしれないが、今はそんなことはどうでもいいことだ。


  行かせるわけにはいかないんだよッ!


 上からギガンストルムを蹴って浮上を阻む。


 脂肪と違って筋肉というのは非常に重く水に浮かびにくい。

 それが幸いし、武瑠は大きな筋肉の塊であるギガンストルムの上を取る事が出来ていた。


 この攻撃を邪魔に思っているのだろうが、バタつかせる手足を止めれば沈んでしまうギガンストルムには、武瑠にかまっている暇などない。

 なんとか武瑠を避けて浮かび上がろうとしてくるのだが、そうはさせてもらえない。


  こうなったら我慢比べだッ!


 武瑠は息苦しさに耐えながら気合いを入れる。


 肺活量に自信はあるが、もう少し蹴り沈めてから一度浮上して空気を吸い、ギガンストルムが浮上できなくなるまで戦い続けるつもりだ。


 巨体で相当の運動量。

 酸素の消費も半端なものではないだろう。ギガンストルムの動きはあきらかに鈍くなっている。


  さすがにきつくなってきたか…? もう少しだッ!


 さらに気合いを入れた武瑠が蹴りを放つ。――しかし、その足をギガンストルムに掴まれてしまった。


 『溺れる者は藁をもつかむ』とでもいうのか。それとも、浮上する力を失くしてしまったために、せめて武瑠を道連れにしてやろうとでも思ったのか……。


  くそッ、離せッ、離せよ馬鹿野郎ッ!


 抵抗できないギガンストルムだが、腕を蹴ろうが顔を蹴ろうが足首を掴む左手を離さない。当然だが、しゃがみ込んで手で開かせようとしても無駄に終わる。


  笑ってる? ふざけやがってッ……


 「ざまみろ」と思っているのだろうか? 笑うように口を開いたギガンストルムに怒りがこみ上げてくる。


 水の中でどんなに蹴っても本来の力には程遠い。浮き上がるのを邪魔する分には押し蹴るだけで十分なのだが、ダメージを与えるためには不十分だった。




 意識が朦朧としてくる武瑠。


  最後に、調子に乗り過ぎちまったな……


 目を閉じて、そう苦笑いした。


  それでも、三島さんや皆本たちのところへ行かせるよりはマシか……


 このまま沈んでいけば助かることはないだろう。しかし、少なくともギガンストルムの最後を見届けるくらいには息が続いてくれるはずである。

 決して満足できる結果ではないが、最低限の事は成し遂げたという達成感はあった。



 <おいおい、この程度で諦めるつもりかよ>



 よく知る声に目を開ければ、すぐ前には直登がいる。

 不思議と奇妙なことだとは思わなかった。


  なんだ直登か。お迎えに来てくれたのか?


 親友の姿に武瑠は微笑む。


 <なにバカなこと言ってるのよッ!>


  貴音? お前も来てくれたのか……


 直登の隣に現れたのは貴音。

 なにを怒っているのか知らないが、また仲間に会えたことが、自分を迎えに来てくれたことが素直に嬉しかった。


 <何やってんのよッ。上で一颯が待ってるんだからねッ! こんなヤツからさっさと離れなさいよッ!>


  そんなこと言ったって、コイツ離してくれないし……


 <そういう事は、やれることを全部やってから言えよな>


 厳しい目を送ってくるふたりに、武瑠もさすがにムッとした。


 自分で言うのもなんだが、精一杯努力したしやれることはやってきた。

 もう身体に力が入らない自分に、これ以上なにが出来るというのか。


 そんな武瑠の気持ちを悟っても、直登と貴音は呆れた顔をする。


 <あのさぁタケ。『あの時』私に何て言ったか憶えてる?>


  あの時? あの時って……どの時だ?


 ふたりは、首をかしげる武瑠に向かって指を差す。


 <<そんなの持ってるなら、なんで使わないんだよ!>>


 見事に声がハモっている。


  はあ?――あ、そういえば……


 自分が言ったその言葉を思い出した武瑠。

 自然と手が腰の後ろへ伸びている。


 その様子を見て、直登と貴音が微笑んだ。


 武瑠が腰から抜いたのは『照明弾』の入ったピストルだった。

 一颯を支えて逃げていた貴音たちに追いついた時に、貴音から渡された物だ。


 二発入っているうちの一発は桃香を助けるのに使ったが、もう一発はまだ残っている。

 あの時は、こんな船があるとはまだ知らなかった。

 もし手漕ぎボートで島を出ることになった時に、近くにいる船への救難信号として利用できると思いとっておいたのだ。


 <タケ、怖すぎて持っているのを忘れてたってわけじゃないよねえ?>


 貴音が、あの時のお返しとばかりにいたずらな笑みを浮かべる。


  そんなわけあるかっ、見せ場を作るためにとっておいたんだよっ!


 武瑠は抜いたピストルをギガンストルム口へと突っ込んだ。

 ソレがなにかを知っているギガンストルムが目を見開く。


  お前の、お前らのせいでみんなが――

  大切な人たちがたくさん死んでしまった……


 ギガンストルムは右手の大爪を突き出してきたが、それが届く前に――


  ――消えてくれ。お前の顔は……もう見たくないッ!


 武瑠は引き金を引いた。


 水中にもかかわらず、激しく光り輝く照明弾はギガンストルムの腹の中を焼く。


 その光は簡単に消えるものではない。

 いくら頑丈な体を持っていようと、内側から焼かれてはギガンストルムでもどうすることも出来なかった。

 あまりの苦しみから武瑠の手を離し、輝く体で手足をバタつかせながら、ギガンストルムは海の底へと沈んでいった……。




 武瑠は残っている力をふりしぼって海面を目指すが、どうやら少しばかり届かないらしい。

 酸欠の影響で視界はぼやけ、身体にも力が入らない。


  ごめんな。お前らが助けてくれたのに、今度こそダメみたいだ……


 ぼやけて見える直登と貴音が手を差し出してくる。


 <なに言ってんだ。武瑠はよくやったぞ、自慢の親友だ!>


 <あとは私たちに任せて。絶対に、こんなところでタケを死なせたりしないから!>


 ふたりが何を言っているのかよくわからなかったが、武瑠も手を伸ばす。


 死ぬかもしれないが不思議と怖くはない。


 暗くなった視界のなか何かが手に触れた。

 きっと直登と貴音の手だと、武瑠はそれを握り――意識が遠のいていった……。



 ◇



 武瑠が海へ落ちてから数分。一颯にはそれが何時間にも感じていた。


 少し前に海中に光が見えた。

 武瑠が何かをしたのだろうが――その武瑠はいまだに浮かんではこない。


  武瑠くん、戻って来て! 私、まだあなたの力になれてない!

  まだあなたに「好き」って言えてないよ……


 こぼれ落ちた涙が海面に吸い込まれた。

 波のせいで波紋も広がらない……そんな海中から何かが浮かび上がってくる。


「三島、離れろっ!」


 一颯を下がらせた皆本がナイフを構えた。

 アレがギガンストルムなら……。そんな緊張が張りつめたが――


「武瑠くんっ!」


 一颯が声を上げる。


 浮かんできたのは武瑠だった。

 人の足くらいある木片をワキに抱えて海面に出てきた。その姿に緊張が歓喜へと変わる。

 愛しい人の姿に、一颯は後先考えずに海へと飛び込んだ。


「うっ……!」


 足の銃創が海水でしみたが、うつ伏せになったままの武瑠を抱きかかえて顔を上げさせる。

 呼吸はしていない。


「武瑠くん? 武瑠くん、しっかりしてっ!」


 顔色の悪い武瑠と同じように、一颯も青ざめた。


「三島、神楽を持ち上げられる~?」


 船上から皆本が手を伸ばすが――


「ごめんなさい、私ひとりじゃ……」


 自分が浮いているだけでも精一杯なのに、一颯だけで武瑠を持ち上げるのは不可能だ。


「まいったな~。佳菜恵ちゃんじゃ神楽を引き上げられないだろうし……」


 皆本が頭を掻いた時、


「だったら、私が三島さんを手伝えば良いのね!」


「え? あ、ちょっと……」


船内から出てきた佳菜恵が、止める間もなくそのまま海へと飛び込んだ。


「まったく、今度はギガンストルムが浮かんでくるとは思わないのかね~……」


「ちょっと、皆本くんっ! はやく手を貸しなさい!」


 呆気にとられる皆本へ、佳菜恵が声を上げる。


「はいはい、今行きますよ~」


 一颯と佳菜恵、ふたりで持ち上げた武瑠の手をしっかりと握って引き上げる。


 幸いなことに、ちょっとほっぺを叩いただけで武瑠の呼吸が戻ってきた。

 気絶をしているし顔色も悪いが、脈は安定しているので命に別状はなさそうだ。


 心配そうに見上げている一颯と佳菜恵に、皆本は親指を立てる。


 ホッとしたふたり。

 その隣に浮いていた木片がゆっくりと海中へ沈んでいく……。

 どのように流れてきたのかわからないが、この木片が武瑠を連れ戻してくれたのだ。


「あ……」


 一颯はなにかを感じた。

 沈んでいく木片から、なにか温かいものを感じる。


 なぜかわからないが、涙があふれて止まらない……。


「三島さん、神楽くんが無事で良かったわね!」


 その涙を、武瑠が助かったことからくるものだと思った佳菜恵が、一颯に明るく声をかけた。


「え。あ、はい。本当に、本当に良かったです!」


 一颯は涙を拭って微笑んだ。


 武瑠が助かったことが嬉しくて仕方がないのは本当だ。しかし、今の涙には別のものも含まれているような気がするのだが――――

 それが何なのか一颯にはわからなかったが、


  ありがとう……


 海中へと消えていく木片に心から感謝した。


 横になっている木片が縦になって沈んでいく。

 偶然で錯覚なのかもしれないが、まるで――


 <役目は果たした!!>


 親指を立ててそう言っているような気がした。





「三島、手を伸ばしな~」


 皆本が一颯へ手を伸ばした時、遠くの方から汽笛が聞こえた。


「船? 船だよ皆本くんっ!」


 興奮した一颯が、手を伸ばすのも忘れてこちらへ近づいて来る大型船を指差す。


 佳菜恵は何も言わずに背中を震わせている。

 きっと嬉しくて声もでないのだろう。


「こっちへ来てくれるっぽいね~。た、助かったんだ~」


 皆本も船上で腕を広げて寝転がった。



 ◇


 この大型船に救助され、武瑠たちは助かった。


 希望の名の付いた島で、何度も絶望的な状況に追い込まれた。

 突然、トニトゥルスに襲われて多くの命を失ってしまったのだ。


 なぜ自分が死ななければならないのか、このバケモノはなんなのか……


 それを考えることも、そんな時間もないまま無残に殺されていったクラスメイトたち。



 トニトゥルスから逃れるために――


 ある者は身動きも出来なかった


 ある者は隠れて身を震わせていた


 ある者は誰かを利用した


 恐怖から仲間を信用できず、クラスメイトを手にかけた者もいる。


 しかし――


 ある者は戦った


 ある者は震える者の手を取った


 ある者は自分を犠牲にして誰かを救った


 恐怖に負けず、仲間を信頼して助け合った……


 絶望の闇なかにある小さな光に賭けて


 恐怖に飲み込まれそうな勇気を奮い立たせた


 少なからずそんな人たちがいたからこそ、

 神楽武瑠・三島一颯・皆本理・若狭佳菜恵は生き延びることが出来た。


 たった四人と言う者もいるかもしれない。

 だが――――死んでしまった者達にとってこの四人は、自分たちが生きていたこ

 とを証明してくれる『希望』である。



 ◇



 星が輝く夜空の下――。


「もう――起きてていいの?」


 一颯は船首のデッキに佇む人影に声をかけた。


「三島さん……」


 振り返った武瑠は微笑み、視線を海へと戻した。


「佳菜恵ちゃんはどうしてるの?」


 隣に並んだ一颯へ、武瑠は海を見たまま話しかけた。


「船の人達と何か話してるみたい。島での事をどう説明したらいいのかって困ってたわ」


 一颯も海を見ながら答えた。


「そのままを話しても信じてくれないだろうし、下手すれば変人扱い……佳菜恵ちゃんも大変だなあ」


 まるで他人事のように武瑠は微笑む。

 これには一颯も苦笑いした。




 この船に救助された後、船長に島での出来事を話したのだが――


「それは映画の話か?」


 と言われて取り合ってもらえなかったのだ。


 それでも、他にも生存者がいるかもしれないという訴えについては耳を貸してくれたのは嬉しいことだった。

 島があった辺りを数時間にもわたって探してくれた。

 クラスメイトの生存者を見つけられなかったのは残念だったが、奇跡的に息があった政木を救助出来たのは幸いだった。




「そっちはどうなの? 皆本くんは大丈夫そう?」


 海風で揺れる髪を一颯はかき上げた。


「皆本なら爆睡してるよ。銃弾が腹の中に入ったままだってのに、寝返りまでうつんだから驚くよね。こっちが思っている以上にタフだよ、あいつは」


 嬉しそうに武瑠は笑う。

 それを聞いて一颯は胸を撫で下ろす。



 皆本はすぐに手術が必要な身体である。だが、この船が生存者を探すとわかった

 途端、彼は自分の怪我がバレないように一颯と佳菜恵の頸動脈を絞めて気絶させてしまったのだ。



「疲れたから眠ってるみたいっスよ~!」



 船長にふたりのことを聞かれた皆本はそう答えたらしい。





「本当に――助かったんだよなー―俺たち……」


 武瑠は夜空の星を見上げた。


「俺は本当に――助かってよかったのかな……」


「武瑠くん……」


 一颯は、目を閉じて厳しい表情で夜空を仰いでいる武瑠を見上げた。


「篠峯や貴音、和幸や七瀬さん……。助けられたはずの物部さんや真治、それに直登だって……。俺はー―誰も助けられなかった……。そんな俺が助かって、こうして生きてて……本当にいいのかな? 生きることに意味なんてあるのかな……」


 その声は、深い悲しみと苦しみで震えている。


 一颯はそんな武瑠の手をそっと、そして強く握りしめた。


「そんなに自分を責めないで。みんなは武瑠くんが精一杯頑張ってくれたことを知っているよ。そんなこと言われたら、貴音も直登も……みんな悲しむんじゃないかな」


 優しくも真剣な口調に、武瑠は一颯を見る。

 彼女は闇に広がる海をじっと見据えていた。


「それに、これは武瑠くんだけが背負う事じゃないよ。生き残った私たちみんなで背負っていくことだと思う」


 顔を上げ武瑠と目を合わせた。その瞳が涙で満たされている。


「もし武瑠くんが背負いきれないと思うなら、重みで潰されてしまうって思うなら……私も一緒に支えるよ。こうやって隣にいることしか出来ないけど、力になれるのかわからないけれど、ずっと……ずっと武瑠くんの隣にいるから」


「三島さん……」


 強い意志がこもった言葉に、武瑠の瞳も涙で満たされていた。


「そうだよね。俺が弱気になってたら、みんなが悲しむ……どころか、貴音や直登には怒られそうだ!」


 涙を拭って笑顔を見せた武瑠。

 それを見た一颯も微笑み、目じりに輝く涙が流れ落ちた。


「生きよう、みんなのために、自分のために! これからどう生きていくかで、生きていることに意味を持たせることが出来るんだ!」


 武瑠の言葉に、一颯は笑顔で頷いた。




 『希望の島』で学んだ気がする――。


「生」も「死」も、ごく身近にあるあたりまえのモノだということを。

 きっとソレだけでは意味などない。


 自分がどう考え、どう行動したのか。

 誰に、何を残すことが出来たのか。


 自分の生き方しだいで、「生」にも「死」にも、意味を持たせることができるのかもしれないということを――。





 船の先に港の灯りが見えてきた。

 武瑠と一颯は、手を握り合ったままその灯りを見つめている。


 暗闇にうっすらと輝く灯りが、いまのふたりにはとてもまぶしく、その瞳には未来への道を照らしてくれる希望の光のように感じていた――――。




 ◇



 この日全国に、あるニュース速報が流れた。



 本日未明、国の重要文化財に指定された『希望の島』が崩壊し、海へと沈みました。

 原因は分かっていませんが、訪れていた修学旅行生とその教員、合わせて三十七名と、旅行会社勤務の数名の安否がわかっていません。


 海上保安庁、民間の漁船などが懸命に捜索していますが、いまだ生存者は発見されていません。くり返します――



 ――生存者は発見されていません――



 なお、この希望の島は…………



 □◆□◆

 読んでくださり ありがとうございました。


 次話――『トニトゥルス~希望と惨劇の島~』は最後の投稿となります。

 ここまで読んでくださった読者の皆様。

 どうかあと一話だけお付き合いください。

 よろしくお願いいたします。

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